アンチ悪役令嬢の私がなぜか異世界転生して変人王子に溺愛される話

悠木全(#zen)

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第二章

20.ギャップ萌え

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「あっちよ! ルー」

 ボヨンボヨンと森の中を跳ねる巨大カエル。その首に巻かれた花柄のバンダナに捕まっている私も慣れたもので、絶叫系のアトラクションにでも乗っているような気持ちでルーと遊んでいた。

 目指すは鷹のような巨鳥。鋭い爪が武器だそうで、一人だったら絶対に追いかけるなんてしないけど、ルーといれば、なんとなく無敵に思えた。

「——おい、この魔法陣までそいつを連れて来い」

 少し先からジンテール王子の声が聞こえた。さっきから何やらブツブツと呪文を唱えていると思えば、魔法だったらしい。

 夢の中でなければ、ファンタジーな展開に胸を踊らせるけど、あいにく二十八にもなってさすがに魔法とか現実にあるとは思えないし。とくに何を思うでもなく、ルーと一緒に巨鳥を魔法陣まで追い詰めた。

 すると、直径三メートルくらいの魔法陣からぼんやりと光る鎖が飛び出して、鷹のような鳥を締め上げた。

「わあ! 捕まった」

「まだ強度が甘いな」

 言いながら、ジンテール王子はメモをとり始める。

 魔法の鎖に繋がれた鷹は、激しく抵抗していたけど、そのうち地面に引き寄せられてすっかり動けなくなっていた。

 私はルーの背中を滑り降りると、巨鳥に近づく。

 なんだか可哀想な気がするけど、この世は弱肉強食だものね。ジンテール王子みたいな凶悪な人間に捕まって災難だったわね……って、私も同じようなものだったりする?

 恋文でホイホイついてきた自分のことを鑑みると、鎖に繋がれている巨鳥が自分のように思えて、余計に哀れに思ってしまう。

 ていうか、どうせ夢なら、早く覚めて欲しいんだけど。

 いくら幸せな夢だからといって、現実に比べれば——。

 いや、現実の方がもっと辛いわよね。悪役令嬢でヒットを飛ばした友達ミナミとどうやって顔を合わせればいいかわからないし。今はもう愚痴を聞いてくれるバーのマスターすらいなくなってしまったわけで……いっそこのまま夢を見続ける方が幸せだったりするのかな?

 なんて、一人思い耽っていると、ジンテール王子に頭をわしゃわしゃとかき混ぜられた。

「お前は、何を考えているんだ。変な顔をして」

「変な顔って何よ! 元の私と違って、ケイラはけっこう美人でしょ!?」

「元の私?」

「こっちの話よ。それより、この鳥どうするの? もしかして、食べるの?」

「令嬢とは思えない野蛮な発想だな。狩りは追いかけるのが醍醐味であって、食す目的はない」

「追いかけるのも十分野蛮じゃないのよ。追いかけて怖がらせるなんて、子供のやることだわ」

「狩りについてくると行ったお前も、同じだろう」

「まあ、それはそうなんだけどね。でも逃がすなら、捕まえる意味なくない?」

「これも魔法の鍛錬だ」

「鍛錬ねぇ。人間相手じゃダメなの?」

「野生動物の方が動きが読みにくいからな」

「ふーん、そんなもの?」

「ああ、そういうものだ」

「それより——なんだかお腹空いてきちゃった。そろそろ帰らない?」

「お前は本当に……」

「何よ」

「いや、なんでもない」

「じゃあ、帰りましょう」

 私が右手を差し出すと、ジンテール王子は怪訝な顔をして首を傾げた。

 そんなにおかしな行動だったかな? ただ、手を繋ぎたいという合図だったのだけど。

「なんだ、その手は?」

「せっかくだから、手を繋いで帰りましょうよ」

「手を? どうして?」

「何よ、恋人のくせして手も繋がないの? べ、べつにあなたが嫌なら、いいんだけど……」

 おかしなものでも見るような目で私を見るジンテール王子に、私は思わず恥ずかしくなって右手を後ろに隠した。

 こういうのは、やっぱり女の子の方からするものじゃないのかな? なんてちょっと後悔していると、ジンテール王子が私の右手を引いて歩き出した。

「え? どうして?」

「手を繋ぎたいんだろう?」

「う、うん」

「だったら、これからはルーに乗るな」

「それって……」

 これからは、毎回手を繋いで歩こうってこと? 言い始めたのは私だけど、なんだかますます恥ずかしくなって、顔を上げられなくなってしまった。

 だって、面白い動物にしか興味がない朴念仁なジンテール王子が、そんなことを言うなんて——ドキドキするじゃない? 

 こういうのってなんて言うんだろう……ギャップ萌え?

 そう、私は初めてリアルギャップ萌えというものに遭遇したのだった。
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