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第二章
21.秘密の部屋
しおりを挟む「やばい、眠れない」
「どうかなさいましたか? ケイラ様」
就寝の時間になり、布団でゴロゴロしていた私だけど、ゴォフがそんな私の顔を覗き込んだ。
いや、いくら従僕だからって、仮にもご主人様の寝所に顔を覗かせるのってアリなの?
「あんた、なんでここにいるのよ」
「ケイラ様が呼んだのではありませんか」
「は? 私が?」
「そうです。あなた様が心の中で呼べば、私は飛んでくるしかありません」
「あー、はいはい。夢の中ではそういう設定なのね」
「ケイラ様はまだこの状況を夢だとお思いなのですか?」
「もうその言葉も聞き飽きた。それよりさ、お酒とかないの?」
「この世界では二十歳にならないとお出しできません」
「ええ!? そんなところは現実世界と同じなの? でも私、実際は二十八だし」
「ケイラ様の中身は二十八……でしたか」
「あれ? 言ってなかったけ? 事情通のゴォフが知らないことなんてあるのね」
「私はあなたが転生した悪役令嬢だという点についてはわかりますが、転生するまでの生活などは存じあげません」
「なんで?」
「なんでと言われましても。私にわかるのは、ここが小説の世界だということだけですから。現実のあなたについてまではわかりかねます」
「ふーん。まあ、いいや。じゃあ、特別に教えてあげる。私ってね——」
それから私は、二十八年間、執筆に命をかけてきたこと。コツコツ積み上げてきたランキングが、友人に一晩にして追い抜かれたことを語った。
「そうですか。意外と普通の人生を送られていたのですね」
「どこがよ! 車に轢かれたのよ? 全然普通じゃないわよ」
「まあ、最期が壮絶だったのは間違いないとして、聖女の力があれば、また変わっていたかもしれませんね」
「聖女の力? なんのこと?」
「さて、なんのことでしょう」
「そういえば、ゴォフ。あなた、戦場で聖女メラニンと対峙した時、私に『歌って』って言ったわよね?」
「……そんなことを言った覚えはありませんが? それに私は、戦場にはおりませんでした」
「そういえばそうよね。あの場にいないのに、どうして声が聞こえたんだろう」
「とにかく、早くお休みになってください。明日はジンテール殿下と馬車競争を見に出かけるのでしょう?」
「そうそう! この世界にも競馬があるのね。不思議だから、思い切って見に行くことにしたのよ。ギャンブルはあまり好きじゃないけど、馬は好きだし」
「では、早くお休みに——」
「でも眠れないから、明日のことをジンテール殿下に相談しようと思うわ。まだ起きているかしら?」
「いくら婚約者といえど、殿方の寝所にお入りになるのは、余計な風評を生みかねませんよ」
「別にいいわよ。だってこれは夢だし、私は夢の中くらい自由に動くんだから」
「あ、ちょっと! ケイラ様!」
それから私は、ゴォフの制止を振り切って私室を出ると——ジンテール王子の寝所に向かった。通りすがりの侍女に場所を聞いたところ、すんなり教えてくれたので、まっすぐ辿り着くことができた。
そしてひときわ大きくて豪奢なドアをノックするけど……。
「——ジンテール殿下、もう寝たの?」
何度ノックしても部屋の主が出てくる様子はなくて、私は仕方なく引き返そうとするけど——ふと触れたドアが、内側に開いた。
「あ、勝手に開けちゃった! って、ドアを開けっぱなしにするなんて不用心ね。それとも王子様ってこんなものなの?」
私はドアの隙間からおそるおそる中を覗いてみる。けど、ジンテール王子の姿は見当たらなかった。
「こんな時間に、なんでいないのかな? ——そうだ! いっそ驚かしてみよう」
よからぬことを考えた私は、不敵に笑いながらジンテール王子の私室に侵入する。
恋人で、しかも夢の中だし……勝手に入っても許してくれるわよね? なんて、またもや夢を免罪符にして強引に侵入してみる。
けど、いくら待ってもジンテール王子はなかなか現れなくて、仕方なく私はジンテール王子の私室ツアーをすることにした。
ジンテール王子の私室と言っても、そこは私の部屋より何倍も広い部屋で、手前には豪華な調度品と一緒に、執務机が据えられていた。
私室でも仕事をするのかと思うと、なんだか気の毒に思いながらも、私はさらに奥の部屋へと進んだ。
すると、四方を書棚で固めた部屋に遭遇する。その圧倒的な広さに、思わず天井を仰ぐけど、部屋を埋め尽くす書物の数もハンパなかった。
「あ、ようやく寝室」
図書室のような部屋の隣に、ようやく現れた寝室を見て私はホッとする。
実はジンテール王子には眠る習慣がないのかと思うくらい、リラックスできる空間がなくて、ちょっとだけ焦ってしまった。
けど、私の部屋と同じくらいのベッドルームを見て、なんとなく安心した私は、書庫のような部屋に戻った。
「そういえば、この世界のことをあまり知らないのよね。過去の記憶はないけど、なぜか日常生活に必要な知識だけはあって良かった。不思議なことに、この世界の本が読めるのよね~」
書物の背表紙を見ながら部屋の中をぐるぐると歩いていた私だけど——そのうち青く輝く本を見つける。
「なんだろう? この本だけ色が違う?」
不思議に思った私は、書棚から青い本を引き抜く。
すると次の瞬間、書棚が動いて、地下に続く階段が出現した。
「なによ、このワクワクな展開はっ」
好奇心の塊である私が、階段を見逃すはずがなかった。
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