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第二章
24.戯れ
しおりを挟む王城の長い長い廊下を抜けるだけで、けっこうな運動になるのよね——なんて思いながら回廊を出ると、迷路のような花壇を抜けて聖女の噴水がある庭の広い場所にやってきた。
噴水の聖女は、始祖アコリーヌ様を模していると聞いたけれど、なんとなく違和感があった。
「アコリーヌってこんな顔だっけ?」
「——それって、ケイラはアコリーヌ様に会ったことがあるってこと?」
後ろから声がして振り返ると、そこにはうさぎのような大きな瞳をした、グクイエ王子の姿があった。
「ちょ、ぐ、グクイエ殿下っ」
「なんなの? お化けでも見るような顔して」
「いや、今あんまり会っちゃいけない顔なのよ」
「どういう意味?」
「こっちの話よ」
「相変わらず、君は変な人だね」
夢の中そのままのグクイエ王子に、私は思わず赤くなる。だって、さっき接吻しそうになったわけだし。今会うのは気まずいというかなんというか……。
私が嘘くさい笑みを浮かべながら通りすぎようとすると、そんな私の顔を、グクイエ王子が覗き込んでくる。
「なに? なんなの? 何隠してるの?」
「え? なんの話?」
「挙動不審すぎない?」
「そんなことないわよ! 私はいつも通り……だし……」
グクイエ王子に顔を覗きこまれ、思わず後ずさった私はそのままジワジワと後ろに下がった。するとグクイエ王子はますます怪しそうな目をして確認してくる。
「そういう人に限って、何か隠してたりするんだよね」
「そんなことはないって言ってるでしょ! ——って、うわっ」
追い詰められた私は、そのうち噴水にぶちあたると、背中から水の中にダイブしてしまう。
————ボチャン! と小気味の良い音を立てて噴水の池に入った私だけど、なぜかグクイエ王子も水の中にいた。
どうやら、私は咄嗟にグクイエ王子の腕を掴んで、引きずりこんでしまったらしい。
グクイエ王子は噴水の池に座り込んだ状態で、目を丸くしていた——かと思えば……。
「あははははは!」
「グクイエ殿下?」
「やってくれるね、ケイラ。水遊びなんて久しぶりだよ」
「は? 水遊び?」
「ほら、これはお返しだ!」
グクイエ王子はそう言って私に水をかけてきた。
私は慌てて逃げようとするけど、噴水の中で重くなったドレスに足を縫い止められて、グクイエ王子の攻撃をもろにかぶってしまった。
頭からびしょびしょの私を見て、大笑いするグクイエ王子は……なんというか、天真爛漫なお子様のようだった。
最初は呆然としていた私も、グクイエ王子が笑っているせいか面白くなって、水浴びの仕返しをしてあげることに決めた。
私は立ち上がって噴水の出る場所を押さえる。すると、グクイエ王子だけでなく私まで水をかぶって、さらにびしょびしょになった。
「ふっ、勝った」
「ケイラもびしょびしょなのに、どこが勝ちだよ」
「いいのよ。攻撃は最大の防御って言うんだから」
「言葉の使い方、間違ってない? 防御できてないと思うんだけど」
「細かいことはいいの! これに懲りたら、女性を追い詰めるような真似はしないこと!」
「追い詰めた記憶はないけど。それにケイラは女性じゃなくて、面白い生き物なんだよね?」
「それはジンテール殿下が勝手に言ってることで、私は面白い生き物なんかじゃないわよ!」
「ケイラは面白いよ。こんな噴水に入っても、泣いたりしないどころか、仕返ししてくるし」
「ちょっと待って、もしかして今までにも女性を噴水に落としたことがあったの?」
「まあ、色々あって」
「色々あって、じゃないわよ! グクイエ殿下も、ジンテール殿下と同じくらい女性の扱いがなってないわ」
「なんだよ、女性の扱いって。じゃあ、どんな風に扱われたいの? お姫様抱っことか?」
「馬鹿にしてるわね! 確かにお姫様抱っこは女の子のロマンだとは思うけど……そんな貧弱な発想しかできないの!?」
「じゃあ、具体的に教えてよ。女の子の扱い方」
そう言って、グクイエ王子は水の中を這って私に接近してくる。あまりに近くに寄ってくるものだから、私は思わず膝立ちでのけぞった。すると、背中から水の中に落ちそうになって——グクイエ王子に腰を支えられた。
体が重くて動けない中、そんな重い私の腰をグクイエ王子は軽々と掴んだまま、見つめ合うこと数十秒。
逃げられなくて困惑していると、そのうちグクイエ王子が吹き出した。
「あはは! なんだ、キスでもすると思った?」
「思わないわよ! それより、離しなさいよっ」
「本当にいいの? 離しても?」
「あ、困るかも」
グクイエ王子が離したら、私は水の中に再びダイブすることになるのだから。けど、何を思ったのか、ニヤリと笑ったグクイエ王子はその手をさっと離して——私は背中から噴水の池に落ちたのだった。
「ちょっと! 本当に離す!?」
「だって、離してほしかったんでしょ?」
「いや、まあ、そう言ったのは私だけど」
「じゃあ、帰ろっか」
噴水の中にへたり込んだ私の前に、グクイエ王子が手を差し出した。けど私は警戒してその手は取らずに、自力で立ち上がる。
「そんな怖い顔しなくても、もう何もしないよ」
「信用できない」
「ははは」
「何がおかしいのよ」
「ケイラが可愛いなと思って」
「ちょっとイケメンだからって、誰でも甘い言葉で惑わせるとは思わないでよね」
「僕の言葉、そんなに甘かった?」
「そういう話じゃないのよ」
「やっぱりケイラは面白いな」
ジンテール王子はよくわからない人だけど、その弟というだけあって、グクイエ王子もよくわからない人だった。
それから私はなんだか疲れてしまって——グクイエ王子と一緒に何食わぬ顔で、それぞれ自分の部屋に帰ったのだった。
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