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第二章
28.魔王がいるってか
しおりを挟むそれから私とグクイエ王子は、執務室に移動した。初めて入ったジンテール王子の仕事場は、私室と変わらない本ばかりの部屋で、窓際には大きな執務机が据えられていた。
そして執務机の前にある豪華な応接セットにグクイエ王子と私が座ると、ジンテール王子も執務机に腰を落ち着かせた。
なんだろう。この物々しい雰囲気は。
私が何かしたのだろうか? などと思っていると、ジンテール王子がため息混じりに告げる。
「実は、ケイラにお願いがあるんだ」
「私に?」
「キウイ王国が魔王に乗っ取られた。だから、聖女メラニンとともに魔王を倒してほしい」
「はあ!?」
私が心底驚いていると、向かいに座っていたグクイエ王子も声を上げた。
「ちょっと待ってよ! 魔王がいるなんて——そんな危険な場所に恋人を送り込むなんてどうかしてるよ」
「このまま放っておけば、こちらの国にキウイ王国が再び侵攻してくる可能性があるんだ」
「だからって——」
「何もケイラ一人を送るわけじゃない。魔王を倒せるのは聖女だけだ。各国の聖女が集まり、ともに戦ってもらう」
そのジンテール王子の抑揚のない声に違和感を覚えて、私は彼の目をじっと見据えた。するとまるで深い水底のような暗い何かをその目に見たような気がした。
なんて悲しい目。それは、私に行かないでほしいってこと? でも、そういうわけにはいかないのよね、きっと。
私と会わなかったのは、このことを言うのが怖かったから?
全ては想像でしかないけれど、きっとジンテール王子は私を戦地に送ることを良くは思ってないわよね。
私も行きたくはないけど、でも行かないといけないようなそんな気がするし……。
この場合、素直に従った方が国交のためにもなるのだろうか?
私は面倒なことになったと思いながらも、ジンテール王子の意思に従って手を上げようとする——けど、そこでグクイエ王子が立ち上がった。
「ケイラ、行かなくてもいいよ、そんなの。キウイ王国がどうなったっていいじゃないか。うちを襲った国をわざわざ助けに行く必要なんてないよ」
グクイエ王子はそう言うけど、なんとなくモヤモヤした私は静かにかぶりを振った。
「けど、放っておけばグレープ王国にだって何があるかわからないわけだし、見過ごすわけには行かないと思うよ? またこの国が侵攻されたらと思うと私も嫌だもの」
「それって、ケイラはもう行くことを決めてるってこと?」
「私にしかどうにかできないなら、どうにかするしかないじゃない」
「他の国の聖女だっているんだし、何もケイラが行かなくても——」
「グクイエ」
グクイエ王子の言葉を、ジンテール王子が遮った。その顔はとても怖い顔をしていて、いつものジンテール王子とは違っていた。
そしてグクイエ王子もそんなジンテール王子の形相に驚いた顔をしていて、困惑気味に目をうろうろさせていた。
けど、グクイエ王子は何かを覚悟したように告げる。
「ケイラが行くなら、僕も行く」
「何を言ってるんだ、お前は」
「だって、ケイラはこの国を救ってくれた恩人だよ? こんな時に助けなくて、誰が助けるんだよ」
「ダメだ。お前はこの国の大事な王子だろう」
「王子なら兄さんがいるじゃないか」
「だが、俺は——いや、俺よりもお前に何かあっては困るんだ」
「どうして? 俺は王位を継がないし、これまでも戦場に行くことだってあったよね?」
「だが、今回はお前が思っている以上に危険な状態なんだ。そんなところにお前をやるわけにはいかない」
「そんな危険なところに彼女を送りこむつもりなの? 兄さんは平気なの?」
私が思っていることを、いつの間にかグクイエ王子がジンテール王子に訊ねていた。
そこは私も聞きたいと思っていたところなのよね。ジンテール王子も私を行かせたくないと思ってくれていると思うけど……。
などと考えてモヤモヤしていると、ジンテール王子はいつになく冷酷な目で静かに答えた。
「ああ。この場合、ケイラを行かせるべきだと俺は思っている。運命に抗うことはできないからな」
「それってどういう意味? 兄さんが何を言っているのかわからないよ」
グクイエ王子の言葉に、ジンテール王子は目を閉じてため息を落とす。そして誰にも聞こえないような声で小さく落とした。
「たとえケイラが全てを知って俺から離れたとしても、それも運命だ——」
けど、私って地獄耳だから、その言葉を完全に拾っていた。
ジンテール王子が言う意味は私にもわからなかったけど——ジンテール王子が私から離れたがっていることはなんとなくわかった。
***
結局、キウイ王国の魔王の元に、刺客として送り込まれる私は、出発の日までなんとなくぼんやりとした日々を送っていた。
本当ならカエルのルーも連れて行きたいところだけど、存在感が大きすぎて連れていけないらしい。
予定としては、見つからないよう魔王の元に忍び寄らなくてはいけないのだとか。そんな暗殺者みたいなこと、本当にできるかわからないけど、行くしかないと思っていた。
ジンテール王子に言われたからじゃない。なんとなく行かなきゃいけないような気がしていたから。
自分でも不思議な感覚だけど、行きたくないのに、今すぐにでも行かなきゃいけないような気がしていた。
ゴォフにそのことを話したら、それは物語の強制力だと言われたけど——それってどういう意味なんだろう。
でもゴォフも世話役として一緒に行ってくれるし、きっと大丈夫よね?
ただ、私が素直に行くと言う中、グクイエ王子だけは今も反対していて。なぜかすごく怒っている彼は、ジンテール王子とは口も聞かないという。
こんなケンカは初めてだとリビが言っていたけど、このまま放っておくのも良くないわよね。
だから——キウイ王国に出発の前日、私は挨拶がてらゴリラン大司教の元を訪ねた。
大司教なら、魔王をどうやって倒せばいいか教えてくれるに違いないと思うし、ついでにジンテール王子やグクイエ王子のことも頼むつもりだった。
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