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第二章
27.他国の聖女というポジション
しおりを挟むタナカの息子を撃退して以来、ジンテール王子は私の部屋に全く近づかなくなった。
あの日はあんなに怒っていたし、私のことを想ってくれているとばかり思っていたけど——私の勘違いだったみたい。
ジンテール王子とは城の中で会うこともなくなって、不安ばかりが募る一方だった。
ていうか、私って恋人じゃなかったの? あんなに色んな場所へ連れていってくれたりしたのに、今では顔すらまともに見ないなんて。
それとも私は飽きられてしまったのだろうか?
あなたにとって私は面白い生き物じゃなくなったのね、きっと。
そんな風に悶々とする日々が続くもの、私は聖女アコリーヌの日記を読むことで、なんとか気を紛らわせていた。
けど、理由もなく顔を合わせないジンテール王子に痺れを切らした私は、とうとう自分から会いに行った。
————それなのに!
執務官のタナカが会わせてはくれなかった。
……ああ、やっぱり、ジンテール王子は私に対して興味を失ったんだ。
なんて思いながら自室の前でため息をついていると、グクイエ王子に遭遇する。
相変わらず童顔のグクイエ王子は、企むような笑みを浮かべて私に声をかけてきた。
「どうしたの? こんなところで。あ! もしかして、兄さんに振られたとか?」
「……はあ」
「え? 嘘? 本当に?」
私の反応が意外だったらしい。冗談のつもりで言ったようだけど、あながち嘘ではないかもしれないので、私はため息しか出なかった。
するとグクイエ王子は慌てて取り繕うように言った。
「に、兄さんはしつこい性格だから、ケイラから興味を失うなんてあり得ないと思うよ?」
「正確には、〝面白い生き物〟ですけどね。気を遣わなくていいわよ。こんな日が来るような気がしてたし」
「でも、恋文をもらって恋人になったんでしょ? 兄さんが恋文を渡すなんてこれまで一度もなかったし、ましてや他国の聖女に手紙を渡すなんて、簡単な覚悟じゃなかったと思うんだけど」
「ん? 他国の聖女? ——ちょっと待って、私聖女なの?」
「そうなんでしょ? キウイ王国の聖女がそう言ってたし」
「じゃあ、なんで私は聖女の棲む神殿には行かないの? 聖女って聖域でしか長生きできないんじゃないの?」
——って、アコリーヌの日記には書いていたけど、時代の流れで変わったとかじゃないわよね?
「そんなこと、よく知ってるね。そうだよ。だから兄さんはこの城に結界を張って、ケイラが過ごしやすいようにしてあるんだよ」
「え? そうなの?」
「だから言ったじゃん。聖女に恋文を渡すのは、覚悟がいるって。ずっと一緒にいるために、兄さんは魔力を消耗し続けているんだよ」
「そうなんだ……」
「ちょ、ちょっと! 泣かないでよ」
「え?」
気づくと私は、自分でも知らないうちに涙を落としていた。きっとジンテール王子のことが信じられなくなっていたんだと思う。
けど、グクイエ王子の話を聞いて、少しくらいは愛されていることがわかった。
でなければ、私みたいな面倒くさい女を城に置くはずがないものね。
だったら、どうして私のことを無視するんだろう。私が何かしたのだろうか?
それとも、やっぱりタナカの息子に触られたことが気になるとか? 意外と潔癖そうだしね。
私があれこれ考え込んでいると、グクイエ王子は咳払いをして告げる。
「……兄さんが何をしたのか知らないけど、あの人はマイペースだから、深く考えない方がいいよ」
「グクイエ殿下……慰めてくれるの?」
そう言ってグクエイ王子は私の目元をそっと拭うと、優しい笑みで見下ろした。
「ケイラはやっぱり、笑っている方が面白いよ」
「そこは可愛いでしょ」
「はは」
「——でもありがとう。おかげで安心したわ」
「それは良かった。でももし、兄さんに振られるようなことがあれば——」
「え?」
グクイエ王子は何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。そして困ったような笑みを浮かべた。
「ううん。なんでもない。噂をすればほら——兄さんが来たよ」
言われて、私は振り返る。
すると、そこには確かにジンテール王子がいて、相変わらず不遜な態度で立っていた。
「——ケイラ」
こうやって会うのは半月ぶりだった。
なんの予告もなく私の部屋にやってきたジンテール王子を見て、私はまた泣きそうになる。
ジンテール王子に会えることがこんなに嬉しいなんて、自分でも思わなかった。
あまり多くは語らない人、だけど優しい人だということは知っている。
だって、いつも私が言った些細なことにも笑わずに答えてくれるんだから。そんな人が私を忘れたりするわけないし、きっと会えない事情があったんだ。
久しぶりの再会に胸を高鳴らせる中、ジンテール王子は淡々と告げた。
「ケイラ、執務室に来てほしい」
「え? どういうこと」
私が目を白黒させているのを見て、グクイエ王子が口を挟んだ。
「兄さん、恋人に対してそんな怖い顔しちゃダメだよ」
「グクイエ、お前も来るんだ」
「え? 何?」
「大切な話がある」
そのジンテール王子の真剣な顔つきに、私とグクイエ王子は顔を見合わせた。
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