アンチ悪役令嬢の私がなぜか異世界転生して変人王子に溺愛される話

悠木全(#zen)

文字の大きさ
26 / 80
第二章

26.愛の鉄拳

しおりを挟む


「悪いけど、私にはジンテール殿下がいるから!」

 部屋の外へ押し出そうとしても、兎村はビクリともしなかった。なんて筋肉してるのよ。

 それから私は衛兵を呼ぼうとして大きく口を開けるけど——そこでいきなり兎村に手で口を塞がれて、部屋の奥へと押し込まれた。

 そしてベッドに押し倒された私は、モゴモゴ言いながらも抵抗できなくて。そのままマットレスに身を沈めた。

 そんな私をギラついた目で見下ろす兎村。

 自画自賛するだけあって、美しい容姿をしているのはわかるけど、だからってこの状況を受け入れられるはずもなくて。

 私は噛み付かんばかりに暴れるけれど、兎村はそんな私を軽々押さえつけて、襟元のボタンを外していった。 

 ————ヤバい。ていうか、なんでこんな時に限ってゴォフもリビもいないのよ!

 ああ、そうか。私が日記に没頭するために追い出したんだっけ。
 それより、この状況どうすればいいのよ!

 私の貞操が危うい中、兎村が邪悪な笑みを浮かべていると——。

「——おい、何をしている」

 まさかのジンテール王子の登場だった。

 開けっぱなしのドアから入ってきたジンテール王子は、無言で私と兎村を見比べていた。

 ————ああ、こんなとこ見られたくないのに。なんでこういう時に限って現れるのがジンテール王子なのかな。

 でもきっとジンテール王子のことだから、私が兎村と遊んでいると思ったりするんじゃなかろうか? なんて思っていると——意外にもジンテール王子は怒った顔をして近づいてくる。

 すると、私に覆いかぶさっていた兎村は、身なりを正してジンテール王子に挨拶を始めた。

「これはこれは、麗しき王太子殿下の——」

 兎村が言いかけた、その時だった。

 ジンテール王子の右拳が、兎村の左頬に食い込んだ。そして勢い余って吹っ飛ばされた兎村は部屋の壁に激突した。

 兎村が白目を剥いて泡を吹く中、ジンテール王子が私の元にやってくる。

「大丈夫か?」

「……はい」

 てっきり、私なんて面白い生き物としか思われていないと思っていたけど、ジンテール王子はちゃんと私のことを恋人だと思ってくれていたのだろうか?

 だって、私の顔を覗き込むジンテール王子の心配そうな目。こんな顔、今まで見たことないかも。

「何をされた?」

 その声は、どこか緊張を孕んでいたけれど、私は慌ててかぶりを振った。

「未遂です。大丈夫……私は何もされて……」

 今になって、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちてくる。ああ、本当は怖かったんだ——なんて、自分の感情にすら気づいていなかった私は、涙を必死に拭うもの、いくら拭っても涙がこぼれ落ちてきて、ちっとも止まらなかった。

 けど、私がさらに顔を拭おうとすると、その手をジンテール王子が止めた。

「あまりこすると、赤くなるぞ。綺麗な顔が台無しだ」

「ええ!?」

「なんだ? 何かおかしなことを言ったか?」

「いいいいま、私のことを綺麗な顔って」

「ああ、人間の造形の中では美しい部類に入るだろう?」

「……そういう言い方をされると——逆に安心します」

「なんだ、何が言いたい」

「ジンテール殿下が人を褒めるような言葉を口にするのが珍しいから」

「そうか? お前は綺麗だ」

「はうあっ」

「どうした?」

「その笑顔も反則だわ」

「やっぱりお前は面白い生き物だな。赤くなったり青くなったり、忙しいやつだ。それよりもあいつのことだが」

 ジンテール王子が急に真面目な顔つきになるものだから、私は肩をびくりとさせる。ジンテール王子が親指で指し示す方には、いまだ動かない兎村の姿があった。

「あれはなんなんだ?」

「私にもわかりません。タナカの息子だと言ってたけど」

「タナカの息子? なるほど、競馬場にいたやつか」

「競馬場……あ! そういえば!」

 ジンテール王子の言葉でようやく思い出した。ハンカチを落とした時、拾ってくれたのが確か、こんな顔をした男の人だったこと。

 頭の隅で何かが引っかかっていたけど、そういうことだったのね。あの時から私は、目をつけられていたのだろうか?

「でも、どうしてタナカの息子が私を?」

「おそらく、私からお前を引き離したいんだろうな。タナカのやつ、相変わらずお前の悪口ばかり言っているからな」

「そんな理由で乙女の貞操を!?」

「他の男に汚されれば、妃候補から外れるとでも思ったのだろう」

「き、きさきこうほ!?」

「何を今更驚いているんだ」

「いや、だって、王太子妃っていったら、国にとっては大事な存在じゃない?」

「そうだ。お前が私の恋人になるということは、そういうことだ」

「……」

「お前、何も考えてなかったのか?」

「……うん。だって、王太子妃になるのって、どこかの国の姫君とかじゃないの? 私みたいなのが候補でいいのかな?」

「私と一緒にいるのは嫌か?」

「そういうわけじゃないけど」

「だが……そうだな。お前とは少し近づきすぎたかもしれない」

「……え?」

 ジンテール王子は、意味深な言葉をこぼすと兎村の足を引きずりながら部屋を出ていった。兎村はこのあとどうなるのだろう。どうでもいいけど。

 それよりも、私と近づきすぎたってどういうことだろう? 本当は一緒にいるつもりはなかったってこと? 

 でも、私に熱烈な恋文をくれたくらいだし、私のこと嫌いってわけじゃない——よね?

 そして私はその日、なんとなくジンテール王子の言葉で胸がモヤモヤして、明け方近くまで眠れなかった。

 しかもその翌日から、ジンテール王子は何かと理由をつけて会ってくれなくなったのだった。


しおりを挟む
感想 101

あなたにおすすめの小説

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……? しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし! 危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。 彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。 頼む騎士様、どうか私を保護してください! あれ、でもこの人なんか怖くない? 心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……? どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ! 人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける! ……うん、詰んだ。 ★「小説家になろう」先行投稿中です★

【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。 そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。 毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。 もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。 気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。 果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは? 意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。 とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。 小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

処理中です...