アンチ悪役令嬢の私がなぜか異世界転生して変人王子に溺愛される話

悠木全(#zen)

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第二章

30.甘いようで甘くないアナタ

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  ***



 そしてその夜、私はジンテール王子の私室を訊ねた。

 本当は女性が男性の部屋を訪ねるなんて、はしたない! ってリビに怒られたんだけど、それでも私はジンテール王子の声が聞きたくて、行かずにはいられなかった。

 そして胸を弾ませながら回廊を渡って豪奢なドアの前にやってきた私は、小さくノックした。

「————はい」

 その声を聞くだけで、胸が高鳴った。

 いつからこんなにも、ジンテール王子のことが好きになってしまったのだろう。

 ずっと一緒にいても、何かあったわけじゃないのに。

 私は宝箱を開けるようなワクワクした気持ちで、ドアを開けると——そこには、少しだけシャツの襟を開けて椅子に座る、ジンテール王子の姿があった。

 その手にはお酒のグラスがあって、なんだかいつもと雰囲気が違っていた。

「あの、ジンテール殿下」

「ああ、ケイラか」

「ケイラか、じゃないわよ。最後の挨拶に来たのに、あまり歓迎されていないみたいね」

「そんなことはない。この国の偉大なる大聖女のおかげで、我が国は安泰なのだからな」

「酔ってるの?」

「少しな」

 私はジンテール王子のそばに立つと、少しだけ赤くなった彼の顔に右手を添えた。これが最後になるなんて思わないけど、しばらく会えないかと思うと寂しい気がした。
 
 でもそう思っているのはきっと、私だけじゃないはずだわ。

 だって、ここに来てから彼が酒に溺れている姿なんて見たことなかったもの。だからきっと、多少なりとも私のことを思ってくれているんだ。

 そんなことを思って椅子に座るジンテール王子を見つめていると、そのうちジンテール王子はグラスをテーブルに置いて、私の腕に顔を寄せた。

 まるで子猫が母猫にすがるようなその仕草に、私は思わずキュンとなった。

「じ、ジンテール殿下は私のことが好きですか?」

「今更なんだ?」

「だって、聞かないと言ってくれないでしょう?」

「言ったら止まらなくなりそうでな」

「止まらない? 何が」

 私が怪訝な顔をして訊ね返すと、ジンテール王子はくすりと笑って私の腕をひいた。そしてジンテール王子の膝になだれ込んだ私の耳に、彼はそっと息を吹き込むように囁いた。

「まさか俺がお前に心を奪われるとは思わなかったんだ」

「まあ、あんな恋文を書いておいて、今更なんなの?」

「違うんだ、あの時は——」

「何が違うの?」

「いや、いい。きっとあの時にはもう、落ちていたのかもしれない」

「何を言っているのかわからないけど、私のことが好きってことはわかったわ」

 私が満足げな笑顔を向けると、ジンテール王子は小さく息をのんだ。そしてゆっくりと私に唇を寄せてきたので、私も目を閉じる——けど。

 ふいに、おでこを弾かれるな痛みが走る。

「いった!」

 思わず目を開けると、ジンテール王子の苦笑する顔があった。

「あなた、デコピンしたでしょ!?」

「俺はお前の目を覚まさせただけだ」

「もう、なんでそう、素直じゃないのよ」

「俺にも使命があるんでな」

「はあ?」

「それより、グクイエとはどこまでいったんだ?」

「……何の話?」

「グクイエと恋仲になったんだろう?」

 突然の言葉に、私は瞠目する。まさかとは思っていたけど、グクイエ王子と私のことをそんな風に思っていたなんて——呆れて開いた口が塞がらなかった。

 仮にも恋人に向かって、そんなこと言うなんて。

 一瞬、ぶん殴ってやりたい気持ちにかられたけど、なんとか自分の感情を抑えることに成功した私は、立ち上がってジンテール王子を睨みつけるように見下ろした。

「あのねぇ、何を勘違いしているのか知らないけど、私とグクイエ殿下はそんな関係じゃないわよ。ていうか、自分の恋人に言うことじゃないでしょ!?」

「だが、奇跡の再会だろう?」

「……奇跡の再会? なんの話よ」

「グクイエを見て、何も思わないのか? グクイエはお前のことを——」

「知ってるわよ。グクイエ殿下が私を好きだってことくらいは。けど、それと私の気持ちは無関係よ。私が好きなのはジンテール殿下なんだから」

「……そうか」

 ほっとしたような、嬉しそうな顔をするジンテール王子の幼い笑顔に不意打ちを食らった私は、なんとなく胸をギュッと掴まれるような感覚に陥る。

 過去に大聖女アコリーヌが王子様と会った時も、こんな気持ちだったのかな?

 なんて思っていると、そのうちジンテール王子はまるで何もなかったように無表情で私の前に立った。

「な、何よ」

「抱きしめていいか?」

「い、いいわよ」

 ジンテールに言われて素直に頷くと、思ったよりも強く抱きしめられて私はびっくりした顔をする。

 今日はジンテール王子の意外な一面をたくさん見たような気がするけど、決して嫌な気持ちにはならなかった。

 きっと、彼はグクイエ王子の気持ちを知って、不安になっていたのね。

「大丈夫だよ、私はジンテール殿下の元にいるから」 

「本当か?」

「もちろんよ。私は好きなのはあなただと言っているでしょう?」

「俺みたいな人間のそばにいたいとは、お前は本当に変わった人間だ」

「あら、よくわかってるじゃない」

「だが——もしもお前が帰って来た時は、全てを話そうと思う」

「なんのこと?」

「それは帰ってからのお楽しみだ。全てを知った上で、俺を嫌いになるなり、見限るなりしてくれ」

「殿下がそんな弱気なことを言うなんて……本当に酔っているのね。わかったわ。なんのことかわからないけど、なんでも受け止めるから、言いたいことがあるなら全部言えばいいわ」

 その時の私は、ジンテール王子のことを軽く考えていた。まさか、のちにあんなことになるなんて、思いもよらなかった。


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