30 / 80
第二章
30.甘いようで甘くないアナタ
しおりを挟む***
そしてその夜、私はジンテール王子の私室を訊ねた。
本当は女性が男性の部屋を訪ねるなんて、はしたない! ってリビに怒られたんだけど、それでも私はジンテール王子の声が聞きたくて、行かずにはいられなかった。
そして胸を弾ませながら回廊を渡って豪奢なドアの前にやってきた私は、小さくノックした。
「————はい」
その声を聞くだけで、胸が高鳴った。
いつからこんなにも、ジンテール王子のことが好きになってしまったのだろう。
ずっと一緒にいても、何かあったわけじゃないのに。
私は宝箱を開けるようなワクワクした気持ちで、ドアを開けると——そこには、少しだけシャツの襟を開けて椅子に座る、ジンテール王子の姿があった。
その手にはお酒のグラスがあって、なんだかいつもと雰囲気が違っていた。
「あの、ジンテール殿下」
「ああ、ケイラか」
「ケイラか、じゃないわよ。最後の挨拶に来たのに、あまり歓迎されていないみたいね」
「そんなことはない。この国の偉大なる大聖女のおかげで、我が国は安泰なのだからな」
「酔ってるの?」
「少しな」
私はジンテール王子のそばに立つと、少しだけ赤くなった彼の顔に右手を添えた。これが最後になるなんて思わないけど、しばらく会えないかと思うと寂しい気がした。
でもそう思っているのはきっと、私だけじゃないはずだわ。
だって、ここに来てから彼が酒に溺れている姿なんて見たことなかったもの。だからきっと、多少なりとも私のことを思ってくれているんだ。
そんなことを思って椅子に座るジンテール王子を見つめていると、そのうちジンテール王子はグラスをテーブルに置いて、私の腕に顔を寄せた。
まるで子猫が母猫にすがるようなその仕草に、私は思わずキュンとなった。
「じ、ジンテール殿下は私のことが好きですか?」
「今更なんだ?」
「だって、聞かないと言ってくれないでしょう?」
「言ったら止まらなくなりそうでな」
「止まらない? 何が」
私が怪訝な顔をして訊ね返すと、ジンテール王子はくすりと笑って私の腕をひいた。そしてジンテール王子の膝になだれ込んだ私の耳に、彼はそっと息を吹き込むように囁いた。
「まさか俺がお前に心を奪われるとは思わなかったんだ」
「まあ、あんな恋文を書いておいて、今更なんなの?」
「違うんだ、あの時は——」
「何が違うの?」
「いや、いい。きっとあの時にはもう、落ちていたのかもしれない」
「何を言っているのかわからないけど、私のことが好きってことはわかったわ」
私が満足げな笑顔を向けると、ジンテール王子は小さく息をのんだ。そしてゆっくりと私に唇を寄せてきたので、私も目を閉じる——けど。
ふいに、おでこを弾かれるな痛みが走る。
「いった!」
思わず目を開けると、ジンテール王子の苦笑する顔があった。
「あなた、デコピンしたでしょ!?」
「俺はお前の目を覚まさせただけだ」
「もう、なんでそう、素直じゃないのよ」
「俺にも使命があるんでな」
「はあ?」
「それより、グクイエとはどこまでいったんだ?」
「……何の話?」
「グクイエと恋仲になったんだろう?」
突然の言葉に、私は瞠目する。まさかとは思っていたけど、グクイエ王子と私のことをそんな風に思っていたなんて——呆れて開いた口が塞がらなかった。
仮にも恋人に向かって、そんなこと言うなんて。
一瞬、ぶん殴ってやりたい気持ちにかられたけど、なんとか自分の感情を抑えることに成功した私は、立ち上がってジンテール王子を睨みつけるように見下ろした。
「あのねぇ、何を勘違いしているのか知らないけど、私とグクイエ殿下はそんな関係じゃないわよ。ていうか、自分の恋人に言うことじゃないでしょ!?」
「だが、奇跡の再会だろう?」
「……奇跡の再会? なんの話よ」
「グクイエを見て、何も思わないのか? グクイエはお前のことを——」
「知ってるわよ。グクイエ殿下が私を好きだってことくらいは。けど、それと私の気持ちは無関係よ。私が好きなのはジンテール殿下なんだから」
「……そうか」
ほっとしたような、嬉しそうな顔をするジンテール王子の幼い笑顔に不意打ちを食らった私は、なんとなく胸をギュッと掴まれるような感覚に陥る。
過去に大聖女アコリーヌが王子様と会った時も、こんな気持ちだったのかな?
なんて思っていると、そのうちジンテール王子はまるで何もなかったように無表情で私の前に立った。
「な、何よ」
「抱きしめていいか?」
「い、いいわよ」
ジンテールに言われて素直に頷くと、思ったよりも強く抱きしめられて私はびっくりした顔をする。
今日はジンテール王子の意外な一面をたくさん見たような気がするけど、決して嫌な気持ちにはならなかった。
きっと、彼はグクイエ王子の気持ちを知って、不安になっていたのね。
「大丈夫だよ、私はジンテール殿下の元にいるから」
「本当か?」
「もちろんよ。私は好きなのはあなただと言っているでしょう?」
「俺みたいな人間のそばにいたいとは、お前は本当に変わった人間だ」
「あら、よくわかってるじゃない」
「だが——もしもお前が帰って来た時は、全てを話そうと思う」
「なんのこと?」
「それは帰ってからのお楽しみだ。全てを知った上で、俺を嫌いになるなり、見限るなりしてくれ」
「殿下がそんな弱気なことを言うなんて……本当に酔っているのね。わかったわ。なんのことかわからないけど、なんでも受け止めるから、言いたいことがあるなら全部言えばいいわ」
その時の私は、ジンテール王子のことを軽く考えていた。まさか、のちにあんなことになるなんて、思いもよらなかった。
41
あなたにおすすめの小説
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。
和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……?
しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし!
危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。
彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。
頼む騎士様、どうか私を保護してください!
あれ、でもこの人なんか怖くない?
心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……?
どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ!
人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける!
……うん、詰んだ。
★「小説家になろう」先行投稿中です★
【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。
櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。
そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。
毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。
もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。
気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。
果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは?
意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。
とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました
あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。
どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる