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第二章
31.色んな意味で危険な男
しおりを挟む朝から小さな鳥がピーチク鳴く中、私は誰に起こされるでもなく目を覚ました。
季節は本格的な冬。
グレープ王国の冬はそれほど厳しくはないので、日本で言うところの秋服でじゅうぶんだけど、魔王のいるキウイ王国はどうやら冬が厳しいらしい。
隣なのにこの違いよう、不思議である。
私はリビが用意した冬服をトランクに詰め込むと、王城の前で迎えの馬車を待った。
魔王は聖女の存在に敏感だから、普通に越境したら捕まってしまう可能性もあるので、旅商人のふりをしてキウイ王国に渡ることになった。
ゴォフが商人で、私がその奥さんという設定だ。
ゴォフと二人だと、また夜盗なんかに襲われるといけないので、ジンテール王子が護衛をつけてくれたけど——布をすっぽりとかぶったその人は、どういう風貌かもわからなかった。
そして用意された馬車に護衛とゴォフ、私の三人で乗り込むと、見送りにきた国王陛下やジンテール王子に目配せをして挨拶をした。
グクイエ王子の姿は見当たらなかったけど、きっとまだ不貞腐れてるんだと思う。
今朝も顔を合わせるなり、何か言いたそうにしていたけど、私は無視したから。
だって、ジンテール王子がいるのに、思わせぶりな態度をとるのも良くないじゃない? 本当はこんなことをするのは心苦しいけど、仕方ないわよね。
私が窓の外に向かって静かに視線を送る中、馬車は動き始めた。
「やはり、物語の強制力でしょうか」
するとふいに、向かいに座るゴォフが何かを考えながら呟いた。
私はやれやれといった感じでため息を落とす。
ゴォフといると、なんとなく感傷に浸ることもできないのね。
「何度も聞いたけど、その物語の強制力ってなんなの?」
「言いましたよね? この世界は『王子にざまぁしてラブメテオな悪役令嬢♡』という話の中だと。本当の物語では、聖女メラニンとともに魔王を討伐するはずだったんです。ですから、物語が正しい方向に進むよう、ケイラ様が本能的に動き出したのかもしれません」
「本能ねぇ。やっぱりよくわからないけど、この世界で私が思い通りに暮らすことはできないってこと?」
「そういう面もありますが、物語の外側でなら、好きに生きられるかと」
「物語の外側、ねぇ。やっぱりよくわからないわ」
それから私たちは深い森に入ると、国境に向かう間、『王子にざまぁしてラブメテオな悪役令嬢♡』の話をゴォフから聞いた。
聖女メラニンを王妃にすると言い張ったキウイ王国の王子は、私の見事な大どんでん返しにより廃嫡となり、私は聖女メラニンとともに国を守るはずだった。
けど、主人公の私がいなくなったせいか、本来の物語とはだいぶズレが生じているらしい。
今では第一王女が次代の女王となるべく奔走しているとか。それで聖女メラニンも助力を尽くしているそうな。
メラニンが簒奪を目論んでいたのは、物語の拮抗が崩れてしまった影響ではないかとゴォフは告げる。
要するに、物語はどんどんおかしな方向に傾いてるから、元に戻そうとする力が働いているってことだよね。
それで本来の話に戻そうと、物語の強制力が働いて私が召還されたのである。
そこまで言って、ゴォフはため息を吐いた。
「他にも私には設定があるみたいですが……おかしなことばかりです」
「どういうこと?」
「ケイラ様が出会うはずだったのは……おそらくジンテール殿下ではないからですよ」
「じゃあ、私の相手は誰だったの?」
私はゴォフに訊ねるけど、そこで馬車の隅から「ふふふ」と嫌な笑い声が聞こえてくる。
思わずビクッとして馬車の隅に顔を向けると、そこには全身布で包まれた護衛の人がいて、一人で笑っていた。
「……あ、あの、どうかさないましたか?」
訊ねると、護衛の人が布を自分で剥ぎ取った。そして中から現れたのは、私の部屋にいきなり押しかけてきたラビットソン・タナカという色男だった。
「あんた! なんでこんなところに!?」
思わず指をさして告げると、兎村は長めの髪をかきあげて言った。
「全て聞かせていただきましたよ。ケイラ様には運命の相手がいるという話も」
「そんな話したっけ?」
どうやらゴォフとの会話を聞いていたみたいだけど、何か勘違いしているようだった。ていうか、異世界転生の話を聞いても、こちらの人にはなんのことかわからないわよね。
説明するのも面倒なので、話を合わせてあげることにした。
「そうみたいね。私には運命の相手がいるみたい」
「それが、ジンテール殿下ではないということは——おそらく」
「おそらく?」
「この私がケイラ様のお相手に違いありません」
「……は?」
「この私が護衛として遣わされるのも、おそらく運命……いや、必然といったところでしょうか」
「護衛として遣わされた? ていうか、あなたなんでここにいるの?」
「言ったでしょう。ケイラ様を襲った罰として、ケイラ様を守るよう言い遣わされたのです」
「あんたが? 誰に言われたの?」
「もちろん、ジンテール殿下ですよ」
「……は?」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
いくらなんでも、私を襲った人を私の護衛にするなんて、おかしすぎる。本当なら、兎村が処罰されてもおかしくないはずなのに……。
「ですが、ジンテール殿下の寛大さが仇となりましたね」
言って、兎村は腰の短剣をゆっくり抜いた。そしてその剣先を私に向けて、兎村はさらに言った。
「あなたにはここで死んでいただきます」
「……それも、ジンテール殿下の指示なの?」
「死地に向かう人間に、事情など必要ないでしょう」
もしかして、ジンテール王子に裏切られた……? そう思って呆然とする私の肩を、ゴォフが揺らした。
「しっかりしてください! ケイラ様! ジンテール殿下の指示なわけないじゃないですか! きっとこれは何かの手違いで——」
「手違いで、こいつを私の元に送るの? 私を襲った人間を? 違うわ……きっとこうなることをわかっていて、私の元に送ったのよ。たとえ暗殺がジンテール殿下の指示じゃなかったとしても、私の元に送るということは、こうなる危険くらいわかっていたはずだもの」
「ケイラ様……」
「だからって、ここで殺されるのも癪よね。いいわ。ここで私がいっちょ——」
その時だった。
遠くから私を呼ぶ声が聞こえたかと思えば、馬車が突然動きを止めた。
いきなり止まった衝撃で、体勢を崩した私は、同じく馬車の中で立っていた兎村の腹に頭突きして——兎村を馬車の外へと追い出したのだった。
兎村が馬車から落ちて目を回す中、私も外に出る。
すると、馬車の前には真っ白な馬に乗ったグクイエ王子がいた。
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