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第二章
34.聖女のお出迎え
しおりを挟む————翌朝。
結局、意地でもついて行くと言ってきかないグクイエ王子に折れて、護衛をお願いすることになった。
グクイエ王子が怪我でもしたらどうしようかと思ったけど、なぜか不思議なほど旅は落ち着いていた。まるで誰かに守られているような——まさかね。
そして商人夫婦のふりをして国境の検問を通過した私たちは、キウイ王国の城下町に入った。
キウイ王国は思っていたほど荒んだ様子はなくて、魔王に乗っ取られた感じもなかった。
てっきり、もっと建物が崩れていたり、人が避難しているかと思ったけど、まるで何もないみたいに屋台が出ているし、ちっとも魔王に乗っ取られているようには見えなかった。
「グクイエ殿下……いえ、クイエさん。この国は本当に魔王の支配下にあるの?」
表向き商人夫婦とその護衛という設定なので、グクイエ王子のことはクイエと呼んでいた。呼び慣れていないから、なんだか言いにくいけど。
「ああ、キウイ国王から受け取った書簡には、そう書いてあったけど……どうなんだろう。表向きは何もないように見えるね」
「ちょっと聞き込みしてみようかしら?」
「それよりも、この国の聖女と合流して確認した方がいい。下手に動いて、怪しまれても困るし」
「……わかった」
「それで、この国の聖女とはどこで落ちあう予定なの?」
グクイエ王子の問いに、ゴォフが代わりに答えた。
「街の外れに、オットーという大衆酒場があるはずです。そこで合言葉を言えば聖女と合流できます」
「え? 合言葉が必要なの? 合言葉って何よ。初耳なんだけど」
「護衛さんが何者かわからない以上、言うのを控えていたんです」
「ゴォフは護衛の正体がラビットソンだって知ってたの?」
「いえ、ラビットソン様とは存じ上げませんでしたが、何か嫌な予感がしましたので」
「ふうん。本当は知ってたんじゃないの?」
私がうろんげな目を向ける中、グクイエ王子が口を挟む。
「それより、合言葉って何?」
「向こうが『ここは相変わらず寒いな』と言ったら、『白い女神が降り立つのも間近だから』と答えればいいんです」
「白い女神?」
「雪を降らせる女神のことですよ。ケイラ様はご存じありませんか?」
「うん、知らないわ。ケイラから受け継いだ知識にはないみたいだけど……」
「そうですか」
「ケイラから受け継いだ?」
ふいに、グクイエ王子がうさぎのような目を細めて私を見る。
どうやら、私の『受け継いだ』という言葉が引っかかったらしい。
けど、異世界転生とか説明するのも大変だし、混乱を招いても困るよね……?
なんて言って誤魔化せばいいんだろう。
密かに私が狼狽える中、ゴォフが落ち着いた声で告げる。
「ケイラ様の教育係の先生がケイラ様と同じ名前だったんですよ。だから正確には、ケイラ先生から受け継いだ知識です」
「なるほど、ケイラの先生がケイラという名前だったんだね」
グクイエ王子はニコニコしながら頷いていたけど、納得していない顔にしか見えなかった。ジンテール王子と違って、グクイエ王子はわかりやすいから。
でも私も上手く誤魔化す方法が思いつかなくて、ゴォフの話に合わせるしかなかった。
「実はそうなのよ。ケイラ先生から教わってなかったから、不思議に思って」
「へぇ、そうなんだ」
胡散臭い顔で笑うグクイエ王子は、ジンテール王子に少しだけ似ていた。
嘘をつくのが苦手な私は、滝のように汗をかくけど、そのうちゴォフが私とグクイエ王子の間に入って言った。
「ほら! そろそろ街に入りましたし、馬車を降りましょう。街中でこんな豪華な馬車は目立ちますから、徒歩で街外れに行きましょう!」
「そうね。早く聖女たちと合流しましょう」
私が両手を合わせて告げると、ゴォフが合図して馬車を止めた。するとグクイエ王子は諦めたようにため息を吐いて、馬車を降りた。
それから大衆酒場オットーの看板を発見した私たちは、木造二階建ての大きな酒場にあるスイングドアを恐る恐る開いた。
中はスキンヘッドの男たちや筋肉質な傭兵が酒盛りをしていて、なんだか場違いな感じがしたけど、とりあえずゴォフを先頭にしてカウンターに向かった。
カウンターに立っているおじさんは、顔じゅう傷だらけの、いかにも歴戦の勇士という風貌で、なんとなく怖い感じがした。
私が周囲を見てビクビクしながらゴォフの肩を押さえていると、そのうちカウンターの怖いおじさんが口を開く。
「ここは相変わらず寒いですか?」
その言葉に、ゴォフはすかさず答える。
「——ちろい女神が降りたちゅのも間近だきゃら!」
鎮まりかえる大衆酒場。
なんでこんな大事な時に噛むのかな?
周りの屈強な男たちが立ち上がるのを見て、私はアワアワしてしまう。
やっぱり、噛んだのはよくなかったわよね?
ゴォフがいざという時に弱いのはわかった。
「大丈夫、何かあっても僕が守るから」
私が怯えていることに気づいたグクイエ王子が、小さく告げた。
けど、どう見たって、周りのおじさんたちの方が強そうだし、グクイエ王子一人で勝てるとは思わないんだけど……。
私が青ざめる中、カウンターの一番猛者っぽいおじさんは大きな声で笑う。
「あっはっは! ようこそお越しなすった。お待ちしてましたよ」
猛者のおじさんはウィンクすると、私たちについてくるように促した。
私たちはこわごわといった感じでついて行くと、猛者のおじさんが裏戸に案内してくれた。
そして扉を開けると、そこには聖女メラニンがいて、にこやかに出迎えてくれたのだった。
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