38 / 80
第二章
38.帰りたいのに
しおりを挟む***
一時はどうなることかと思ったけど、私やグクイエ王子が魔王を倒したことでメラニンたちは歓喜乱舞し、地下にずっと幽閉されていた王族たちも解放することができた。
そして表面上ではわからなかったけど、国交が元に戻ったことで市場や商人たちも以前のように商売ができるようになったとか。
キウイ王国に入った時は、屋台とか普通に見えたけど、実は経営の危機に陥っているところがほとんどだったとか。
果物や野菜、肉類はほとんど輸入に頼っているから、国交ができないことで高騰し、パン以外売れるものがなかったという。
それが解消されてようやく元の生活が戻った市場は、活気に満ちているし、治安も数段良くなったらしい。
ほんとに、街って見ただけではわからないものである。不景気で人の心まで変わってしまうというけど、それを救うことができて良かったと思う。
ていうか、魔王ってもっと残忍で恐ろしい政治をしていたのかと思っていたけど、国交を遮断するくらいで済んでよかったと思うのは私だけだろうか?
まあ、それも良くないんだろうけど。
魔王は国を掌握して何がしたかったんだろう。
キウイ王城の庭で優雅にお茶を飲んでいた私は、そんなことを思いながらほっと息を吐く。
あれから色んな理由をつけて国に引き止められた私とグクイエ王子は、もう一ヶ月くらいグレープ王国に帰っていなかった。
私としては早く帰ってジンテール王子の顔が見たいんだけど、なぜかメラニンがそれを許してくれないのよね。
私の両親とやらも会いに来たけど、自分の親だという実感がないので、てきとうに挨拶をしてお帰りいただいたのだった。
なかなか帰れないのも問題だけど、それともう一つ問題があった。
それは————。
「アコリーヌ、式はいつ挙げようか」
「……だから、私はケイラであって、アコリーヌじゃないの」
「ほら、アコリーヌの好きなフランボワーズだよ。たくさん食べて、立派な子供を産んでね」
「いや、だから私は妊娠なんてしてないから」
どうやらグクイエ王子が前世の記憶を取り戻したらしくて、すっかりおかしくなってしまったのだった。
私も魔王を倒した拍子にアコリーヌの記憶を取り戻したからわかったのだけど、どうやらアコリーヌはその当時の王子——の子供を妊娠していたらしい。
日記では手すら繋がないとヤキモキしていたアコリーヌだったけど、魔王と戦った後は、距離がぐんと縮まったとか。
けど、それは大昔の話だし、私じゃないわけで。
たとえアコリーヌの生まれ変わりが私だったとしても、今の私はアコリーヌじゃないんだから……グクイエ王子の愛に応えることができなくて困っていた。
「あのね、グクイエ殿下。もうアコリーヌ様はいないんです」
「何を言ってるの? アコリーヌ?」
「目を覚ましてください! グクイエ殿下」
「ほら、このケーキをフルーツと一緒に食べたら、すごく美味しいよ」
「グクイエ殿下!」
私が大きく口を開けると、グクイエ王子がスプーンですくった生クリームやフルーツを私の口に放りこんだ。
その優しい甘さに思わず身悶えていると、グクイエ王子は微笑ましそうな顔をする。
どうせなら、アコリーヌがここにいれば良かったんだけど……本当に困ったな。
もうアコリーヌはどこにもいないんだよね。私の中にいるにはいるんだけど……。
「とにかく! グクイエ殿下、グレープ王国に帰りますよ」
「どうして?」
「どうしてって、ジンテール殿下が待っているからですよ」
「ジンテール? 誰それ」
「グクイエ殿下のお兄様のことですよ!」
「僕には兄なんていないよ」
「それは、大昔のグクイエ王子にはいなかったかもしれないけど、今のグクイエ王子にはいるんです!」
「アコリーヌは変なことを言うね」
「ああ! もう、どうすればいいのよ! いいわ、私だけでもグレープ王国に帰るんだから!」
「あら、もうお帰りになられますの? もう少しゆっくりしていけば良いのに」
グクイエ王子をどうすることもできなくて、私が喚いていると、そのうちケーキのトレーを持ったメラニンがやってくる。
小説の中では私とメラニンが大の親友だという話だから、きっと物語の強制力とやらがここでも効いているのだろう。
けど、本来のシナリオは消化したんだから、もう自由になってもいいはずよね?
という話をゴォフに話したいところだけど——なぜかゴォフは魔王を倒して以来、現れることはなかった。
いったいどこに行ってしまったのだろう。もしかして先にグレープ王国に帰ったとかじゃないわよね? 変なの。
けど、私もいつまでもここにいるわけにもいかないので、はっきりと自分の気持ちを告げることにした。
「私には会いたい人がいるから、もう帰らせてもらいたいのよ」
「そう……残念ですわ。でも、ケイラ様がそうおっしゃるのなら」
「本当にありがとう。また何かあれば呼んでくれていいから」
「そのお言葉、心強いですわ」
それから聖女や王族たちに惜しまれながらも、私とグクイエ王子はグレープ王国に帰ることになったのだった。
40
あなたにおすすめの小説
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。
和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……?
しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし!
危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。
彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。
頼む騎士様、どうか私を保護してください!
あれ、でもこの人なんか怖くない?
心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……?
どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ!
人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける!
……うん、詰んだ。
★「小説家になろう」先行投稿中です★
【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。
櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。
そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。
毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。
もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。
気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。
果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは?
意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。
とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました
あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。
どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる