アンチ悪役令嬢の私がなぜか異世界転生して変人王子に溺愛される話

悠木全(#zen)

文字の大きさ
40 / 80
第二章

40.やっぱり私は不幸かもしれない

しおりを挟む


 ***



「結局、ジンテール殿下とは二日会ってないのよね。ゴォフの姿も見ないし、どうなってるのかしら?」

「どうしたの? ケイラ」

 ゴリラン大司教にグクイエ王子を元に戻してもらうため、またもや馬車に乗って森の中を移動していると、私のつぶやきにグクイエ王子が反応した。

「実はジンテール殿下がいないのよ。わかる? あなたのお兄様のことよ」

「ジンテール……思い出せないな」

「過去の記憶の方が強いのかしら? 私のことはわかるのよね?」

「ああ、ケイラだよね。それで、これからどこに行くの? アコリーヌに会いに行くの?」

「そ、そうね。アコリーヌ様に会えるかも……? なんて」

 まさか私がアコリーヌの生まれ変わりです、なんて言ったら、余計ややこしくなるような気がして言えなかった。それに言ったところで、グクイエ王子の気持ちを受け止めることはできないのである。

 そうこうするうち、馬車は森の奥深くにある神殿の前にやってくる。考えてみると、森の中なのに馬車が通れるよう道を綺麗にしてあるのって、すごいことよね。

 ゴリラン大司教がそれだけ重要な人物ってことよね。それにしても、まさかゴリラン大司教がアコリーヌの時代から生きているなんて……日本のご長寿なんて目じゃないわよね。

「——ようこそお越しくださいました、ケイラ様。今日はどんな御用件で?」

 真っ白な神殿で迎えてくれたのは、相変わらず美女のような大司教だった。

 私は単刀直入に告げる。

「ああ、ゴリラン大司教。もう陛下からの伝令で知っていると思うけど、グクイエ殿下の様子がおかしくて」

「そのことでしたか。聞いておりますよ。記憶が混乱されているとか」

「そうなのよ。だから、アコリーヌ様の記憶を封印したゴリラン大司教ならなんとかできるんじゃないかって」

「……その話をどちらで?」

「国王陛下から窺ったけど?」

「あの方は、余計なことを」

「ゴリラン大司教って、ご長寿なのね」

「私はぴっちぴちの千七百歳ですから」

「……え」

「冗談ですよ」

 胡散臭いゴリラン大司教の笑顔に、私は疑わしい目を向ける。すると、ゴリラン大司教は咳払いをして告げる。

「わかりました。グクイエ殿下の記憶を封じましょう」

 けど、そばにいたグクイエ王子が、怪訝な顔をする。

「ちょっと待って、僕の記憶を封じるってどういうこと?」

「痛いことは少しもありませんから、少しだけ大人しくしてくださいませんか?」

「やば、本人が聞いてるんだった。グクイエ殿下、元に戻るだけですから、じっとしててください」 

「元に戻るって何? 記憶を封じるってどういうこと?」

 それからグクイエ王子は暴れて、大変だった。

 大司教の小間使いたちが現れて取り押さえてくれたけど、グクイエ王子ってかなり強いから、ひ弱な小間使いたちでは取り押さえるのもひと苦労だった。

 それから衛兵も加わって、縄でぐるぐる巻きにしたことで、ようやくグクイエ王子は大人しくなった。

 まるで罪人のように縄で巻かれたグクイエ王子が、神殿の奥で懇願するように告げる。

「お願い、アコリーヌの記憶には触らないで。ねぇ、ケイラ……ゴリラン大司教、お願いだから」

「グクイエ殿下。ごめんなさい。あなたを元に戻すには、こうするしかないんです」

「大丈夫です、グクイエ殿下。あなたには、新しい人生がありますから」

 そう言ったゴリラン大司教は、グクイエ王子がおかしい理由を全てわかっている様子だった。

 前世のグクイエ王子とそっくりだから、最初から転生者だとわかっていたのかもしれない。

 ゴリラン大司教はそっと目を伏せた後、覚悟したようにグクイエ殿下の頭に手をおいた。

「私にはこれくらいしかできなくて申し訳ない」

 そしてグクイエ殿下は、アコリーヌの記憶を忘れて——元のグクイエ王子に戻ったのだった。

 けど、グクイエ王子の記憶を封印して、本当によかったのだろうか? なんだかひどいことをしたように思えて、元のグクイエ王子を見た時は泣きそうになった。

 アコリーヌに会いたいグクイエ王子に、私がアコリーヌだよって言えたらどれだけよかっただろうか。私は卑怯なやつだ。ジンテール王子が好きだからって、グクイエ王子の記憶を切り捨てたんだ……。

「ケイラ様、気にしない方が良いですよ」

 ふいに、ゴリラン大司教が私の肩をそっと叩いた。その優しい手に、少しだけ過去の記憶が蘇る。

 そういえば、アコリーヌもこんな風に慰めてもらったりしていたよね。ゴリラン大司教は常に寄り添ってくれる存在だった。けど、どうしてアコリーヌの記憶を封印したりしたのだろう。

「あの、ゴリラン大司教——」

 私がアコリーヌのことを聞こうとしたその時だった。

「これはこれは、ジンテール殿下」

 ゴリラン大司教の言葉を聞いて、私は振り返る。そこには、会いたくてたまらなかったジンテール王子の姿があった。

 ————って、ジンテール王子、剣を抜いてるけど、いったいどうしたんだろう?

 私が首を傾げていると、そのうちジンテール王子は不敵に笑いながら私に長い剣先を向けた。

「ちょ、ジンテール殿下!? どうしたの? いきなり」
 
「ケイラ、今すぐお前を殺す」

「はあ!?」

 その威圧感に、思わず後ずさる私だったけど——ジンテール殿下が剣を振り上げた瞬間、ゴリラン大司教が私をかばうように前に出た。

「おやめください、ジンテール殿下。どうなさったのですか!? あれほどケイラ様のことを想っていらっしゃったのに——」

「そこをどけ、ゴリラン。お前を斬る道理はないんだ」

「それを言うなら、ケイラ様を斬る理由もないでしょう?」

「理由ならある。そいつは国を揺るがす大聖女アコリーヌの転生者だからだ」

 ジンテール王子の言葉に、ゴリラン大司教は大きく見開いた。

「どうしてそれを——まさかあなたは!?」  

「——どけっ」

 ジンテール殿下はゴリラン大司教を殴りつける。すると、ゴリラン大司教が倒れたことで、私とジンテール王子を隔てるものがなくなって——ジンテール王子はニヤリと笑う。

「覚悟しろ、大聖女」

 その言葉の意味が私にはわからなかった。大切な人が、私を殺そうとしている。私のことを愛してくれていると思ったのに、全て偽りだったのだろうか? これまでのことを思い出すと、涙が止まらなくなって、その場から動けなかった。

 私はやっぱり景の時から変わらず、不幸のかたまりなんだ。

 夢の中でさえ、誰かに愛されることを望むことすら許されないのだろうか?

 私が泣きながらジンテール王子の顔を見上げると、ジンテール王子は少しだけ動揺の色を見せた。けど、唇を噛み締めて、何かを覚悟するように剣を振り下ろした。

 ————その時だった。

 縄に縛られたままのグクイエ王子が私の前に飛び出して、ジンテール王子の剣を受けた。

 肩に傷を負ったグクイエ王子がその場にうずくまる中、ジンテール王子が舌打ちする音が聞こえた。大切な弟王子に手を出しておきながら、その反応、なんてやつなの!

 怒りに染まった私は、とっさに歌を歌った。魔王を止めるほどの力——アコリーヌから受け継いでいるその力の使い方を思い出した私は、ありったけの力で歌った。

 すると、ジンテール王子は戸惑ったように目を泳がせたあと、その場を走り去った。

「グクイエ殿下! どうして!」 

 ジンテール王子がいなくなって、思わず駆け寄った私に、グクイエ王子は微笑んで見せた。

「だって、大切な人が危険だった……から」
 
「グクイエ殿下!」

「大丈夫ですよ。ケイラ様の歌声で癒されていますから、命に別状はないでしょう」

 さっきまで倒れていたゴリラン大司教が、グクイエ王子の脈をとりながら告げた。

 どうやら私の歌は回復も促すようだった。

 そしてそれ以来、ジンテール王子は王城から姿を消した。


しおりを挟む
感想 101

あなたにおすすめの小説

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……? しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし! 危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。 彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。 頼む騎士様、どうか私を保護してください! あれ、でもこの人なんか怖くない? 心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……? どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ! 人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける! ……うん、詰んだ。 ★「小説家になろう」先行投稿中です★

【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。 そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。 毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。 もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。 気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。 果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは? 意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。 とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。 小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

処理中です...