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第二章
42.法律で縛られた聖女
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「——アコリーヌ様を封印した理由ですか?」
ジンテール王子に襲われてから、なんとなく近寄りたくなかったけど、数日ぶりに訪れた神殿では——なぜかゴリラン大司教が懸垂をしていた。
肋木みたいな懸垂マシンが、神殿に似合わなくてちょっとどうかと思ったけど、若さを保つためには必要なことだとか。
それはいいとして、私が単刀直入にアコリーヌ様のことを聞くと、ゴリラン大司教は懸垂マシンから降りて、私のところにやってくる。
その姿はたおやかで、見た目は美女のようだけど、相変わらず性別不詳である。
「ふう……では、お茶でも用意しましょうか」
それから神殿近くの山小屋に移動すると、ゴリラン大司教がお茶やお菓子を用意してくれた。キウイ王国に攻め入られた時にかくまってもらった小屋だった。
「それより、いいんですか? お一人でここに来たりして」
テーブルについた私に、ゴリラン大司教がおそるおそる訊ねた。
私は果実の形をした焼き菓子を頬張りながら告げる。
「……そうね。ジンテール殿下に命を狙われている以上、一人で行動するのは良くないと言われたけど……どうしても聞きたかったから」
「どうしてそんなに聞きたいのですか?」
「それは、自分に関わることだから、ジンテール殿下がいなくなったヒントになるかと思って」
「もしかして、ケイラ様は……思い出されたのですか?」
「何を?」
「前世の記憶を」
「私がアコリーヌ様の生まれ変わりって話? それなら、思い出したわよ。魔王を討伐した時、力の使い方を思い出して魔王を倒すことができたから」
「……そうでしたか。では、私のことも覚えてらっしゃいますか?」
どうしてゴリラン大司教が、私がアコリーヌの生まれ変わりだと気づいたのかは知らないけど、私は思ったままを告げた。
「それが、アコリーヌの記憶はあやふやなのよ。かろうじてグクイエ殿下のことは覚えているけど」
「では、完全に封印が解けたわけじゃないのですね?」
「それって——私の力を封印したんじゃなくて、記憶を封じたってこと?」
「ええ」
「どうしてそんなこと——」
「あの頃は、時の王が聖女に心酔しておりまして。王というのは、前世のグクイエ王子の父君のことですが……聖女を戦争の兵器としてまっとうさせるために、聖女の恋愛を禁じておられたのです」
「聖女の方が立場的に強かったはずなのに、聖女の恋愛を禁止したってこと?」
「それが、とても複雑なのですが、聖女の伝説は以前にお話しした通り……戦争の道具として扱われることを厭うた聖女が、国の権力を掌握したまでは良かったもの……聖女は政を得意としていなかったため、政権を王族に返したのですが……それから聖女は大切に扱われながらも、いつしか国王が聖女を法で縛り付けるようになったのです」
「法律で縛る……?」
「そうです。国のルールだと言えば、聖女も文句が言えないと思ったのでしょう。戦時や緊急時の出動はともかく、聖女の私生活に対しても厳しい法律を作ったのです」
「それが、恋愛禁止?」
「ええ。聖女としての責務を終えるまでは、恋愛をしてはならないという法律を作ったため、当時はグクイエ王子との結婚を反対され——ついには記憶を封印する始末に」
「それで、ゴリラン大司教は国王の指示に素直に従って記憶を封印したわけだ?」
「そんな怖い顔しないでください。私も聖職者といえども、法律には逆らえませんから」
「結局は当時の国王にしてやられたってわけね。聖女の行動を制限して、兵器扱いして——」
「ただ、記憶を封じたことで、ひとつ問題が起きました」
「問題?」
「聖女が力を使えなくなったのです」
「アコリーヌが?」
「ええ。うっかり、アコリーヌ様の力も一緒に封印してしまったので——急遽、鍵を作ることになりました」
「鍵?」
「記憶を開く鍵です。力を使っていただく時だけ、その鍵を使って封印を解くのです。ゴォフという名の鍵で」
「ゴォフ!? ちょっと待って、ゴォフってまさかあのゴォフなの!? 魔王討伐の時にゴォフはいなくなったんだけど……」
「それはきっと、鍵が壊れたんだと思います。ですから今は、自由に力を使えますよね?」
一瞬、ゴリラン大司教の目が鈍い光を帯びたような気がしたけど、気のせいだろうか? なんだかいつもと雰囲気の違うゴリラン大司教に、私はごくりと固唾を飲み込んだ。
けど、ゴリラン大司教はすぐにいつものくだけた雰囲気で破顔した。
「あはは、そんな怖い顔しないでくださいって。何も責めているわけではありませんから。しかも国王が変わったことで法律も変わりましたし。少なくともこのグレープ王国は」
「それって、他の国にはいまだに聖女を縛る法律があるってこと?」
「そういう国もありますね」
「……そう。アコリーヌ様の事情はなんとなくわかったけど……ジンテール殿下が私の命を狙う理由がまだわからないわ」
「そうですね。それは私にもわかりません」
「けど、ゴォフがいなくなったことと、ジンテール殿下に命を狙われていることに、何か関係でもあるのかしら?」
「それは考えすぎじゃないですか?」
「でも一つだけ、わかったことがあるのよね」
「なんですか?」
「ジンテール殿下は本気で私を殺したいわけじゃないってこと」
「どうしてそう思われるんですか?」
「本当に殺したかったら、いくらでも殺すことができたと思うのよね。だから、一つ賭けに出てみようと思うの」
「賭け、ですか?」
「私の考えが正しいなら、きっとジンテール殿下は現れるわ。だからゴリラン大司教、手伝ってほしいことがあるの」
「手伝ってほしいことですか? 大聖女様には御恩がありますから、なんなりと」
「聖女たちが魔王を呪文で拘束したけど、あれってゴリラン大司教にもできたりします?」
「呪文で拘束……できないことはないですね。相手にもよりますが、普通の人間なら私や修道士程度にも拘束は可能です」
「おっけー。できるなら良かった。これで罠が張れそうだわ」
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