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第三章
56.囚われの聖女
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ママや衛兵たちが這いつくばるように平伏す中、私やグクイエ王子の前に現れた国王陛下は、とても怖い顔をしていた。
「あ、父上」
グクイエ王子は私を高い高いするのをやめると、国王陛下に人懐っこい笑みを向けた。
けど、国王陛下はというと、冷たい表情でグクイエ王子を睨み据えた。
「その娘は、聖なる神の使徒だ。安易に触れてはなるまい」
「でも、アコリーヌはアコリーヌだ」
グクイエ王子はそう言って、私をぎゅうっと抱きしめた。私が王子様を振ったことを忘れているのかもしれない。この人は、どうしてこうもマイペースなのだろう。
そんなことを思っていると、国王陛下がやってきてグクイエ王子の頬を叩いた。
そのことに驚いたのは、私だけでなく周囲の大人たちも唖然とする。そしてグクイエ王子本人に至っては、何をされたのかもわかってない様子で大きく見開いていた。
「この娘は、魔王に対抗しうる希望の光だ。今後はたとえ王族であろうと容易く触れることは——この私が許さん」
国王の宣言を聞いて、ポカンとするグクイエ王子だったけど、大人たちも顔を見合わせていた。
魔王に対抗しうる希望の光? どういうことだろう。
私はただ歌っただけなのに、そんな大層な——と思っていたら、私の周りを王直属の騎士たちが囲んだ。
「院長よ。この者は私が預かる。……良いな?」
傍観していた大人たちの中には、孤児院の院長先生もいたようで、国王陛下が反論させない強さで言うと、院長先生は苦笑して「仰せのままに」と言った。
すると、私は騎士に抱えられて、そのまま王城へと連れて行かれた。
そしてあの一件以来、私は奇跡の少女として持て囃された。魔王の配下を沈めた力を讃えられ、王族でもないのに王女のような暮らしをするようになった。
けど、国王陛下がよく会いにくるようになった反面、グクイエ王子とは会えない日が続いた。
人間と接触することで穢れを受けてはいけないとかいう国王陛下の謎の理屈のせいで、私は他の人間から遠ざけられて、ひとりぼっちの生活をするようになった。
王城の三階にある部屋を与えられて、ほとんど外にも出してもらえなかった私は、誰にも会えず、最初はショックで塞ぎ込んでいた。
けど、グクイエ王子やゴリランが毎日手紙を送ってくれたので、それだけを日々の糧として生きていた。
————そんな風に制限された生活を送っていた最中。
「アコリーヌ」
「なんでしょうか、国王陛下」
私の部屋に、軍服を着た国王陛下がやってきた。その姿を見た時、嫌な予感がした。そして案の定、国王陛下は嫌な笑みを浮かべて言った。
「魔王が現れたそうだ。お前の出番だ」
「魔王、ですか?」
魔王、と聞いて最初はピンとこなかったけど、すぐに国王の意図がわかった。
以前、私が闇を退けた力で、魔王をなんとかしたいのだろう。
けど、私自身にそんな力があるとは到底思えなくて、ただただ震えていると、国王陛下は冷たい目で見下ろしてきた。
「逃げることはこの私が許さぬ」
その威圧感に、私は震え上がり、小さく頷くことしかできなかった。
そこで初めて気づいた。私は魔王と戦わせるために生かされているのだということを。
国内で勢力を拡大しつつある魔王に対しては、国王も打つ手がないという。
中には魔王に対抗する勇者パーティなんかもいるけど、ことごとく返り討ちにされていると聞いているし、魔王に対抗しうる力が欲しかったのだろう。
けど、一度闇を退けたからって、私を戦に駆り出すなんて、正気の沙汰じゃないと思った。
だって、私はたかだか十三年しか生きていない子供なんだから。でも私が何を思おうとも、国王陛下の考えは揺るがない様子で、私を戦場に連れていくことを決めているようだった。
そして選択権のない私に、反論の余地もなくて。仕方なく私は国王陛下の手を取った——その時。
「父上」
私の部屋に、息を切らしてやってきたのは、グクイエ王子だった。
会うのは三ヶ月ぶりくらいだと思うけど、久しぶりに見た王子様はまた背が伸びていて、立派な風貌をしていた。
そして国王陛下に睨まれながらも、負けん気の強い目で告げる。
「僕も——魔王討伐に行かせてください」
「ダメだ」
「いやだ、僕も一緒に行きます。もし止めるというのなら、この城を僕の魔法で燃やし尽くしましょう」
そんな不穏な言葉を吐く王子様にびっくりする私だけど、グクイエ王子は本気のようだった。
そしてグクイエ王子は私の前までやってくると、膝をついて私の手を取った。
「こんなことしかできなくてごめんね、アコリーヌ。本当は君を逃してあげられたら良かったのだけど」
「グクイエ王子」
「グクイエ、聖女に触れてはならぬ。人が触れることで、聖女が穢れでもしたら——」
「父上は、アコリーヌが力を失うことが怖いのですか?」
「当然だ。やっと見つけた、魔王に対抗できるべく力だ」
「アコリーヌは武器なんかじゃない。僕が魔王を討伐した暁には、アコリーヌを解放してください」
「なんだと!?」
「魔王は僕が討伐してみせます」
「ほほう、闇に飲み込まれるしかなかったお前が、それを言うのか?」
「もう二度と、僕は闇に呑まれたりしません」
「ならば、その力とやらを見せてみるが良い。私は魔王が討伐できればそれで良いのだから」
「ええ、必ず僕が魔王を滅して見せます」
その燃えるような瞳を見て、私は胸が高鳴るのを感じた。眠っていた恋心が動き出した瞬間だった。
「あ、父上」
グクイエ王子は私を高い高いするのをやめると、国王陛下に人懐っこい笑みを向けた。
けど、国王陛下はというと、冷たい表情でグクイエ王子を睨み据えた。
「その娘は、聖なる神の使徒だ。安易に触れてはなるまい」
「でも、アコリーヌはアコリーヌだ」
グクイエ王子はそう言って、私をぎゅうっと抱きしめた。私が王子様を振ったことを忘れているのかもしれない。この人は、どうしてこうもマイペースなのだろう。
そんなことを思っていると、国王陛下がやってきてグクイエ王子の頬を叩いた。
そのことに驚いたのは、私だけでなく周囲の大人たちも唖然とする。そしてグクイエ王子本人に至っては、何をされたのかもわかってない様子で大きく見開いていた。
「この娘は、魔王に対抗しうる希望の光だ。今後はたとえ王族であろうと容易く触れることは——この私が許さん」
国王の宣言を聞いて、ポカンとするグクイエ王子だったけど、大人たちも顔を見合わせていた。
魔王に対抗しうる希望の光? どういうことだろう。
私はただ歌っただけなのに、そんな大層な——と思っていたら、私の周りを王直属の騎士たちが囲んだ。
「院長よ。この者は私が預かる。……良いな?」
傍観していた大人たちの中には、孤児院の院長先生もいたようで、国王陛下が反論させない強さで言うと、院長先生は苦笑して「仰せのままに」と言った。
すると、私は騎士に抱えられて、そのまま王城へと連れて行かれた。
そしてあの一件以来、私は奇跡の少女として持て囃された。魔王の配下を沈めた力を讃えられ、王族でもないのに王女のような暮らしをするようになった。
けど、国王陛下がよく会いにくるようになった反面、グクイエ王子とは会えない日が続いた。
人間と接触することで穢れを受けてはいけないとかいう国王陛下の謎の理屈のせいで、私は他の人間から遠ざけられて、ひとりぼっちの生活をするようになった。
王城の三階にある部屋を与えられて、ほとんど外にも出してもらえなかった私は、誰にも会えず、最初はショックで塞ぎ込んでいた。
けど、グクイエ王子やゴリランが毎日手紙を送ってくれたので、それだけを日々の糧として生きていた。
————そんな風に制限された生活を送っていた最中。
「アコリーヌ」
「なんでしょうか、国王陛下」
私の部屋に、軍服を着た国王陛下がやってきた。その姿を見た時、嫌な予感がした。そして案の定、国王陛下は嫌な笑みを浮かべて言った。
「魔王が現れたそうだ。お前の出番だ」
「魔王、ですか?」
魔王、と聞いて最初はピンとこなかったけど、すぐに国王の意図がわかった。
以前、私が闇を退けた力で、魔王をなんとかしたいのだろう。
けど、私自身にそんな力があるとは到底思えなくて、ただただ震えていると、国王陛下は冷たい目で見下ろしてきた。
「逃げることはこの私が許さぬ」
その威圧感に、私は震え上がり、小さく頷くことしかできなかった。
そこで初めて気づいた。私は魔王と戦わせるために生かされているのだということを。
国内で勢力を拡大しつつある魔王に対しては、国王も打つ手がないという。
中には魔王に対抗する勇者パーティなんかもいるけど、ことごとく返り討ちにされていると聞いているし、魔王に対抗しうる力が欲しかったのだろう。
けど、一度闇を退けたからって、私を戦に駆り出すなんて、正気の沙汰じゃないと思った。
だって、私はたかだか十三年しか生きていない子供なんだから。でも私が何を思おうとも、国王陛下の考えは揺るがない様子で、私を戦場に連れていくことを決めているようだった。
そして選択権のない私に、反論の余地もなくて。仕方なく私は国王陛下の手を取った——その時。
「父上」
私の部屋に、息を切らしてやってきたのは、グクイエ王子だった。
会うのは三ヶ月ぶりくらいだと思うけど、久しぶりに見た王子様はまた背が伸びていて、立派な風貌をしていた。
そして国王陛下に睨まれながらも、負けん気の強い目で告げる。
「僕も——魔王討伐に行かせてください」
「ダメだ」
「いやだ、僕も一緒に行きます。もし止めるというのなら、この城を僕の魔法で燃やし尽くしましょう」
そんな不穏な言葉を吐く王子様にびっくりする私だけど、グクイエ王子は本気のようだった。
そしてグクイエ王子は私の前までやってくると、膝をついて私の手を取った。
「こんなことしかできなくてごめんね、アコリーヌ。本当は君を逃してあげられたら良かったのだけど」
「グクイエ王子」
「グクイエ、聖女に触れてはならぬ。人が触れることで、聖女が穢れでもしたら——」
「父上は、アコリーヌが力を失うことが怖いのですか?」
「当然だ。やっと見つけた、魔王に対抗できるべく力だ」
「アコリーヌは武器なんかじゃない。僕が魔王を討伐した暁には、アコリーヌを解放してください」
「なんだと!?」
「魔王は僕が討伐してみせます」
「ほほう、闇に飲み込まれるしかなかったお前が、それを言うのか?」
「もう二度と、僕は闇に呑まれたりしません」
「ならば、その力とやらを見せてみるが良い。私は魔王が討伐できればそれで良いのだから」
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その燃えるような瞳を見て、私は胸が高鳴るのを感じた。眠っていた恋心が動き出した瞬間だった。
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