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第三章
68.王子の暴走
しおりを挟む「ちょ、ちょっと! どうしたんですか、グクイエ殿下?」
「アコリーヌはどうしてそうやって僕を遠ざけるの?」
「遠ざけるって、何を……」
突然抱きすくめられて、私は動揺しながらも離れようとするけど——あまりにグクイエ王子の力が強くて、逃げることができなかった。
「僕はいつだってアコリーヌのことばかり考えているのに、アコリーヌは僕のことを考えたことある?」
「……私は殿下の身を案じて言っているんです。殿下が魔王の手にかかれば、悲しむのは私だけではないんですよ?」
「僕はアコリーヌのためなら、この身がどうなったって構わないよ」
「殿下……」
「……ごめん、困らせてしまったよね」
そう言って離れたグクイエ王子は、名残惜しそうに私の髪に触れていた。私はなんとなく背中がゾワゾワする感じがしたけど、なんでもない風を装って笑顔を作る。
「いいえ。殿下のお気持ちは嬉しいです。ですが、やはり戦場にはお連れできません」
「そうやって、はぐらかすんだね。全部わかってるくせに」
「殿下はもう、神殿には来ないでください」
「アコリーヌ?」
「余計な噂の種になりかねませんので、どうかグクイエ殿下はグクイエ殿下の仕事をまっとうしてください」
「アコリーヌ、君は僕を拒絶するの?」
グクイエ王子に再び抱きすくめられて、私は慌てて逃げようとする。
グクイエ王子の気持ちは痛いほど伝わってきたし、私もグクイエ王子のことは少なからず思っていたけど……身分の差だってあるし、魔王にグクイエ王子を近づけたくなかったから——私は意地でもグクイエ王子から離れたかった。
けど、グクイエ王子はそんな私の気持ちを見越してか、決して私を離さなかった。
「アコリーヌ、お願いだから離れないで」
「殿下!」
「僕は長い間、君がいない時間を過ごしたけど……アコリーヌから離れれば離れるほどに、愛しさが募っていったんだ。この気持ちをどうすればいい? きっといつか僕がどんな妃を娶ったとしても、アコリーヌのことが忘れられないと思うよ。それって、相手にも失礼だとは思わない? だから僕は——君以外と、寄り添うつもりはないよ」
「殿下、何をおっしゃって——」
「アコリーヌ。僕のアコリーヌ。ずっと一緒にいてくれると、誓ってほしい。そうすれば、きっと僕は楽になれるんだ」
ふいに、グクイエ王子が私を離したかと思えば、私の両頬をグクイエ王子の手が包んだ。
なんだか嫌な予感がした。
ミナのお葬式は終わって、人が散り散りになった神殿といえど、見ている人がいないわけではない。
魔王討伐に向けて決起するはずが、おもわぬ事態に陥ってしまった。グクイエ王子の暴走を、誰か止めて欲しいと切に願いながらも、まっすぐ見下ろしてくる切なげな瞳から目をそらせなかった。
ああ、私はどうしてしまったのだろう。
色恋沙汰なんて、聖職者にはご法度であるというのに、グクイエ王子に身を任せたくなっている私がいる。
そんな私の揺れに気づいているのだろう。グクイエ王子はふっと笑って、私に顔を近づけてきた。
さすがに神殿でキスするなんて、冗談じゃないと思った私は、慌ててグクイエ王子を押し返すけど、グクイエ王子は私の頬を掴んだまま語りかけてきた。
「ずっとずっと、幼い頃から君のことばかり考えてきた。たとえこの世が闇に沈もうとも、僕はアコリーヌを離さない。離すつもりなんてないんだ——」
言って、グクイエ王子は私にとうとう口付けた。国王陛下が法律で聖女の恋愛を禁じていることを皆、知っているはずなのに、どうしてか神殿の者たちは何も見ないふりをして部屋をあとにした。
もしかしたら、グクイエ王子が手を回しているのかもしれない。
「グクイエ殿下!? 何を——」
口付けと一緒に、何か植物の種のような物を呑まされた私は驚いてグクイエ王子を突き飛ばそうとする。
けど、目の前の胸板はビクともしなかった。
そして何かを呑まされた私は、聖なる力が不安定になるのを感じた。
いったい、何を呑ませたというのだろう。
それを問う前に、グクイエ王子は私の耳元で囁く。
「これで、君は自由になるんだ」
その謎の発言に私が動揺する中、グクイエ王子はそんな私の鎖骨のあたりにキスを落とす。
焦った私は声をあげようとしたけど、口を押さえられてどうすることもできず、ただただ震えた。
恋に浮かされて、私の名を呼ぶグクイエ王子が、怖いとしか思わなかった。私のことを見ているようで、見えていない。こんなの、あの優しい王子様じゃない。私を何度も助けようとしてくれた王子様の思い出が崩れていった。
そしてグクイエ王子が私の服の紐を解こうとした瞬間、誰かの叫び声が聞こえて、グクイエ王子が私の胸元に倒れてきた。
何が起きたのかわからない中、見上げると、大きな壺を持ったゴリランの姿があった。
どうやらゴリランが壺でグクイエ王子を殴ったらしい。
「もう、この王子様はっ!」
走ってきたのだろうか? 息を切らしながら、そう吐いたゴリランの目は怒りに燃えていた。
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