アンチ悪役令嬢の私がなぜか異世界転生して変人王子に溺愛される話

悠木全(#zen)

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第三章

72.闇の再来

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 ***



 王城までは、馬車でも半日近くかかった。気づくと夜も更けていて、全てが寝静まる空気の中、私は怒りに燃えていた。

 だって、この最強の聖女をさしおいて、自分達だけでなんとかしようだなんて——私だけ仲間外れにされたみたいで嫌だった。

 私を守りたいというゴリランやグクイエ王子の気持ちはわからなくもないけど、私だって戦いたいのだ。

 守りたいのは私だって同じなのだから。なのに、そんな私の気持ちを無視するなんて——私はどうしようもなく胸が苦しかった。

 しかもゴリランは自分の命すら捨てるつもりなのだ。私の力があれば、そんな必要もないというのに——これはおごりかもしれないけど、私なら魔王と対等に戦える自信があった。


 ————誰かが死ぬくらいなら、私が全てを背負ってやるんだから!


 王様に監禁されようが、一生聖女として結婚できなくなろうが、そんなことどうでも良いと思いながら、私は王城の正門で馬車を降りる。

 すると、落とし格子は開きっぱなしで、番兵がいる様子もなかった。

 もしかしたら、兵士たちは皆、魔王に呑み込まれてしまったのかもしれない。

 魔王は殺生をするわけではない。全てを呑み込む黒い穴のようなものだった。それを知っているだけに、私も気合いを入れて門をくぐった。

 王城に来るのは久しぶりだった。それでもどこに何があるのかは、全て覚えているつもりだった。それだけ長い間、王様に閉じ込められていたのだから。

 そしてやはり、王城内には人の姿がなかった。

 私はどこまでも続く回廊を駆け回ると、魔王を探すべくあらゆる場所に踏み行った。どの部屋に入るのも許可なんて必要なかった。

 だって、誰もいないんだもの。

 そうしてゾッとするほど静かな王城を駆け巡るうち、私は謁見の間で足を止めた。

 そこには、黒く長い髪の後ろ姿があった。

「魔王! 見つけた!」

 そのどこかで見た雰囲気に駆け寄ると、私は魔王の名を呼んだ。

 けど、ゆっくりと振り返る魔王の顔を見て、私は息を呑んだ。

 その姿は、魔王のものではなかった。変わり果てたゴリランの姿に、私は思わず口を押さえる。

 どうやら魔王に乗っ取られてしまったらしい。ニヤリと下品な笑みを浮かべるゴリランはゴリランではなかった。

「ゴリランに何をしたの!?」

 私が近づこうとした矢先、誰かに抱き止められる。グクイエ王子の腕だった。

「グクイエ殿下! 無事だったの? あれはゴリランよね? ゴリランはどうして——魔王に乗っ取られてしまったの」
 
 私の言葉に、グクイエ王子は口惜し気に俯いた。何があったのかはわからないけど、グクイエ王子は事情を説明してはくれなかった。

「ゴリランを助けなきゃ」

「やめて、アコリーヌ!」 

「どうして止めるの?」

「ゴリランが魔王と同化してしまった今、アコリーヌが歌えばゴリランごと消滅してしまう可能性があるんだ」
 
「そんなことないわ。ゴリランを元に戻す自信があるもの」

「アコリーヌ!」

 それから私は、ゴリランのために歌った。いつもなら自分のために歌うのだけど、こんな風に誰かのために戦場で歌を歌ったのは初めてかもしれない。けど、ゴリランは笑ってばかりで、歌が効いている様子はなかった。

「どういうこと? どうして歌が効かないの?」

 私が呟くように告げると、魔王を宿したゴリランが高く笑いながら説明した。

『わかっていないようなら教えてやろう。お前の聖なる力には闇を祓う力があるようだが、我が司教と同化したことで聖なる力をも取り込んだのだ。これでお前の歌は効かない。我は無敵ということだ。もう眠ることで力を蓄える必要もなくなったのだ』

 どうやらゴリランは魔王に完全に乗っ取られているらしい。いつもと雰囲気の違うゴリランに動揺が隠せない中、グクイエ王子が私の肩をそっと掴んだ。

「アコリーヌ。あのゴリランはもう、僕たちの知っているゴリランじゃないんだ……しかも前回と違って、ただ操られているだけでもない」

「なら、どうすればいいの? このまま世界が闇に落とされるのを見ているしかできないの?」

「アコリーヌ……ひとつだけ、魔王を封印する手がある」

「どういうこと?」

「ゴリランは乗っ取られる前に、僕に書物と鍵を託したんだ。魔王を封印する力を」

「じゃあ、その鍵を使えばゴリランを助けられるの?」

 グクイエが差し出した鍵を見て、私は顔を明るくする。ゴリランは何も無鉄砲なわけではなかった。ちゃんと策があって魔王に立ち向かったのだ。そのことを知って安堵したと同時に、明るい気持ちになった矢先だった。

 グクイエ王子は泣きそうな顔をして苦しげに告げた。

「ゴリランは……助からないよ」

「どうして!?」

「書物に封印するために、ゴリランが自ら魔王を自分の中に閉じ込めたんだから」

 その言葉を聞いて、ゴリランのやりたいことがようやくわかった。

 魔王を書物に封印するのは安易ではないから、ゴリランがあえて魔王を取り込んだのだろう。

 魔王はゴリランを乗っ取ったつもりのようだけど、実はゴリランが魔王の動きを止めているのかもしれない。現に、魔王は同じ場所から一歩も動いていないのだから。

 そして私の推測は当たっていたようで、魔王の様子に変化が現れた。
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