アンチ悪役令嬢の私がなぜか異世界転生して変人王子に溺愛される話

悠木全(#zen)

文字の大きさ
73 / 80
第三章

73.全てはたった一人の聖女のために

しおりを挟む

『どうしてだ……今すぐ聖女をこの手で切り裂きたいというのに、体が動かない……おのれ、ゴリランめ。私に大人しく乗っ取られていればいいものを……まだ意識があるのか!?』

 悔しそうに叫ぶ魔王を見て、呆然とする私に、グクイエ王子は小さな金色の鍵を差し出す。

「さあ、アコリーヌ。その手で魔王を封じてくれ」

「何を言ってるの? このままじゃ、ゴリランが……」

「僕もゴリランも、君を愛しているよ」

「グクイエ殿下?」

 グクイエ王子は私に笑顔を向けた後、一冊の本を掲げてゴリランの前に立つ。その顔は冷たいものだったけど、私には泣きそうに見えた。そしてグクイエ王子が呪文を唱えると——可愛い顔をした王子様は、真っ赤な書物に吸い込まれた。

「グクイエ殿下!?」

 ————さあ、アコリーヌ。魔王を封印して。僕が人柱となって永遠に魔王を閉じ込めておくから。

「何を言ってるの!?」

 ————大丈夫、僕はずっと幸せな夢を見て生きていける。だからアコリーヌもどうか幸せに……。

「いやよ! そんなこと出来るはずがないじゃない! ゴリランもグクイエ殿下もいない世界なんて、そんなの何もないに等しいわ! お願いだから、私の歌で魔王を倒させて!」

 ————アコリーヌ、ごめんね。

 グクイエ王子の声がそう告げた後、ゴリランが少しずつ書物に歩み寄る。どうやらゴリランは魔王を書物に封印する気なのだろう。でも、そうすると、二人とも魔王とともに封印されることになる。それだけは嫌だと思って私が、ゴリランに近づこうとした——その時。

 その場にいる誰でもない声が、何か呪文を唱えるのが聞こえた。
 
「え? 誰?」

 周囲を見回して人の存在を確認するけれど、何もなくて。私が狼狽えていると、私が持っていた鍵が光り出して——人の姿に変わる。

 きのこみたいな髪型の青年だった。

 人間になった鍵は、現れるなり長い呪文を唱える。すると、赤い書物が開いて、その中にゴリランが吸い寄せられ——ひとりでに閉じられた。

 何がなんだかわからない状況で、私が赤い書物を眺めていると、そのうち、きのこみたいな髪型の青年が私に告げる。

「アコリーヌ様、どうかその本を燃やしてください」

「え? 誰? あなた……それに、本を燃やすだなんて……そんなこと、できるわけがないわ。だってこの本にはグクイエ殿下とゴリランが——」

「お二人の気持ちを無駄にするおつもりですか」

「どこの誰だか知らないけど、あなたに彼らの何がわかるというの!」

「僕はゴォフです。ゴリラン大司教に作られた存在です。ですから、ゴリラン大司教の気持ちは私にもわかるのです」

「ゴリランに作られた存在?」

「そうです。私は鍵なのです」

「あなたが鍵なら、この本を開けることも可能よね? お願い! 本を開けて——」

「それはできません」

「どうして!」

「本を閉じることが、私の使命ですから」

「でも、グクイエ殿下が、ゴリランが——」

「アコリーヌ様……?」

 その時私は、初めて喪失というものを知った。そして私の胸に、例えようのない怒りと悲しみが溢れ出したと同時に、全身が燃えるような感覚に陥った。

 熱い……悲しい……辛い……。

 こんな風に力が暴走するのは初めてだった。

「どうして私だけ……みんな、私の気持ちを無視して……どうして私だけ置いていくのよ!」 

 私が声を上げて叫ぶと、ゴォフと名乗った青年が、恐ろしいものでも見るような顔をして、息を呑んだ。

「まずい! アコリーヌ様の力が……」

 まるで魔王の再来だった。私の足元から生えた木の枝が伸びて城じゅうを包み込むと——王城は、大木と化して空をも貫く。

 そして真っ暗に染まった空はうねりを上げて、雷鳴が轟いた。自分でもどうすることもできなかった。

 まさか、私が闇に堕ちるなんて。

「誰か……助けて……」

「アコリーヌ様!」

 私が悲しみと怒りで苦しむ中、ゴォフさんが再び何か呪文を唱える。私を封印するつもりなのだろうか? けど、それでもいいと思った。グクイエ王子もゴリランもいないのに、私だけ生きているなんて辛すぎるもの——私が覚悟を決めると、ゴォフさんの手に銀色の鍵が現れる。

「これは私の分身です」

 そう言って、ゴォフさんは銀色の鍵を私の胸に差し込んで、回した。

 すると、私から溢れていた闇の力が急速に引いてゆき、王城は元の真っ白な姿に戻ったのだった。

「私を封印……したのね?」

「いいえ、あなたの力だけを封印しました」

「どうして私ごと封印してくれなかったの?」

「それは、グクイエ殿下やゴリラン大司教の意志ではないからですよ」

「私は……私はこれからどうすれば」

「お二人の分まで幸せに生きてください。でなければ、あの方たちは報われませんから」

 ゴォフさんの言葉を聞いて、もう二人が戻ってこないことを悟った。私がまっとうに生きる代償は、とんでもなく大きなものだった。
しおりを挟む
感想 101

あなたにおすすめの小説

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……? しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし! 危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。 彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。 頼む騎士様、どうか私を保護してください! あれ、でもこの人なんか怖くない? 心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……? どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ! 人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける! ……うん、詰んだ。 ★「小説家になろう」先行投稿中です★

【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。 そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。 毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。 もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。 気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。 果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは? 意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。 とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。 小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

処理中です...