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第三章
74.新しい生活
しおりを挟むそれから月日は流れ、私——アコリーヌは二十四になった。
私を聖女という肩書きから解放するために封印されたグクイエ王子とゴリランには悪いけど、聖女という役目を放棄する気にはなれなかった。
力は封印されてしまったのだけど、完全に使えなくなったわけでもなくて、本当に必要な時には封印の鍵がゆるむこともあった。
ただ、もう後継者を育てるのはやめにした。私が最後の聖女として生きるつもりだった。
——が、予想外の事態が起きた。
突然、私が身籠もったのだ。
誰の子供でもない。自分の子供を。
相手なんていなかった。子供を作るような行為をしたことがなかったにも拘らず、お腹は膨らみ、十月十日で出産した。
そして出産した途端、今度こそ私は聖女としての力を完全に失った。
子供を産んだことで、堕落した聖女と罵られるようになった私は、子供とともに小さな村でひっそりと暮らした。
聖女の身でありながら子供を身籠ったこともあり、どこに行ってもあまり歓迎はされなかったけど、その村だけは別だった。
「アコリーヌ様、今日は美味しい魚が手に入りました」
物売りをしている老女が、私のところにたびたびやってきた。老女は私の顔を見るたび、何か欲しいものはないかと聞いては、無償で置いて行こうとするのだ。決して裕福な村ではないのに、村の人たちは皆あたたかかった。
「様をつけるのはやめてください。私はもう聖女でもなんでもないんですから」
「いいえ。我らの国を救ってくださった聖女様は、王様よりも大切な御方ですから。受け取ってくださいまし」
「国を救ったのは私じゃないんです。私の大切な仲間たちです。だから、こんな風に大事な商品を貰う理由はありません。どうか、私に買わせてください」
私が懸命に訴えると、そのうち老女はしぶしぶお金を受け取ってくれた。あまりにも人が良すぎて、商売なんて成り立つのだろうか? と疑問に思いながらも、ありがたい気持ちでいっぱいだった。
そして村で魚を受け取った私は、小さな木造の家に帰ると、台所に立った。堕落した聖女として神殿を追い出された私は、できる仕事も少なくて、質素な生活をしていた。
それでも幸せだった。自分の分身とも言える子供との暮らしは、驚きと発見の連続で、グクイエ王子やゴリランがいない心の穴を埋めてくれた。
娘の名は、ケイとした。ケイとは、故郷の言葉で「愛」を意味していた。
「ママぁ、いいにおいがする」
「あら、ケイ。起きてしまったの?」
昼寝をしていた五才のケイが、眠たそうに目をこすりながら台所にやってくる。普通の子がどのくらいのスピードで成長するのかはわからないけど、ケイは少し成長が早いように思えた。
言葉を操るのが得意なケイは、私が教えた歌を歌い、毎日一緒に本を読んで過ごすことが多かった。
あまり外には出ない生活をしながらも、大人びたケイはワガママを言うでもなく、物分かりが良すぎるほど良くて、手がかからなかった。
「お魚のすり身を小麦粉と合わせて、スープでも作ろうかしら?」
「お魚のスープ! ケイ、それ大好き」
「そう。なら、そうしましょう」
「お兄ちゃんもお魚のスープ好きだって」
「え?」
「ママの横に立ってる綺麗なお兄ちゃんが、そう言ってるよ」
ときどき、ケイはそんなことを言った。ゴリランかグクイエ王子が見守ってくれているのだろうか。
ケイの目に、いったい何が映っているのか気になったけど、私はただ笑顔で「そう」とだけ言った。それ以上の言葉を発すれば、泣き崩れてしまいそうだった。
時間とともに、薄れてゆくグクイエ王子とゴリランの記憶。またひとめ会いたいと思っていても、力を失くした私には、魔王の封印を解くことすら叶わなかった。
ちなみにグクイエ王子やゴリランが封印された本は、国で保管されているという。
救国の英雄として祀り上げられた二人だったけど、その扱いは、博物館の見せ物状態。彼らの存在は、崇高な犠牲という形で、まだ生きているかもしれないのに、戦死扱いだった。
そうして魔王の存在も忘れ去られようとしていたある日。
国から使いがやってきた。
「まあ、こんなあばら屋に、なんの御用でしょうか」
「ケイ殿のお噂は国中に響きわたっております。つきまして、次代の聖女として王に仕えてほしいとのお達しであります」
ツンと澄ました王の使者が、うちのダイニングテーブルの前で、立ったまま告げた。出したお茶を飲むこともなく、用件だけ口にした使者は、早く帰りたそうに見えた。
けど、私は納得がいかなくて、首を縦には降らなかった。
十二になったケイは、確かに私の力を受け継いでいた。歌を歌うことであらゆる病気や魔物を退けた。
何度止めても、ケイは力を使うことをやめなかった。まるで小さい頃の私だ。
そして小さな村での奇跡として、ケイのことはあっという間に国じゅうに広まったらしい。けど、聖女として王の側にいることが、どういうことかを知っている私は、ケイを渡したくはなかった。
「王に楯突くことがどういうことかおわかりですか?」
使者の威圧的な言葉にも、私は一歩も退かなかった。
「そうね。この国を追い出されても良いと思っているわ」
「……ママ、なんの話をしているの?」
昼寝から目を覚ましたケイが、ダイニングテーブルにやってきた。私は慌てて下がらせようとするけど、それを遮るようにして王の使者がまくしたてた。
「ああ、聖女様。ぜひ王宮にお越しください。そうすれば、あなた様とお母様の生活をお約束いたします」
「なんの話? 王宮って、王様がいる場所?」
「ええ、王があなた様を御所望なのです」
言葉巧みにケイを連れて行こうとする王の使者に呆れていると、ケイは自分の言葉ではっきりと告げた。
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