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第三章
75.魔を宿す子供
しおりを挟む「ケイは行かないわ。お母さんがいれば、贅沢なんていらないもの」
「……さすが血は争えないようですね。王の命令を断るというのなら、力づくでもあなたがたを——」
そう言って、王の使者が大声で何かを合図すると、兵士が数人、家に押し入ってきた。
どうやら、最初から私やケイの言葉なんて聞く気はなかったようだった。王家は相変わらず、聖女という兵器がほしいらしい。
私はケイを背にかばうようにして前に出た。聖女の力を持たない私が、彼女をどうやって守れば良いのかはわからないけど、この命にかえても守りたかった。
けど、ケイはそんな私の背中から抜け出して、兵士たちの前に出た。
「……ケイ?」
「お母さん、耳を塞いでいて」
ケイはそう告げると、歌を歌った。
おぞましい歌だった。
まるで闇が轟くような醜悪な音色が、部屋に充満し、そして兵士たちはその場にうずくまり、意識を落とした。
「お母さんに悪いことしたら、この私が許さない」
「ひぃい」
ケイが睨みつけると、王の使者は何度も足をもつれさせながら逃げるようにして家の外へと出て行った。
その後、目を覚ました兵士たちも化け物でも見るような顔で立ち去ると、もう王の使者とやらが来ることはなかった。その代わりに、聖女の噂には新しい解釈が加わった。
ケイは聖女のふりをした闇の魔女だという噂が広がり、化け物扱いされるようになった。
それでも村の人たちだけは優しくて、みんな相変わらず色んな物を運んでくれた。そしてそんな村人たちを助けるべく、ケイも優しい歌を歌った。
そんな風に普通の日々を過ごす中、新しい春を迎えて、作物の収穫を手伝っていたケイに、私はふと疑問を投げかけた。
「ねぇ、ケイ。ひとつだけ知りたいことがあるの」
「なあに?」
「王の使者がやってきた時、あなたが歌った恐ろしい歌は、どこで覚えたの?」
怖くて今まで聞けなかったことを、ようやく口にした瞬間だった。
私自身がケイのことを恐れていたのかもしれない。けど、全ては夢のように思い始めた頃、私は思い切ってその言葉を口にした。
すると、ケイは木の実を選別する手を止めて、にこやかに告げる。
「私の中にいる魔王が教えてくれたの」
「……魔王? どういうこと?」
「だって、私には魔王が宿っているから」
「なんですって!?」
なんでもない風に言うケイに、私は恐怖を抱かずにはいられなかった。そして全てを理解した。私が身籠ったのは、魔王の子供だったのだ。
もしかしたら、封印される前に呪いでもかけられたのかもしれない。
その事実に打ちひしがれた私は、どうしようもなく苦しくなり、部屋に帰って泣き崩れた。
誰の子供でもないケイを、私の単なる分身だと思っていた。
けど、ケイはまるで全てを見透かしたように私を見ていた。
「お母さん」
「近寄らないで!」
耐えようもない事実に恐ろしくなった私は、気づくとケイを突き飛ばしていた。魔王の血が流れていると聞いて、気持ち悪いとさえ思った。
「お母さん……?」
けど、大きな目からこぼれ落ちる涙を見て、私は正気を取り戻した。どんな子供でも、私の子供に違いないのに、私はなんてことをしてしまったのだろう。
泣きじゃくるケイを見て、自分の駄目さ加減に気がついた。
「ごめんなさい、ケイ。ちょっとビックリしただけだから」
「……うん」
物分かりの良いケイは、それ以上何もいわなかった。
そしてさらに時間は経って、ケイが十五になった頃。国が戦火に巻き込まれた。
それまで聖女の力を抑止力としていた王国で、聖女不在が続いたこともあって、周辺諸国が好機と見たのだろう。潤沢な資源に目をつけた国々が私の国に攻め入ったのだった。
そして年若い男子が徴兵される中、再び王の使者が私の元にやってきた。理由はわかりきったことだった。
ケイの力をあてにしているのだろう。一度恐ろしい目にあっているにも拘らず、王の使者は切実にケイの力を求めてやってきた。
「どうか、聖女様のお力をお貸しください」
「うちのケイを戦争の道具になんてさせません。どうか帰りください」
玄関先で追い払うような仕草をすると、王の使者は怒りに顔を染めて、私に詰め寄った。
「このままでは、この国が乗っ取られてしまいます。そうなった時、困るのはあなたがたも同じでしょう」
「どうでしょうか。聖女を兵器として扱う王様に仕えるより、いっそ他の国に支配された方が良いかもしれません」
「あなたは、他国に奴隷のような扱いを受けても良いというのですか?」
「奴隷になんてなりません。私たちには力がありますから、たとえこの国が負けたとしても、逃げることはできます。ですから、どうぞ戦争は自分たちの手で勝ち取ってください」
「あなたは、本当にわかっていないですね」
私が頑なにケイを守っていると、そのうちケイが後ろからやってくる。私と王の使者が争っている声を聞いたのだろう。不安そうな顔をしていた。
「お母さん、どうしたの?」
「ケイはあっちに行ってなさい」
「おお、ちょうどよかった。あなた様にお会いしたかった」
ケイを見て、王の使者が顔を輝かせた。私に言っても無駄だから、今度はケイに訴えるつもりなのかもしれない。でも、そんなことはさせまいと私が睨みつけていると——ケイが私と王の使者の間に入って、話を聞いた。
「私に会いたかったって、どういうことですか?」
「ケイ、その人の話を聞かないで」
「どうして? 私に会いに来た人なのでしょう? だったら、私が話を聞きます」
ケイの言葉に、王の使者が目を光らせる。
そして私がいくら言っても、ケイは下がろうとはせず、王の使者に直接話を聞いた。
「話とはなんですか?」
「おお、実はこの戦争を終わらせるために、あなた様のお力をお借りしたいのです」
「私の力? それで、戦争が終わらせられるの?」
「ええ、もちろんですよ! 聖女様のお力を見せれば、周辺諸国も下手に襲ってきたりはしないでしょう」
王の使者の言葉を聞いて、ケイは考え込むような仕草をする。そして少しの時間が経ったあと、ケイは覚悟を決めた目で顔を上げた。
……なんだか嫌な予感がする。
そんなことを思っていると、ケイはふっと息を吐くように笑って、王の使者に告げた。
「私でよければ、参ります」
「ケイ!」
「お母さん、大丈夫よ。私はこの国を守るために行ってくるわ」
「ただの兵器としか思ってない王族に力を貸したら、向こうの思うツボだわ。もう二度と帰してくれないかもしれないのよ?」
「いいの。だって、私はお母さんを守りたいんだもの」
「……ケイ」
「私が生まれてきた意味がわかったような気がするわ。きっとこの時を待っていたのね」
「やめて、ケイ。あなたには、あなたの幸せを——」
「私はじゅうぶん幸せなの。だからいいの」
ケイはそれ以上何も言わせないという強い眼差しで言ってのけると、王の使者と向き合った。
ケイにまっすぐ見つめられて、王の使者は一瞬、固唾を呑み込んだ。けど、ケイが「私を連れて行ってください」と告げると、安堵した顔をしてケイに頭を下げた。
それから近くに停めてあった馬車に乗りこんだケイは、私の叫び声を無視してそのまま王城に向かい——二度と戻ることはなかった。
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