アンチ悪役令嬢の私がなぜか異世界転生して変人王子に溺愛される話

悠木全(#zen)

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第三章

78.本を求めて

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 ***



 現代日本とはまた別の世界にある、とある王国の小さな村。その片隅の修道院に、彼女はいた。

「アコリ様、今日はどんな歌を聞かせてくれるの?」

「王子様とお姫様が幸せになる歌がいいわ!」

「僕は冒険歌がいい」

 小さな丸い顔たちが修道女に歌をねだった。修道院を運営している六十代後半の彼女は、いつも週末になると子供を集めて歌を歌うのだ。

 誰よりも幸せそうにはにかむ修道女に、子供たちがしがみつく中、ふいに修道院の前に一陣の風が巻き起こる。

 現れたのは、この世の者とは思えない美形だった。王子のようないでたちをした美青年を前に、子供たちが騒ぎ始める中、彼女も驚いた顔をして挨拶をする。

「これはこれは、どこの国の王子様でございましょうか」

「お前がアコリーヌだな」

 その名を聞いて、修道女はさらに大きく見開いた。

「私の本当の名をご存じなのですか?」

「ああ。お前を待っている者たちがいる。だから一緒に来てほしい」

「待っている人、ですか?」

「ゴリランやグクイエを解放したいと——ケイラ……いや、ケイが言っている」

「ケイ!? あの子が、生きているのですか?」

「ああ。今は魔王を封印した本の中にいるんだ。魔王はケイが消滅させたが、グクイエが起きなくて困っている……とにかく、一緒に来てくれ」

「ですが、どうやって……?」

「本を所蔵しているのは国だな?」

「ええ、今は王城に保管されていると聞いています」

「だったら、王城に行く。お前も来い」

「あらら、そんな急に言われても……それにあなたは誰なんですか?」
 
「俺は、ケイの恋人だ」

「まあ!」

 老女は何よりも嬉しそうな顔をして、「ちょっと待っていて」と言うなり馬を用意した。どうやら、馬を操るつもりらしい。

「ついてきてください」

 アコリーヌはジンテールにそう告げると、子供たちに挨拶をして王城に向かった。



 それから王城の前までやってきたジンテールとアコリーヌだが。王城に出入りできるのは、王族と関係者だけだった。

 聖なる力を失ったアコリーヌは城に近づくことさえ許されなかったが——ケイの名を聞いてからは、アコリーヌも覚悟を決めていた。

「地下通路なら行けるかしら?」

 城で暮らしていたこともあり、アコリーヌは城内を熟知していた。そして前もって使用人の服を着たアコリーヌは、使用人が出入りする扉から城に侵入すると、地下通路を通って王城の中心にまでやってくる。

 敵が来た際の、王族の避難通路でもあった。入り組んだ通路をランタン片手に進んだ二人は、そのうち王族の寝所にたどり着く。真っ暗闇の寝所は三部屋が繋がっており、奥にはベッドルームがあることをアコリーヌは知っていた。

「ここは先代の王様の寝室ね。本が保管されている場所はどこかしら?」

 アコリーヌが考えていると、そのうち奥の部屋から「誰だ?」としわがれた声が響いた。

 先代国王の声だった。

 ジンテールが慌ててアコリーヌの手を引いた瞬間、そこらじゅうの明かりに火が灯った。

 アコリーヌの心臓が縮み上がる中、アコリーヌよりもずっと老いた男が、ぎょろりとアコリーヌを睨んだ。先代国王だった。

「陛下……」

「その声は、アコリーヌか?」

「覚えていらっしゃるのですか?」

「忘れるわけがない。どれだけ一緒に過ごしたと思っているのだ。……それよりもなんだ、どうして元聖女がここに——」

 先代が言いかけた時、バタバタと複数の足音がした。深夜に明かりが灯ったことで、先代の身を案じた臣下たちが駆けつけたのだろう。

 ジンテールが逃げられないことを悟って、次の一手を考えていると、そのうち先代が「こっちだ」と、寝室に案内した。そして先代はクローゼットを開いて、中に入るよう促した。

 時間がない二人は、慌ててクローゼットに入ると——先代がそのドアを閉める。

 真っ暗なクローゼットの中でアコリーヌたちが息を潜める中、外から衛兵たちの声が聞こえた。

「陛下、どうなさいました?」

「妻のロゼッタはどこだ?」

「陛下、ロゼッタ様はもうお亡くなりになられました」

「ああ、そうだったか? すっかり忘れておったわ」

「みんな、撤収だ——陛下、どうかおやすみになってください」

「ああ、もう寝るとしよう」

 先代がそう告げると、衛兵たちは早々に退散した。そして再びクローゼットが開かれた時、アコリーヌとジンテールが寝室に降り立った。

「陛下、ありがとうございます」

「わしには償わなければならないことがあるからな」

「なんのことでしょうか?」

「わしの息子がまつりごとを担うようになってからというもの、息子は聖女をないがしろにし、修道院に追いやる形になってしまった。本当に申し訳ない」

「私は修道院で暮らすことに苦はありませんわ。むしろ楽しいことばかりです」

「そうか」

「それよりも、グクイエ殿下を助けに参りました。ですから、グクイエ殿下の本がある場所を教えてください」

「なんと、あの子を助けに? あの子を本当に助けられるのか?」

「はい」

「そうか。本なら、ここから書庫に向かうといい」
 
 そう言って、先代が部屋の書棚にある本を一冊手に取ると、寝室の奥に階段が現れる。別の部屋に繋がっているらしい階段を見て、ジンテールが「どこも似たような仕掛けをするものだ」と苦笑した。

 それからアコリーヌとジンテールは、どこまでも続く階段をのぼるが——ただでさえ老体に鞭打って動いていたアコリーヌが、苦しそうに息をしていた。そのことに気づいたジンテールが、その手をそっとアコリーヌの背中に当てた。

「あら、どうしてかしら。苦しくなくなったわ」

「治癒魔法なら多少心得ている」

「これは、ゴリランの魔法よね」

「ああ、本の中で学んだ魔法は、ゴリランの知識でもあるのだろう」

「なんだか懐かしいわ」

 そして階段の終わりにやっと辿りついた時、アコリーヌは嬉しさに見開き、ジンテールはやれやれとため息を吐いた。
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