ふた想い

悠木全(#zen)

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第9話 お仕置き(叶芽)

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 今度こそ叶芽に触れるのを我慢すると冬真とうまが宣言した翌日。
 講義が終わっても、冬真は叶芽かなめの元には来なかった。
 叶芽の一方的な約束でも、冬真は守ろうとしてくれていた。
 ただ、冬真は心が狭いらしく、叶芽が他の友達と喋っていると、睨んでくることもあった。
 だから叶芽はなるべく冬真の視界に入らないよう、冬真が行かなそうな場所を選んで行動した。図書館や自習室に入り浸る日々が続くと、叶芽の方が逆に少し気になり始める。
 ———そんな時だった。



「……あれ、叶芽さんじゃないですか?」 

「あ! 君は——」

 サークルの付き合いでカラオケに来た叶芽だが。
 ドリンクバーを探していると、通路でエプロンを着た少年に出くわした。しかも彼は、一週間ほど前に叶芽が大学を案内した、理玖りくという高校生だった。

「意外ですね、叶芽さんはこういう場所に来なさそうなのに」

「理玖くんの中の俺ってどういうイメージなの? 俺だってこういう場所で遊んだりするよ」

「叶芽さんは図書館で静かに本を読んでいそうな感じだったから」

「あはは。それって誰だよ」

「でも少しだけ、叶芽さんが身近に思えました」

「理玖くんはここでバイト?」

「はい」

「受験と両立は大変だね。頑張ってね」

「……はい。ありがとうございます」

「あ、そうだ。ちょっと待ってて」

「どうかしましたか?」

 叶芽は近くの部屋からバックパックを持ってくると、ファスナーにつけていたお守りを取り外す。
 それは、叶芽が大学受験のために願いをこめたお守りだった。

「これ、俺のお守りだけど……理玖くんにあげるよ」

「え」

「俺が大学受験の時に使ったお守りなんだ。って……もうボロボロだけど」

「いいんですか?」

「ああ、なんとなく捨てられなかったんだ。もらってくれる?」

「ありがとうございます」

「じゃ、ごめんね。引き留めて」

「あ、あの、叶芽さん」

「何?」

「明日……時間ありませんか?」

「明日? 明日なら、一日ヒマだけど」

「良かったら、俺とお茶してくれませんか?」

「お茶? ん、いいよ」

 大学のことでも聞きたいのだろう。そう思い、叶芽が快く頷くと、理玖も嬉しそうに破顔する。

「じゃあ、また連絡します!」

「わかった」

 その翌休日。
 叶芽は約束どおり理玖と連絡をとりあって、バス停で待ち合わせた。
 早めに到着した叶芽は、冬真のことをしきりに気にしていた。
 なぜなら理玖とのことを、冬真には言わなかったからだ。
 余計なことを言えば、また嫉妬するだろう。冬真の気をもませたくない叶芽は、あえて理玖のことを言わず。待ち合わせ場所も冬真が行かなそうな場所を選んだ。
 そして少しだけ罪悪感に胸をチクチクと刺されながらも、ベンチで待っていると、時間ちょうどに理玖が現れた。

「あの、待ちました?」

「いや、全然。今日はどこでお茶する?」

「えっと……ちょっと遠い店でもいいですか?」

「? ん、いいよ」

 叶芽も何軒か調べてきたもの、理玖の希望を優先することにした。
 案内されたのは、少し離れた街にあるカフェだった。冬真の家から遠いのはありがたい。
 洒落たカフェはどちらかといえば女性客が多かった。
 バーカウンターがあるところを見ると、夜は酒を呑む場所にもなるのだろう。
 席の間隔が広いせいか、男二人でも落ち着く場所だった。

「へぇ……素敵な店だね。ここって酒もあるんだ?」

「以前、幼馴染に連れてこられたことがあって……あ、叶芽さんがよければ、呑みますか?」

「いや、さすがに昼間からはやめておくよ。俺、酒が入るとひどいし」

「そんな風には見えないけど」

「だから、俺に変なイメージ持たないで。俺なんて普通の男だから」

「そうですか? 叶芽さんってどこか品があるっていうか……かわ——綺麗だし」

「どこが? やめてよ、なんか恥ずかしいから」

 叶芽が手で顔を隠すと、理玖は微笑ましそうな顔をする。
 高校生にからかわれて恥ずかしくなった叶芽は、赤くなった顔を誤魔化すようにメニューを取った。

「とりあえず注文しようか……俺、カプチーノにしようかな。理玖くんは?」

「じゃ、俺はカフェモカで」

 席に備え付けられているタブレットでオーダーをした叶芽は、先に運ばれてきた水を口にして息を吐く。
 どうやら、冬真のことを気にしすぎて、緊張していたようだった。そんな自分に呆れながらも、叶芽は思い出したように口を開く。

「……それで、今日はどうしたの?」

「なにがですか?」

「何か聞きたいことがあるから、俺を呼んだんじゃないの?」

「……いえ、聞きたいことっていうか……叶芽さんともっと話してみたくて」

「そっか。大学のこととか、知りたいことがあれば、なんでも聞いて」

「はい」

 それから叶芽と理玖は大学の話から趣味のことまで、他愛のない話をした。
 年は離れているもの、理玖は見た目と違い大人びた印象があり、叶芽はいつの間にか、同世代を相手するような気持ちで話すようになっていた。
 


 ***



「これで四つも年下だなんて、信じられないな。俺のほうが子供みたいだ」

「そんなことないです。叶芽さんはやっぱり大人ですよ」

 夕方になり叶芽たちはバス停に向かって、ゆっくりと道路橋どうろきょうを歩いていた。
 こんなところを冬真に見られたら大変なことになるだろう。そんなことを考えながらも、遠い場所で良かったと改めて思う。
 それにたとえ冬真に見つかったとしても、せっかく懐いてくれた理玖を邪険に扱う気もなかった。
 束縛の強い冬真から離れているせいか、なんとなく解放感がある叶芽は、リラックスした笑顔を理玖に向ける。 

「いや、全然! 大人じゃないよ。高校生から中身は変わってないし」

「高校時代の叶芽さんも見てみたかったな」

「高校時代の俺なんか見てもつまんないと思うよ?」

「きっと可愛いかっただろうな、って思います」

「可愛いと言われても喜べないよ」

「すみません」

「別に謝るようなことでもないよ。ていうか、理玖くんは思ったことをなんでも口にしすぎじゃない? 可愛いとか……相手が女の子だったら勘違いされそう」

「叶芽さんが話しやすいから、つい口が滑るんです」

「え? 俺のせい?」

「──あ、叶芽さん危ない!」

「え?」

 喋りながらふらふらと車道に落ちかけた叶芽の腕を引っ張り上げた理玖が、そのまま叶芽を抱きしめる。
 自分より大きな高校生に抱きしめられて、叶芽が目を白黒させる中、何台もの車が背中を通り過ぎた。

「ありがと……って、もう大丈夫だから」 

「……」

「おーい! 理玖くん、聞こえてる?」

「……す、すみません」

 慌てて叶芽を放した理玖は、バツが悪そうに頭を掻いた。

「理玖くんはいいやつだなぁ」

「……そんなことないですよ」

「俺の高校時代って、もっと自分本位だったし」

「俺も……自分のことしか考えてませんから」

「そう? こんな風に他人を助ける余裕があるって、すごいことだと思うよ」

(……そういえば冬真もよく気が付くよな)

 なんだかんだ、冬真のことを思い出してしまう叶芽は、いつも道路側を歩く恋人のことを思い浮かべて苦笑する。叶芽がふらふらしていると、冬真はムッとした顔をして腕をひいた。そんな他愛のないことでも、叶芽は嬉しかったりするのだ。
 だが自分が一緒にいるのは理玖であることを思い出して、かぶりを振る。さすがに恋人のことばかり考えるのも、失礼だろう。そんな風に思って、理玖の方を向けば——真剣な目が、叶芽を見ていた。

「あの、叶芽さん」

「何?」

「また会ってくれますか?」

「もちろん! 俺で良ければなんでも相談に乗るよ」



 ***



「叶芽」

「お、冬真。久しぶり」

 休みが明けて大学内の並木道で会うなり、冬真は怖い顔で叶芽に話しかけた。
 嫌な予感がする叶芽だが──何食わぬ顔で笑いかける。
 だが冬真はますます怖い顔をする。
 そして予感は的中して、冬真は責めるように言った。
 
「昨日、隣町のほうで叶芽を見かけたけど」

「あ……ああ、昨日か。理玖くんに呼びだされてお茶してたんだ」

「初耳だね。あいつと何喋ってたの?」

 腕を組んで、咎めるような目を向ける冬真から、叶芽は視線を外す。
 何も悪いことはしていないと思いながらも、なんとなく罪悪感があった。

「ふ、普通に大学のこととかだけど? どうかしたの?」 

「……浮気するなよ」

「ちょ、ちょっと! こんなところでそういうこと言うなよ」

「なんで?」

「俺が嫌なの!」

「俺は叶芽があいつと一緒にいるほうが嫌だ」

「何を言ってるんだか」

「……そういえば、いつもカバンにつけてたお守りがないね」

「ああ、それなら理玖くんにあげたから」

「どうして?」

「どうしてって、ああいうのは受験生にあげたほうがいいだろ?」

「俺にはくれなくて、あいつにはあげるんだ?」

「いや、冬真にあげてどうするんだよ」

「こっちきて」

「なんだよ」

 狭い自習室に連れていかれた叶芽は、部屋に入るなり冬真に唇を塞がれた。
 後ろ手でガチャリとドアの鍵を閉めた冬真は、口づけたまま叶芽を壁に追い詰める。

「……んんっ⁉︎」

「お仕置きだからね」

「——はぁ……が、我慢の約束は?」

「これはノーカン」

「ノーカンって……」

「……あいつと遊びに行ったら、またお仕置きするからね」

「何がお仕置きだよ。友達とお茶したくらいで……心狭すぎない?」

「叶芽は鈍感だからね」

「何を言ってるんだか——んんっ!」

 それから一度火がついた冬真からは逃げられず。冬真の気が済むまで、触られた叶芽だった。



 冬真のお仕置き以来、叶芽は理玖と会っても報告しなかった。
 理玖と会うたびに嫉妬されても困るので、言わないほうがお互いのためだと思っていた。
 そして冬真が相変わらず我慢大会を継続する傍ら、叶芽が内緒で理玖との親交を深めていった、そんなある日のことだった。

 理玖とカフェでお茶をした帰り道、いつものようにバス停に向かって道路橋どうろきょうを渡っていた叶芽に、理玖はかしこまって言った。

「叶芽さん、あの」

「どうした?」

「これ、受け取ってもらえませんか?」

「なにこれ、箱?」

 理玖が差し出したのは、拳ほどの小さな箱だった。
 きょとんと目を丸くする叶芽に、理玖は苦笑する。
 
「お守りのお礼ですよ」

「まだ合格したわけじゃないのに、もらえないよ」

「気持ちですから」

 理玖に押し切られて、叶芽はしぶしぶプレゼントを受け取った。
 開けてみると、中にはシンプルな細いチェーンのブレスレットが入っていた。

「え? ちょっとこれ……もらえないよ」

「受け取ってください。いつもお世話になってるし」

「いやいや、ただ遊んでるだけなのに」

「そんな高価なものじゃないんで、受け取ってほしいです」

 必死にお願いされて、叶芽はぎこちなく頷いた。
 理玖のキラキラした目に負けた叶芽は、その場で腕につけてみる。
 すると、ブレスレットは思った以上に軽くて付け心地が良かった。

「おお、カッコいい」

「叶芽さんに似合うと思ってました」

「ありがとうな」

 はにかむように笑うと、理玖も同じように笑う。だがその目の奥は笑っていないことに、叶芽は気づいていなかった。



 ***



「叶芽、それ何?」

 理玖と会った翌日、食堂で鉢合わせた冬真にさっそくブレスレットを指摘された。その目ざとさに、叶芽は苦笑してしまう。

「ああこれ、カッコいいだろ? 買ったんだ」

「叶芽ってアクセサリーとかあまりつけないよね?」

「俺だってたまにはつけるし」

「じゃあさ、俺も同じやつ買っていい?」

「え」

「それどこで買ったの?」

「いや……これは……その」

「どうしたの?」

「実は最後のひとつだったから、もう売ってないんだよ」

「……ふうん」

 疑わしい目を向けられても、叶芽は上手い言い訳が見つからなかった。
 嘘を重ねれば、いつかボロが出る。そう思うと、これ以上の嘘は危険だと思った。だから笑って誤魔化していた叶芽だが、ようやく冬真の機嫌が治った頃には、夕方になっていた。
 しかも、せっかく冬真が忘れようとしていたところで、ハプニングが起きた。 

「——あ、いた! 叶芽さん」

「え? 理玖、どうして大学に?」

「調べたいものがあったので、図書館に来てました」

「そ、そっか」

 図書館の前で理玖に会った瞬間から、冬真の機嫌は最悪になる。
 始終不機嫌な冬真にヒヤヒヤする叶芽だが──理玖は気にせず笑顔で話しかけてくる。

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

「あ、俺があげたブレスレット、つけてくれてるんですね。嬉しいな」

「……あ、ああ……せっかくもらったし」

「……もらった?」

 冬真のいつになく低い声。
 とうとうバレたと思った瞬間、冬真は叶芽の腕を強く引っ張って歩き始める。

「と、冬真?」

「ちょっと来て叶芽」

「ご、ごめん、理玖。また今度!」

「え? 叶芽さん?」

 冬真を止めるのは無理だと悟った叶芽は、背中で呆然と立っている理玖に声を投げる。理玖は何がなんだか、という雰囲気だった。

 それから冬真に連れていかれたのは、またもや自習室だった。狭い部屋に押し込まれ、追い詰められた叶芽は間近の冬真から、顔を背ける。
 気まずさいっぱいながらも、悪いことはしていないと何度も口の中で繰り返していると、そのうち冬真は叶芽のすぐ近くの壁に手をついた。

「なんでそれ、買ったって嘘ついたの?」

「……冬真がそうやってキレると思ったから」

「そうやってブレスレットもらってへらへらして、あいつのことが好きなの?」

「何言ってるんだよ。理玖はただの友達で……」

「油断してたら、捕まるよ。俺の時みたいに」

「そんなわけないだろ! 冬真みたいなやつがそういるかよ」

「叶芽はわかってないよ」

「……ちょっと、やめろよ……って」

 叶芽のデニムパンツのジッパーに手をかける冬真をなんとか止めようとするもの、冬真の手はビクともしなかった。

「それともお仕置きされたいから、わざと嘘ついたの?」

「そんなわけあるか! おい、やめ……」

 その時、ふいにドアの向こうでガタガタと音がして、叶芽は青ざめる。
 あきらかな人の気配に、叶芽は耳を澄まして静止した。
 
「もしかして、外に誰かいる?」

「誰かいたって構わないよ」

「俺は構うよ……んっ」

 しきりに外を気にする叶芽の唇を、冬真は塞ぐが──ドアの向こうに誰かがいると思うと、叶芽は気が気がじゃなかった。
 
「おい、だからやめ……」

「お仕置きだから、やめない」

 青い顔で抵抗する叶芽に対して、冬真は今度こそ容赦しなかった。
 トレーナーの下から手を入れた冬真は、敏感な場所をとことん追い詰めて、叶芽が耐える姿をじっと見ていた。
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