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タンポポ
しおりを挟む「来たよ、おじいちゃん」
小さな千恵子が庭で摘んだタンポポを仏壇に供える。きっと喜んでくれるだろうと思い、毎日のように摘んでくるタンポポ。だが、家人は喜ばなかった。
「ヤダ、汚いタンポポ! また供えてるし」
高校生になる明美が、タンポポを掴んでゴミ箱に捨てる。その瞬間、千恵子の心にどろどろとした感情が湧いてくるが、それでも千恵子は泣かなかった。
「ごめんなさい、おじいちゃん。また摘んでくるからね」
そう言ったところで、反応はないのだが。謝らずにはいられなかった。
そして千恵子は毎日のようにタンポポを供えた。ときどき、つくしを摘んでくることもあったが、供えるならタンポポだと思う。
なぜなら亡くなった武五郎はいつもタンポポを千恵子にくれたからだ。
千恵子が泣いた日も、笑った日も、落ち込んだ日も、晴れの日も、タンポポしか知らない武五郎はそればかりを千恵子に渡した。だから千恵子はおかえしのつもりでタンポポを毎日供えたのだった。
だがタンポポは人目についた途端、捨てられた。家人が備えるのは、美しい花ばかりだったが、武五郎の気持ちを一番理解しているのは、千恵子だけなのかもしれない。
そしてそれから百日間、タンポポを贈る日は続いた。
だが——。
「明美、ちょっと来なさい」
「なに? ママ」
年老いた武五郎が亡くなってから、ずっと一家を支えている正恵が、長女を仏間に呼び出した。そしてしきりに周囲を気にしながら、明美に告げる。
「そろそろ引っ越そうと思うんだけど、どう思う?」
「どうって、別に私は学区さえ変わらなければどこでもいいよ。でもなんで急に?」
「全然、急じゃないわよ。こんな恐ろしいところにはいられないわ」
「ちょっとタンポポが供えられているくらいで、何が怖いの?」
「だって、おばあちゃんも、もういないのよ? 誰がタンポポを供えていると思うの?」
「座敷童でもいるんじゃない? 私はタンポポなんてどうでもいいけど、綺麗な部屋に引っ越すなら嬉しいかも」
「まったく、あんたは……」
「じゃあ、私はもう行くね? これから友達とお茶する予定なんだ」
「勉強もしないで、毎日毎日遊び歩いて。知恵子おばあちゃんみたいに、まともに働くこともできない人になったらどうするの?」
「そんな知恵子おばあちゃんでも、おじいちゃんに嫁げたんだから、なんとかなるでしょ?」
「あなたに、おばあちゃんのような器量があると思うの?」
「ひどい! 母親のくせに、なんでそんなこと言うの!?」
「とにかく、近いうちに引っ越すから、今からでも部屋を片付けなさいよ」
「はーい」
どうでも良さそうに返事をした明美は、それからすぐに仏間を出た。残された正恵は仏壇を振り返る。そこにはやはりタンポポが供えられていた。
————大丈夫。どこに行っても、私は武五郎さんとずっと一緒だよ。
正恵がタンポポを捨てる中、クスクスと笑う子供の声が、仏間をこだましていたのだった。
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