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2章 亡命者は魔王の娘!?

1話 寒い朝は熱い味噌汁に限る

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 ピピピピ!!ピピピピ!!

 スマホに設定していたアラームが鳴る。レーザーのようなアラーム音は、心地よい眠りの世界にいた俺を現実世界へと引き摺り出した。

「んん・・・眠い・・・」

 昨日からの睡眠時間は7時間。十分な時間だ。しかし、ずっと寝ていたいと思ってしまうのが人間のサガというもの。

「寒い・・・」

 時期は12月、冬ということも相まって益々布団から出たく無い。このまま仕事を休んでしまおうと思ってしまうくらいだ。

 たが、そんな怠慢を隣の部屋のが許さない。

「おい、ヒスイ!起きてんだろ。さっさとベッドから出ろ」

 翡翠が借りるボロアパートの一部屋の壁に空いた大きな穴。そこから出てきたのは、隣人兼仕事仲間のモネだった。

 我が物顔で翡翠の部屋に入るや否や、彼が包まっている布団を奪い、雨戸を開け、日の下にその体を晒した。

「うぁあ・・・か、体がぁ・・・」

「焼けるわけないじゃ無い。アンタ、人間でしょ?バンパイアならともかく」

「はい、すんません」

 これ以上眠れないと観念した翡翠はベッドから立ち上がると、ボサボサの髪型をセットする前に台所へ向かい、朝ごはんの準備を始める。

 準備といっても、朝食なので凝った物は作らない。起きたら炊けるようにセットしておいた白米に、きゅうりの浅漬け。沸騰したお湯に出汁、味噌、ほうれん草と一口サイズに切った豆腐を入れれば完成である。

 完成した朝食をちゃぶ台の上に置き、座ったところで、手を合わせて食事の挨拶をする。

「いただきます」

 どんな極悪人になろうとも、食事への感謝は忘れてはならない。昔は毎日言われた物だ。

 落ち着いた所で、何故モネさんが俺に朝食をせがみ、俺と同じちゃぶ台で食べているのかを説明したいと思う。

 彼女はザナから出稼ぎに来ている炭鉱夫の娘だ。村で所有している炭鉱から毒ガスが発生した事により、炭鉱が掘れなくなってしまい、収入源が無くなった事から門番になったという。

 彼女は相当両親や村の事が大好きなようで、1円でも多く、仕送りしたいらしく、自分が生きられるギリギリの生活費しか残していなかった。

 彼女の考えるギリギリはオレの想像を遥かに上回っていた。朝昼晩主食もやしは当たり前。飲み水は近くの公園の水道を使うという徹底っぷり。

 日に日に痩せ細っていくのがあまりにも怖かったので、彼女の為に食事を作るようにしたのだ。

 その結果、彼女を初対面の時のような健康状態まで戻す事に成功し、食の大切なを再教育?させる事にも成功させたわけなのだが─────。

「あ~旨。鰹節の出汁?」

「そう、鰹節出汁。ねぇ、モネさん。良い加減に自分で朝飯作ってくれよ・・・。作り方も教えるからさ

「上手く作れる人が都合よく隣の部屋にいるのに教わる必要ある?それに、ちゃんと食事代は出してるから良いじゃない」

「俺がいきなりいなくなったらどうするんよ・・・」

「その時はその時よ」

 俺はすっかり彼女の生活サイクルの一部となってしまい、お金を貰う代わりに、彼女の朝食・お弁当・夕食を作る事になってしまったのだ。

 それが彼女にとって良いのか悪いのか俺にはわからない。しかも、彼女は俺の事が嫌いなのでは無かったのだろうか。今でもこちらを見てくる目つきが鋭い時はあるが、初対面の頃よりかは遥かに態度は柔らかくなったと思う。

「俺の事あんなに嫌いって言ってたのに、もう平気なの?」

「たまにイラっとするし、長い時間見てると何故かストレスたまるけど、大して嫌いじゃないわ。アンタ、悪いヤツじゃないもの」

「謎のストレスチャージはまだ原因分かってないの?」

「全く。アタシだって、嫌だよ。別に嫌いでもないのに、仲間の顔見てストレス溜めるなんて。遺伝子レベルで問題が発生してるんじゃないかって疑いたくなるさ」

「大体何時間ぐらい見てたらストレスになんの?」

「ん~~・・・6時間ぐらい?」

「じゃあ、逆に6時間も連続して俺の顔見てた事あるんだ」

「うん、アンタの頭にデッカイゴキブリが乗ってた時」

「それ、俺の顔が原因じゃなくてゴキブリが原因じゃない!?ていうかいつの話!?いつ頭に乗っかってたゴキブリ!?」

「ご馳走様。それじゃ着替えるから覗かないでよね」

「ねえ!教えてよ!いつ何処で頭についてたの!?ねぇぇぇぇ!教えてくれよぉぉぉぉぉ!」

 いつ頭に乗っていたか分からないゴキブリに怯える翡翠を面白がりながらモネは自分の部屋へと戻り、出勤の準備を始める。翡翠によって用意された朝食はしっかりと完食しており、米一粒も残していなかった。

「はぁ・・・俺も準備しよっと・・・」

 使った茶碗や箸を丁寧に洗いたい所だが、出勤の準備をする時間が無くなる為、食器に水を溜めるだけに留めておいて、お弁当作成の時間に割く。

 門番職はほとんど肉体労働なので、食べ応えがあり、栄養バランスがしっかりしている献立でなければならない。幸いな事にモネさんは好き嫌いは全く無い為、野菜を入れても怒らない。アレルギーに対しては勿論細心の注意を払っている。

 ぼさぼさだった髪の毛をワックスでセットし、愛刀を腰に帯びると、しょくばに向かう為に部屋を出る。モネさんも見計らったように部屋で出てきた。

「お弁当頂戴」

「はい」

「サンキュ。じゃあ、行きましょ」

 これが、門番職に就いてから8ヶ月経過した大体の俺のモーニングルーティーンだ。
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