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2章 亡命者は魔王の娘!?

19話 マスクの中身は何かな?

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 一旦家に荷物を置き、しょくばへと向かう。時刻はまだ17時を回っていないので、同僚2人と主任はまだ門にて仕事をしていた。

 特別任務を与えて、今日は来るはずのない部下が来たからか、主任は鉄砲玉のような速度で門へと歩く俺に近付いてきた。

「どったの?翡翠。それにそれ誰?」

「良くこれが人だって分かりましたね。説明は事務室でしますんで」

 米俵を持つ要領で持ってきた虫の息の刺客を主任に渡して事務室へと向かう。主任はモネさんとシャープを連れて事務室へと入って来た。

 3人が座ったのを確認すると、俺は今日の出来事を詳細に話した。

「────と、言う訳で連れてきました」

 事情を説明すると、主任は顎に手を添えて黙り込み、モネさんとシャープは顔面を真っ青にして、今にも倒れそうになっていた。

 不法入国者を隣町まで侵入させてしまっていたのだ。この後の処罰を想像してしまったのだろう。

「う~んと・・・翡翠が殺意を感じたのは影野町のショッピングモールを出てからで良いんだよね?その時は何時だった?」

「15時ちょっと前ですね・・・」

「交通の便を考えると、その時間帯は影野町には歩きでないといけないはず・・・そもそも、どうやって影野町まで行ったんだろうか・・・」

 異門町から影野町までの距離は32㎞。とてもじゃないが、車か電車を使わないと行く気にはなれない。

 前述したように、異門町の電車は一日に2本しかなく、バスも3、4本しかない。リリックを待ち伏せするには俺達と同じ時間の電車に乗るか、それよりも前に電車かバスに乗らなくてはならない。

「いやいや、そもそもどうやってリリックが影野町にいるって特定したのよ!」

「魔力探知じゃない?ほら、リリックさんってとんでもない魔力持ってるし」

 魔力はまるで個性のように個人によって違いが存在する。発する波動の力と色が違ったりする。

 ザナには魔力探知機という道具が存在する。事前に採取した魔力を元に特定の人物を捜すというザナ版のGPSのような魔道具である。

 恐らくリリックはここに来るまでも刺客から逃げる為に何度も魔力を使用したと思われる。大気中に残った魔力を採取する事は可能だ。

 以上の事からリリックの場所特定は理屈上可能という事になる。

 ただ、魔力探知機は非常に高価な物であり、王族や一部の貴族した所有していないという点だ。黒幕がそれ相応の財力と権力を持つ者なら何ら問題ではない。

 問題は十分に警戒していたのに、どうして侵入を許してしまったのかである。

「う~~ん・・・これは本部に大目玉喰らうぞ・・・」

「ええっ!?もしかして僕の給料半減が許されるのも当分先になっちゃうんですか!?」

「かもしれないな~~。なるべくそうならないように頑張るけど」

「クッソ!いつ見逃したって言うの!あぁぁぁぁぁ~~ムカつく~~~!!!」

 自分の不手際・不注意によって侵入を許してしまったかもしれない。モネさんの怒りはプロ意識故の怒りだろう。

「腹立つ!死ね!死ね!死ね!影でしか生きられないクソッたれがぁぁぁぁぁ!!」

 怒りの矛先は火傷で満身創痍の刺客に向けられる。暴力は振るっていないが、今にも殴りそうな勢い。こんなにキレているモネさん初めてかもしれない。

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「いや、キレすぎでしょ・・・このままだとボニファティウス8世ふんししちゃうよ?」

「これキレ方あまりにも異常すぎる・・・ま、まさか!」

 モネの異変で何かに気が付いたのか。シャープは椅子から立ち上がると、寝転がっている満身創痍の刺客の顔を覆うマスクを引き剥がすように脱がせた。

 マスクで守られたのだろう。刺客の顔はほとんど無事だった。無事だったお陰で、端正な顔立ちと綺麗な緑の瞳、そして、とんがった耳を拝見する事ができた。

 モネさんが妙にキレていた理由が分かった。彼女は遺伝子レベルで刻まれた敵対心のせいでいつも以上に怒っていたのだ。

「「「エルフ・・・!!」」」

 森の人類。土の人類であるドワーフと犬猿の仲として有名な種族。魔族の次に魔術に秀でており、数えきれない数の有名な魔術師を算出した長寿種である。

「イ、イズマ・・・!!」

 顔を見られては行けなかったのか。ついに刺客は声を出す。ザナの言葉を知らないので、何て言ったかは分からないが、反射的に出た言葉なので、重要な意味は無いと思われる。

「レワ、ルエカ・・・!!」

 更にザナの言語を叫ぶと、次は刺客の全身が電球のように光る。光は強く、俺達は失明を恐れて目を反射的に瞑った。

 目蓋を閉じていても分かる。光が段々と弱くなり、目が痛くならない程度の強さにまで弱くなった事が。

 急いで目を開けると、床に寝転がっていたはずの刺客がおらず、彼の体から垂れたと思われる血液のみが残されていた。

「どういう事だ!?」

「今の一瞬で逃げたってコト!?」

「何処行きやがった!あのクソエルフ!殺してやる!!殺してハンバーグしてやるぅぅぅぅ!!!」

「いや、探しても意味が無いからしなくて良いよ」

 慌てる3人。一方で主任は全く動揺していない。寧ろいつにも増して冷静かつ真面目だ。

「良いお知らせと悪いお知らせがある。まず、良い知らせはあのエルフの侵入を許したのはオレら門番の責任じゃない事。悪いお知らせは、これからオレ達の仕事は増えると思う。以上」

「そ、それってどういう・・・」

「まだ、確定じゃないから話せないかな。近日中に教えるから待っててね?」

「「「わ、分かりました・・・」」」

 今追求しても主任は何も教えてはくれない。半年以上彼の元で働いていたから分かる。

 今日は疑問を胸にしまってアパートに帰る事にした。帰路を歩いている途中、街灯に照らされるリリックの表情がちょっと暗かった。彼女が秘密にしている事と今日の出来事は何か関係があるのだろうか。
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