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2章 亡命者は魔王の娘!?

28話 撤退

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 罪悪感の表れか、シャイの表情は暗く、戦いを楽しむ事に消極的な模様。

「何だよ!つまんないの・・・苦しいんなら従わなけりゃ良いのに」

「っ・・・!」

「おっとぉ?自覚はあったのか。自分がやってる事が道徳的に反してるって自覚がアンタに・・・いや、キャンベル騎士団に!」

 キャンベル騎士団は殺害対象である門番以外には誰も殺していなければ、傷つけてもいない。建物を破壊しているだけである。罪悪感の現れというのもあるだろうが、単に必要ではない殺人を犯したくは無かったのだろう。

「王が暗殺したい理由が知れたらまだしも、何も教えられず、自分の憶測で深い理由を考えて行動してる感じか」

「・・・」

「そんな状態でオレに勝てるとでも思う?いいや、勝てない。実力差があるヒスイやシャープ、モネならまだしも、実力が拮抗しているオレの首を跳ねる事はできないよ!」

「・・・ダイタッテてったいだ

「「「え?」」」

「二度は言わない。いますぐ撤退だ。指示に従え」

「で、でも国王が・・・!」

「私が責任を取る。君らには絶対責任は取らせない」

「責任って?」

しゅにんには関係ない。撤退開始」

 鎧の中から小さな透明のクリスタルのネックレスを取り出すと、握って手の平に閉じこめ、魔力を込め始める。

 魔力に反応するようにクリスタルは真っ白な光を放ち始め、強い光になっていく。目をくらます程の強さになり、主任とその場にいた警官は目を閉じるか覆うなどして失明を防ぐ。

 やがて光は弱くなっていき、目をゆっくりと開けると、シャイ・マスカッツをはじめとしたキャンベル騎士団が跡形もなく消え去っていた。

「い、一体どういう事だ!?」「消えたぞ!!」「目くらましか!探そう!この近くにきっと潜伏してるはずだ」

「いや、探しても時間のムダムダ。アイツらキャンベルきしだんは自分らの国に帰ったんだから」

「自分らの国?それってもしかしてザナの?」

「イエス!だからここら辺探しても見つからないよ」

 キャンベル騎士団の国ナチュレはザナに存在する。警官達も国の名前こそ知らないが、ザナにある事だけは漠然と理解している模様。

 だからこそ、消えたキャンベル騎士団が自分らの国に帰った事が信じれずにいた。だが、主任の実力と知識の幅の広さを認知している警官達は、彼をうつけ者だと笑う事は無かった。

「ていうわけで優先事項は何だか分かるよね?」

「負傷した門番の治療と、逃げ遅れた人達の救助と、消火活動ですかね」

「正解!消防隊は呼んでおいたから後はよろしく!オレは門に戻るわ。部下達には意識が戻ったら連絡するように伝えといてーー」

「ええっ!?あ、あなたは行かないんですか!?緑眼さん、危篤状態ですよ!?」

 心臓には至らなかったものの、皮膚と筋肉と骨と片肺を斬られている。専門家ではない警官達の治療魔術では出血を一時的に止められるのが精一杯だ。

「大丈夫だよ!オレの部下だよ?死ぬわけないじゃん!けど、回復魔術が得意な魔術師と医者にはみせてあげてね!」

「わ、分かりました!!」

「それじゃ、よろしく~~」

 信用か、それとも放任か。警官達には分からなかった。



 同時刻。ナチュレ王国。

「陛下!シャイ団長とキャンベル騎士団が戻ってきました!」

「おおっ!早いな!まだ1時間も経っていないぞ!」

 王の私室でゆったりとしていたナチュレ国王の元に兵士が報告にやってくる。最初は国王も仕事の速さに驚いて喜んだが、2度の失敗を思いだして、そんなはずはないとすぐに訝しむ。

「シャイは何か手土産を持ってきたか?」

「・・・いえ、何も」

「そうか・・・失敗かっ!!」

 怒りの感情が爆発すると同時に体内の魔力が放出。兵士を含めた辺りの物を吹き飛ばす。

「そうかそうか!シャイ・キャンベル!お前もエルフの顔に泥を塗ったか?これはもう死刑だな!処刑だな!火あぶりだな!打ち首だな!」

「お、落ち着いて下さ────」

「兵卒如きが私に命令するな!格が違うっ!!」

 魔術で一時的な肉体強化を行い、兵士の首を掴み身体を持ち上げると、窓から外へとぶん投げる。何もない宙にいるのを確認し、落ちていく兵士を指さし、唱えた。

「『爆発魔術ロル』」

 国王の指先からビー玉サイズの小さな赤い光が兵士に向かって飛んで行く。時速約100キロで飛んで行った光の玉は兵士に着弾すると、小さなな爆発を起こす。

 爆発は兵士の四肢を引き裂き、全身に火傷を負わせ、兵士の尊い命に終止符を打った。

「へ、陛下!一体何の音ですか!?」

「気にするな。私が立場を弁えない兵士を殺しただけだ。それよりもいますぐシャイ・マスカッツを謁見の間に呼び出せ。今回の失敗の言い訳を聞いてやる」

 私室を出て、謁見の間へと向かう。腹の虫の居所が相当悪いのだろう。目に入る物を手当たり次第破壊していく。

 先日、オーダーメイドだからと破壊を躊躇したシャンデリアも破壊。シャンデリアの真下にいたメイド2人が下敷きになった。

 謁見の間へと入ると、既にシャイ・マスカッツが玉座の前で頭を垂れている。国王はその姿を見て、彼の頭を吹き飛ばす────

「頭を上げろ。シャイ・マスカッツ。一体何があった」

 事はなく、冷静になって話を聞き始める。

 ここに来るまでの破壊活動が怒りを鎮めて、冷静になれたのだろう。シャイが優秀な人材である事を思い出し、落ち着いて話を聞く事にしたのだ。

「さあ、答えろ。シャイ・マスカッツ。お前は、何故、どうして、失敗した?」
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