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3章 異世界旅行録

7話 門の先の世界に待っていたのは・・・

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 3日後、ついにやってきた旅の日。楽しみによる興奮でいつもより早く起きた翡翠は、リリックを起こさないようにこっそりとベッドを抜け出して、最後の準備に取り掛かった。

 まずは昼食づくり。シャイとの合流を約束した町までの距離はキロに変換すると、約45㎞。馬車を使う為、疲れる事はないが、お腹は空く。その為、弁当を用意しておかなければならない。

 弁当といっても、簡単な物を作る。皆大好きおにぎりだ。起きる時間に炊けるようにセットしておいた白米を具と一緒に握り、合計12個のおにぎりを作る。汚れない為にもちろんラップをかける。具がわからないようにサランラップには何も書かないでおく。

 次に持ち物チェック。自分の胴体と同じくらい大きなリュックの中身をもう一度外に出して確認。

 中には数日分の翡翠とリリックの衣服や下着、歯ブラシやコップなどの日用品。暇つぶしの為の本達。そして、パスポートも入っている。主任から借り受けた小型の魔力探知機ももちろん!

「んん・・・ヒスイ・・・どこぉ・・・?」

 準備を終えると同時にリリックが起床。寝ぼけている彼女を抱き上げ、洗面台まで連れていき、歯磨きと洗顔を終わらせ、着替えさせ、ちゃぶ台らへんに座らせて朝食を待ってもらう。

「ヒスイ・・・アンタうるさい。興奮しすぎでしょ。大した場所じゃないよ、ザナは」

 物音に敏感なモネも目を擦りながら起床してきて、リリックの近くに座る。朝食を食べ終えた後に支度をするようだ。

「2人にとってはそうかもしれないけど、俺にとっては行った事のない未知の世界なんだ。モネさんだって、初めてリオに来た時は興奮したでしょ?」

「成程ねぇ・・・アンタの今の気持ち少しだけ分かったかも」

「分かってくれてありがと。それと、朝ごはんできたよ」

 森山翡翠は凝った朝ごはんを嫌う。今日の朝ごはんはご飯に目玉焼きに味噌汁ととても質素な物だ。

 2人は特に朝食に強いこだわりを持っているわけではないので、別に文句は言わずに黙々と食べ進める。

「そういえばさ、モネさんが俺に対して若干イライラするのって、俺がハーフエルフだからかな?」

「だな。別に嫌いではない程度のムカつき具合だから余計納得がいく。まあ、最近はたいしてイラつきはしないけどね」

「そうなんだ。逆に俺はハーフエルフなのにモネさんに嫌悪の感情を抱かないのはなんでだろう」

「育った環境もあると思う。アタシはドワーフに囲まれたて育ったのに対して、アンタはリオ人に囲まれて育ったみたいだし」

「ドワーフ嫌いの本能が出てこなかったわけか・・・」

 孤児院で育って本当に良かったと思う。

 朝食を完食しおえた後には、食器の洗浄。数日帰ってこないので、しっかりと洗って水切りをしておく。

 愛刀である〈紫陽花〉は刀袋ではなく、腰へ。リオではなく、魔物が蔓延り、護身の必要があるザナを歩くんだから銃刀法違反にはならない。

 万が一、壊れた時を想定して、職人さんに作ってもらった紫陽花鉱石製の脇差も腰に帯びておく。初めて行く場所への準備は徹底的にしておかなければならない。

 これにて持ち物の準備は完了。しかし、準備はまだ1つ残っている。その準備はリリに頼んで協力してもらう必要がある。

「リリ、ナカブウョジイダ大丈夫かな?」

キペンカ完璧!」

 最後のチェックはザナ語の発音と理解。今から向かう場所は日本ではない別の世界。言葉は理解しておかなければならない。

 今、話した言語はグリムアン語。リオで言うところの英語にあたる言語らしく、ザナの様々な国で使用されている言語である。ヒューマンの作り出した言語らしいが、発音が簡単な為、エルフも好んで使用しているのだとか。

「それじゃ、行こーー!!」

 アパートを出て、町を出て、職場へとやってくる。職場には今日の当番である先輩達や後輩の竹内さんが挨拶をしてきた。

「よぉ、3人とも!」「おはようございます!先輩達!」

「おはよう。シャープはもう来てるかな?」

「はい!ついさっき門に到着してましたよ!」

 竹内さんの言う通り、シャープは既に門前に立っていた。腰に剣を携え、肩にハルバードを担いでいる。

 そんな彼の首には黒い首輪がついている。彼が約1年前に起こした不法入国者の幇助を行った事でいくつかの罰則を与えられ、再犯を防ぐ為にGPS付きの首輪を装着することとなった事は覚えているだろう。

 その罪はまだ許されておらず、今回の特別任務成功の暁には外してもらえる約束との事。なので、シャープは任務にかなり気合を入れているようだ。

「おいっす!やあ、オレのかわいい部下達よ~~!2つの任務、忘れないでくれよ~。それと、翡翠」

「はい!」

「初めてのザナ、楽しんできな?」

「はい!ありがとうございます!!」

 後輩と先輩達も手を振って出送ってくれている。俺は笑顔で手を振りながら、門を跨ぎ、ザナへと入る。

 目の前にあったのに、一度も入らなかった世界。手を伸ばしたらやっと目的の物が取れたそんな満足感に包まれる。

 今まで何百人ものザナ人と出会ってきた。会う度にザナはどんな世界なのだろうと想像していた。

 今ようやく本当の姿を見る事が出来る。想像と違くて良い。寧ろ違っていて欲しい。

 考えていた世界とは違ったと俺を喜ばせてほしい。

「ついに来た・・・ザナ・・・!!」

 初の別世界に心躍らせる俺の目に入ったのは、見たことのない植物達の森でもなければ、魔物達の生活する姿でもなく────。

「ザナへようこそ旅の方。さあ、こちらで入国審査を行いますので、来てください」

 ザナの門番達の入国審査だった。今ここでようやく、ザナからリオへ来る人の気持ちが分かったような気がする。ちょっと、残念だ。
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