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3章 異世界旅行録

9話 歓迎するとは限らない

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「ありゃりゃ。誘いの手が邪魔してたんですか。死んでも人に迷惑かけるとはとんだクソ野郎ですなぁ~」

「御者さんもやめてあげて。彼のライフはもうゼロです」

 精神的にも生命的にもライフはゼロである。

「ありがとうございます、お客さん。それでは向かうので乗ってください」

 老いた御者は再び老馬に鞭打ち、走らせる。しっかりと走った事から問題は解決した模様。

 それからしばらく経ち、みんなでおにぎりを頬張っていると、御者さんが今度はゆっくり馬車を止めた。

「着きましたよお客さん。冒険者の集う町、グレイシャです」

 馬車から顔を出して外を確認する。

 サンサンと空に煌めく太陽に照らされた石造りの町。

 ヒューマンの農民、リザードマンの騎士、エルフの魔術師、ダークエルフの商人、ドワーフの下級貴族。様々な職種の人が生活を営んでいる。

 基本、ヒューマンしか人類がいないリオでは決して見ることのできない光景に胸が躍り、目を輝かせる。

「ヒスイ、興奮するのは分かるけどあんまりジロジロ見ないで。喧嘩売ってると思われるから」

「大丈夫でしょ。観光客と間違われるだけだって」

「ここは観光地じゃないからそうは行かないわ、シャープ。さっきからヒソヒソ話されてるし」

 ドワーフの下級貴族が、こちらに睨みを効かせながら護衛の騎士と話し合いをしている。新参が我が物顔でやってきたのだ当然の反応だ。

「じゃあ、観光は無しかな?」

「そうだね。まあ、でもリアルな生活の雰囲気を見れたし、観光はナチュレでもできるから良いじゃん!」

 リリックの言う通りである。ナチュレは差別的な国であったが、観光する場所がゼロだったというわけではない。シンボルである大樹や、とある国の王も味を認める郷土料理もある。

 本格的な観光地と比べると見劣りするが、グレイシャよりかはマシである。

「それで?どこで合流するわけ?さっきからエルフのクソジジイがアタシの事睨みつけてるからさっさとそこに行きたいんだけど」

「えっとね、[サラマンダーブレス]っていう酒場だってさ」

 何とも厨二心をくすぐられる名前だ。裏で闇の取引とかされてたら完璧だ。もしかしたら、闇のギルドが地下にあったりして。

「よりにもよって酒場か・・・ヒスイ、喧嘩の準備しておいた方が良いかも」

 酒場は基本的に身分による制限は無い。荒くれ者は勿論、とある国でお尋ね者になっている者も当然いる。

 そういう者は何もしなければ、問題は発生しないのでスルーすれば良いだけだ。

 問題は酔っ払いと差別主義者。エルフ至上主義が存在するように、他の種族を嫌悪し、差別する者は当然いる。

 ここには今、ハーフエルフとハーフドワーフと魔族がいる。

 中でも、魔族は千年戦争を引き起こした種族として、今最も憎まれている。

 争いになる可能性は高いだろう。

「分かった。なるべく拳でやった方が良いよね?」

「うん、お願い。相手が武器を出してきてもなるべく出さないで」

 事前に注意を受けて、いざ合流場所へと向かう。場所は、町のシンボルである冒険者ギルドの中。

 冒険者ギルドは冒険者のサポートを行う一環として、ギルド内に酒場や宿などの施設の設置を行なっている。

 酒場と宿は冒険者限定というわけではない為、ただの住人や旅人も利用する。

 つまりは、新参が入っても何も文句は言われない場所であるという事だ。

 ゲームと小説の世界でしか聞いた事も見た事もない冒険者ギルド。大きさは、田舎の公民館の2倍くらいだろうか。

 中に入ると、鼻を刺激するアンモニアや血などの嗅ぎたく無い匂い。一瞬で不衛生だと言う事が分かる。

 左の壁を見ると、コルク板が設置されており、ゴブリン退治の依頼書や、護衛の依頼書などが貼り付けられている。

 シャイさんが渡してくれたメモによると、[サラマンダーブレス]は冒険者ギルドの奥。

 なるべく誰にも話しかけないように、黙って進んでいこうとしていたのだが────

「おい!アンタ、今はサラマンダーブレスに入らない方が良いぜ!」

 険しい顔をしているが、優しみが滲み出ている農民に歩みを止められる。首を傾げると、彼はサラマンダーブレスがある方向を指差す。

 そこでは、既に喧嘩ぎ始まっており、1人の剣士に大勢の冒険者が群がるように殴りかかっている。

 店主と思わしき中年の男性も止めようと必死だが、焼石に水状態。喧嘩は止まる様子はない。

 数だけならば、剣士が非常に不利に見えるだろう。しかし、剣士は人数不利を物ともしない立ち回りで、屈強な冒険者達を薙ぎ倒していく。

「わ、悪かった!な、なぁ!一杯奢るから許してく────ぐはぁっ!!」

 1人残った冒険者は情けを乞うが、剣士に慈悲はなく、石のように固く頑丈な拳を冒険者を腹に打ち込み、胃の中の物を全て床にぶちまかした。

「私の悪口だったら許す。私個人に向けられた感情だからな・・・しかし、我が国ナチュレ名を貶すならば、容赦はしない!覚えておけ冒険者・・・」

 剣士の耳は、とんがっていた。エルフだ。

 勝者であるエルフの声には聞き覚えがあった。つい1週間前に聞いた声だ。

 俺は優しい農民の手を退け、1人酒場に佇む剣士の肩を叩いた。

「ナイスファイトです。シャイ団長」

「ヒ、ヒスイ王子・・・」

 待ち合わせを約束していたシャイ団長だった。
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