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3章 異世界旅行録

3-28 父の日記

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『20×4年7月18日。
今日は自宅ではなく、ナチュレ城から日記を書くことにする。まあ、何処で書いても何も影響はないんだけどね。まず、パーティーだが・・・最高だった。お目当てだった美女は勿論いたし、会話をしているだけで背筋が凍ってしまいそうな屈強な戦士もいた。パーティーでなかったら、多分その場で試合を申し込んでると思う。ナチュレの国王だって言うロット2世って奴とも話した。最悪だった。一体何世代前の王だって思うくらいには考えが古くて独善的だった。ただ、問題になるのだけは避けたかったので、無理矢理笑顔を作ってやり過ごした。偉いぞ俺」

 まさかのロット2世と会っていた父さん。血の気が多そうな人だと思っていたが、意外と自分を抑えつけられる人のようだ。

 7月18日の日記はまだ続いており、次のページまで至っている。そんなに充実した日だったのか。

『さて、エルフの美女をかなり堪能した俺だったが、ロット2世との会話後に、今日見てきたエルフの美女を軽々と凌駕するとてつもない美女と邂逅してしまった。美女の名はニルヴァーナさん!ロット2世の妹らしい。綺麗すぎて、思わず話しかけちまった。この機会を逃したら二度と会えないだろうからたっぷり。結論から言うと、会話をして正解だった。顔だけじゃねぇ、心までも美しかった。詩的な表現で言い表すと、富士山から流れてくる雪解け水。できれば、パーティーの後もバーで話していたかったが、騎士に止められて断念した。ちくしょー』

 前のページから、まさかとは思っていたが、やはり父さんは母さんとパーティーで対面していた。これが2人の馴れ初め・・・これは普通の一般家庭でもあまり見る事は出来ないのではないのか?

 急展開によって、再び眠気が飛んで行った翡翠は更に日記を読み進める。

 そこからしばらくは門番として平穏な日常を暮らしながら、小さな幸せを書き記しているだけだったが、予想通り、転機は存在した。

『20×5年1月19日。
マムシ毒と同じレベルの毒液で体を構成しているというポイズンスライムが門襲った。原因は不明。何体いたか分からなくなるくらい来たが、幸いにも負傷者はいなかったので、日記に書いておこうと思う。』

『20×5年1月24日。
クソッたれポイズンスライムの出現がマジで止まらねぇ。このままだと、貿易にも観光にも影響が出かねないという事で、門番から1人、調査に向かう事になった。なんで1人なのかだって?そろそろ、スノーリザードが襲撃してくる時期だからだよ!マジで最悪だ。なのに、何で日記を書いたのかって?死ぬ可能性が出てきたからだよ。なんで死ぬ可能性が出てきたかって?俺がその調査に行くことになったからだよ。』

 死ぬ可能性があると書いてあって、一瞬ドキリとしたが、次のページがある上に、俺という存在が死ななかった事を証明している。

『20×5年1月26日。
最悪と最高が併存する日が来るとは思わなかった。今、目の前で疲れ果てたニルヴァーナ王女がすやすやと眠っている。意味が分からないだろう?俺も意味が分からない。洞窟で巨大コウモリに襲われてたから助けたけど、何で洞窟なんかにいるのかは聞けなかった。怪我はしているけど、命に別条は無いみたいだ』

 ここで、母さんと2度目の邂逅。丁度母さんがロット2世にナチュレを追い出されたのだろう。

 こうして文で見てみると、ロット2世への殺意が高まってくるのはきっと気のせいではないはずだ。

『20×5年1月27日。
ニルヴァーナ王女から訳を聞いた。ロット2世はマジで俺が殺す。魔術を使う前に俺があの小枝ような手をぶった斬る。とりあえず、ポイズンスライムの親玉と思われる巨大スライムの核は破壊した。王女を連れてリオに帰る。避難とか亡命とか理由を付けとけば大丈夫でしょ』

 何だか、デジャヴを感じる。そこからはしばらくの間、母さんと父さんの共同生活が書き記されていた。

 父さんは最初、帰国を提案してみたが、母さんは相当のトラウマを負ってしまったようで、拒否してしまった模様。

 日本政府も、亡命を正式に許可してくれたようで、母さんは正式にリオにいる事を許可され、父さんと幸せな生活を謳歌していた。

 幸せな生活は2人の間に愛を育んでいき、正式に結婚。結婚式の内容は思わず、俺も涙してしまった。

 中にはその間に生まれた子供としては思わず見たく無い内容も書かれていたが、我慢して読み進めていくと、あっという間に日記内の月日は経ってしまった。

『20×8年2月14日。
ニーナから最高のバレンタインプレゼントをもらってしまった。一生モノだ。俺の宝だ、ニーナの宝だ。生まれてきてくれてありがとう俺の息子・・・名前はゆっくりと決めよう。一生モノだからな』

『20×8年2月28日。
名前が決まった。彼女の要望で、翡翠という名前になった。森山翡翠・・・うん、いい名前じゃないか!腫れもすっかり引いて、顔がはっきりと分かるようになった。俺よりも圧倒的にニーナに似てる。髪色と耳は俺の遺伝でヒューマンのようになった。俺がみたいな荒くれ者がこんな幸せを掴んでも良いのだろうか?』

 俺が産まれ、命名される。名前は母さんが決めたらしい。まさか、1番期待していた物が見れるとは思っていなかった。

「さぁて、次のページ次のページっと・・・」

 あまりにも幸せすぎる内容に翡翠はうっかり忘れてしまっていた。この先に待っているのは悲劇だという事を・・・。

『20×8年3月24日。
ニーナが攫われた。俺の目の前で、堂々を攫われた。俺は無様にも不意を突かれて誘拐を許してしまった。』

 一番短い内容は、翡翠を再び絶望へと叩き込んだ。

 残酷にも、日記はまだ続いている。
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