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3章 異世界旅行録

36話 グイス大臣

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 ちょっぴり小恥ずかしい約束をしたところで本題に入るとしよう。

「ここで今すぐ教えたいところなんですが、実は私も詳しくは知らないんです。申し訳ございません・・・」

 別世界への移動方法が最後に使われたのは、ロット2世がナチュレの軍勢を引き連れてリオにやってきた時。つまり、シュエリ王女は監禁されていた時である。知らないのも無理はない。

「シャイ団長なら知っているかもしれません」

 シャイ団長は使っていた張本人。原理が分かっていなくても、誰から知ったのかぐらいは知っているはずだ。

 俺達は、特別客室を出て、1階の騎士達の駐屯所にいるシャイ団長の元を訪れ事情を説明した。

「恐らく方法を探るのはかなり困難を極めるかと・・・」

 シャイ団長の口から出たのは否定的な発言だった。眉をひそめて申し訳なさそうに頭を下げる様子から、何か事情があるように思える。

 そこを突いて尋ねてみると、シャイ団長は、眉間をつまみながら答えてくれた。

「その方法を教えてくれたのは、ロット2世だったんです・・・」

 納得がいった。確かに教えてもらうのは困難だろう。アイツの場合、読心魔術を使っても読むのは難しいだろう。圧倒的に俺達に非協力的だ。

 参ったな。どうしよう・・・。

「では、グイス大臣に聞いてみたらどうでしょうか?彼は、ロット2世に一番信頼されていたお方。もしかしたら、ロット2世から別世界への移動方法を教えてもらっているかもしれません」

 グイス大臣は、ロット2世の忠実なる家臣でありながら、反乱を起こした後でも文句1つ言わずに、シュエリ王女を支持したという。

 協力的かどうかは分からないが、ロット2世と比べたら遥かにマシだという事だけは分かる。

「では、私は巡回に行ってまいります。最近は森の様子がおかしいですからね」

「分かりました。頑張って下さいね」

「はっ!!」

 キレの良い敬礼を俺とシュエリ王女に向かってすると、シャイ団長は駐屯所を出て行った。

 外での用事なら、シャイ団長について来て欲しかったが、城内での用事なので彼に頼むのは些か人の無駄遣いと言えるだろう。

「・・・ヒスイ様。グイス大臣の部屋に先に向かっててもらってもよろしいでしょうか?私、少し用事を思い出してしまいましたので」

「用事?」

「はい。ですが、すぐに終わる用事ですのでご心配なく。彼の部屋は特別客室と同じ階にございます。場所は侍女にお聞き下さい。では────」

 軽く会釈し、シュエリ王女は階段を登る。俺の前を通り過ぎる時、一瞬だけ、表情が見えたのだが、先程まで明るかった表情が少しだけ曇っていた。

 すぐには終わるが、大事な用事なのだろうか・・・。

 特に急ぐ必要はないため、ゆっくりと階段を上り、6階。

 泊まっている特別客室を通り過ぎて、その奥に存在するグイス大臣の部屋に入った。

 昨日、跡を追って見失って以来姿を見ていないが、いるだろうか?

 侍女の人達に聞いても見ていない。朝食の時もいなかったの一点張り。万が一いなかった面倒だなと思いながらドアをノックすると。

「はいはい。どうぞ」

 中から低い男の声が聞こえたので、入室すると、白髪交じりの中年エルフのグイス大臣がいた。

 椅子に座り、机の上に置かれた日記か何かを書いていたようだ。

「おや、ヒスイ王子でしたか。この中年に何かご用ですかな?」

「はい。実は────」

 グイス大臣にも同様の説明を行い、情報の提供を要望した。

「成程。それは大変ですね。このままだと混乱と混沌が訪れるというわけだ」

「はい。ですからその前に────」

「別に良いのではないでしょうか?」

「・・・は?」

「それが、物事の自然な流れだとするなら、未然に防ぐ必要はないのでは?という意味です」

 言っている意味が分からない。何が言いたいんだこの人は。

 未然に防ぐべきという考えの元動いてきた翡翠は、全く別の意見を聞いた事によって硬直してしまった。

 一度生まれた物や概念は世に浸透し、流行し、廃れるという流れは自然である。

 別世界への転移方法も同様に、同じ流れを汲むべきという考えは、間違っていないようにも見えるが、間違っている。

 門を用いない別世界への転移は誰がどうみても明らかに悪用や世界の混乱を招く技術だ。逆に自然な流れを断つのが自然と言える。

 人間だけに被害が被るまだしも、この技術はことわりや、生態系が全く違う2つの世界自体にも被害が出てしまう。世間一般的に見たら、隠滅すべき技術だ。

「ああ、申し訳ございませんヒスイ王子。私情を挟んでしまいましたね。ええと、門を用いない別世界への転移方法についての情報ですね」

 先程の発言がまるでなかったかのように話を続けるグイス大臣。既に不穏な空気と予感を感じ取った翡翠だったが、予感は最悪な事に命中してしまう。 

「その技術の正体はイーテルという転移魔術です。騎士や兵士達は転移魔術が刻まれた結晶に魔力を流す事で発動、転移していたのです」

「転移魔術?そんなの聞いた事がないんですが・・・」

「それも仕方ありません。世間にはまだ公表していないですし、約50年前に私が作ったばかりの魔術ですから」

 おもむろに机の上の日記を手に取り、閉じると、表紙を翡翠に見せてくる。

 表紙には、11時55分を現す時計が金色で描かれている。その時計を見た瞬間、思い出したかのように汗が噴き出した。

「ご存知でしょう?この時計を・・・」

 それは翡翠の父、焼太が残した日記に挟まっていた布切れに描かれていた絵と同じ絵だった。
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