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4章 最終防衛戦門

8話 奇襲

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「「「「ンモォオオオオオオオ!!」」」」

 体長は2m超え。筋骨隆々のミノタウロスが俺達に立ちはだかる。

「御者さん!すぐにここから離れて!!」

「えっ?・・・うわ!ミノタウロスなんでなんでぇぇぇぇぇ!!」

 驚きながらも、体は逃げることに慣れているのだろう。動作で馬を操作し、馬車ごと逃げた。

「ありゃりゃ。凄い興奮してるね。じゃあ、一旦落ち着こうか。『氷の魔術グラシエス!!』」

 ミノタウロスが空中にいる時点から、魔術を撃つ準備は整っていたようで、少し触れただけでも凍傷を起こしてしまいそうな冷気が、地面を這い、ミノタウロス達を包み込む。

ミノタウロス達の体はたちまち凍りつき、20秒経つ頃には、氷塊の中に閉じ込められていた。

「ふふん!どう!このスピード感!これで、シュエリとの区別ができるんじゃない?」

 魔術をシュエリさんのようにうまく調整できていない事をかなり気にしていたのだろう。子供のようにえへんっ!と胸を張るリリの頭を褒めるように撫で─────。

 ピキリ。

「「「「「え?」」」」」

 ガラスに亀裂が入った時のような音が5人の耳に入る。1人1人が気のせいだと思ったが、他の4人が同じ反応をしているのを見て、現実に起きた事なのだと気づかされる。

 音が聞こえたのは、当然、氷から。ピキリピキリと音を立てて、氷にヒビを入れている。

 ミノタウロスの体温は50度と、炎の魔物ではないが、比較的高め。しかし、たった数秒で氷にヒビを入れるほどの体温ではない。

 つまりは理論上あり得ない事が目の前で起きている。理解し難いが、取り敢えず─────

「「「「「ンモォオオオオオオオ!!!!」」」」

「先手必勝!!」

 駆け抜けるような居合で、正面に立っていた1体のミノタウロスの左腕を切断。

 筋肉も硬く、骨も丈夫だった為、木を切っているような感覚だったが、何とか刃毀れする事なく斬る事に成功。

 刃毀れはしなかったのだが・・・刃が赤熱していた。

「ンモォオォォォォォォ!!」

「はぁ!?今の一瞬の居合で!?」

 摩擦で、刃の温度が上がることはよくある事だ。だが、赤熱するまで摩擦が発生することはない。

 考えられるのは、先程の氷のように、体温。ミノタウロスの体温が異常に高く、一瞬で赤熱してしまった説。

 信じられなかったが、信じざるを得ない。目の前の4体のミノタウロスは体温が異常に高い異常個体だ。

 中身ほどではないが、表面の皮膚も非常に体温が高いと思われる。やたら無闇に接近しない方が良い。

 体に付着した氷が、激しく蒸気を上げながら溶け始めている。

「隙あり!!」

 シャープも俺に続いて、隻腕となったミノタウロスの胸を一突き。心臓をしっかりと穿ったようで、大量の血を胸から放出しながら、絶命した。

「アッツイ!!!!」

 血が吹き出す際、シャープの頬にも飛び散ったようで、すぐに拭ったが、血液が付着した部分は、赤くみみず腫れになっていた。

「ヒスイ!どういう事!?コイツらすんごく熱いよ!?」

「だな。武器に気をつけろ。ミノタウロスの体内に入れたら赤熱するぞ」

 それだけなら、気をつける事は1つ。しかし、今は1つだけでは収まらない。周りにはミノタウロスの他に巨大なコウモリまでいる。

 近づいてきて分かったが。ミノタウロスを運んできたコウモリの正式名称はシャウトバット。叫ぶような超音波で、敵の鼓膜をぶち破る。

 まだ、叫んでいないが、もし叫んだら最後俺達の耳からは血が流れ、何も聞こえなくなってしまう。

 音というのは、戦いにおいて、必要な情報。それが絶たれた場合、情報不足で死へと繋がる。

「リリ!シュエリさん!撃ち落として!」

「まかせて!」「お任せ下さい!」

 周りには草木がない。つまりは環境を破壊する魔術撃ち放題というわけだ。

「「『雷の魔術トニトゥルーム』」」

 2人の魔術師の手のひらに発生した小さな雷鳴が、シャウトバットに直撃。電圧は高めで、たちまち黒焦げになるはず・・・だったのだが。

「キェエエエエエ!!」

 シャウトバットの超音波が、俺達の鼓膜を刺激する。咄嗟に耳を手で覆ったので、大したダメージにはならなかったが、驚いた。

「うぉあ!!全然聞いてなくない!?」

「ミノタウロスだけじゃなくて、シャウトバットの方も異常個体かよ!」

 理由はわからないが、シャウトバットには雷が効かない模様。軽い絶望だ。

 しかし、相手が俺らと同じ生命である以上、殺す事は可能だ。ならば、完全に勝ち筋が無くなったとは言えない。

「まだまだ!『風の魔術ヴェントゥス』『斬撃スラッシュ』!!」

 俺やシャープの跳躍力では、シャウトバット達に攻撃を喰らわせる事はできないので、ここは魔術に頼るしかない。

 言葉通り、斬撃のように放たれた風は、シャウトバットの首を刎ね、その命を終わらせた。

「成る程!良い考えだね!それじゃあ、わたしも!!」

「リリはダメ!本当に死ぬからやめて!」

 彼女の出力は50と100のみ。風の魔術で斬撃したら、俺らまで斬られてしまう。

「ここは、シュエリさんに任せてリリは、怪我した時の治癒魔術の準備をお願い!」

「・・・・・・わかった」

 少しかわいそうだが、ここで許して全滅になるよりかは遥かにマシ。シャウトバットの処理はシュエリさんに任せておこう。

「さてと・・・やりますk─────うぉっ!」

 振り返った瞬間、ミノタウロスの斧の刃が俺めがけて降りてくる。紙一重でのけぞる形で避ける事ができたけれども、まともに食らっていたら、真っ二つになっていただろう。

 ミノタウロスの方は、俺達の都合なんて関係ない。ただただ俺達を殺すのみ。戦斧は、深く地面に突き刺さった。

 一撃で掘った地面の深さは驚異の1m。体温が異常に高いのは、膨大な筋肉量を維持する為なのか?

 刃の半分が地面に埋まっていたというのに、何もなかったかのように引き抜き、構え直す。

 これは、腕とかを先に切断するよりも、首や心臓を狙って、一撃で仕留める方が楽かもしれない。

 身長差は歴然。正攻法では不可能。手段は数えれる程ある。

「ヒスイ!僕、2体相手するから、残り1体お願い!」

「任された!」

 シャープの得物はリーチが長い斧槍ハルバード。俺よりも、ミノタウロスを効率よく殺せるだろう。

「オォォォォォォォォォ!!!」

 再び狙いを定めて、一撃必殺の一撃。今度は油断は無く、余裕のある状態で避ける。

 上から下に振り下ろすシンプルな攻撃。またもう1つ地面に一文字の穴が開く。

 地面に深く突き刺さった斧を足場にし、駆け上がる。斧の持ち手よりも太い腕も駆け上がる。

 靴がなければ、火傷していただろう。靴越しでも、熱を感じる。

 攻撃後の隙を突き、駆け上った翡翠はミノタウロスの肩まで到達すると、首に一太刀。

 足場が不安定で、思うようには斬れなかったが、首を断つことには成功。脳が失われた胴体は、ピタリと動きを止め、前のめりに倒れた。

「首まで熱いのか。また赤熱しちゃってるよ」

 刃はまた、赤くなっていた。

 2体のミノタウロスを相手取っていたシャープは既に1体を仕留め切っており、残りは1体となっていた。

「オォォォオォォォォォ!!!」

「ハハッ!叫んでるだけで大したことないねぇ!テクニックが足りないよ!テクニックが!!パワーが全てじゃないんだヨ!!」

 シャープ対ミノタウロスは、シャープのペースで進んでいた。まるで、猫と戯れる人間のように、圧倒的な差が生まれている。

 武器による優位性もあるだろうが、シャープのハルバードの使い方がとても上手い。まるで、第3の手のように扱っている。

「よし、そろそろおしまいにして・・・トドメ!!!」

 遊びに飽きた子供が、おもちゃの電源を切るかのように、ミノタウロスの心臓を一突き。

「モォ・・・ォォ・・・」

 最後の1体はどこか物悲しさを感じさせる断末魔を上げ、残る力でシャープを手で握り潰そうとする手前で生命活動を終えた。

「よし!これでOK!ヒスイ今日は、僕がMVPだね!」

「あ、ああ。そうだね」

 とても頼もしい事には変わりないが、生死をかける戦いで楽しみを見出す、親友の姿は、バトルジャンキーであるモネさん味を感じた。
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