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最終章 探究者と門番

7話 貪食なアルラウネ

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「ひぃぃぃぃ!!助けてくれぇ!!」

「ヒヒ・・・しょくじ・・・げっと・・・」

 ザナ原産の魔物なのに、覚束ないながらも、日本語を話している。末を見る者は、日本に転送する事を想定して改造を施したようだ。言葉を覚えさせたのは、相手に恐怖心を芽生えさせる為だろう。

 アルラウネは非常に美しい女性の姿をしている。改造されてもそれは変わらないようだ。エルフにも負けず劣らずの容姿を持っている。そして、顔にある口は、ただの穴でしかないのも変わらない模様。

「いただきます・・・」

「ぎゃああぁぁぁぁぁ!食べられちゃう!本当に食べられちゃう!!」

 アルラウネは、自分と同じくらいの大きさを持っている人間を捕食する性質上、顔ではなく、腹に口を有している。胃袋にダイレクトにぶち込むスタイルだ。勿論、味わえないし、捕食した人間はじっくりと溶かされて死ぬ。

「やめろぉぉぉぉぉ!!『ソロ』!!」

 土の魔術を発動。アルラウネの近くにあった土を、アルラウネの土の中に突っ込み、職員が体内に放り込まれるのを未然に防いだ。

「うわ!つち・・・まずい・・・!!ぺっぺ!」

 土を一生懸命吐き出すアルラウネ。その隙に、職員を捕えている触手を切断。解放した。

「あ、ありがとう・・・!本当に死ぬかと思った感謝します!本当にありがt────」

「感謝は後でいいから、早く孤児院に入ってて!邪魔だから!!」

「すすすすまない!すぐにここを離れるよ!!」

「まて!わたしのしょくじ・・・!!」

 触手を伸ばしてなお、職員を狙うアルラウネ。背中を向けて逃げる職員を守るように、触手を弾く。

「じゃま!!・・・・・・あなたもしょくじ?」

「そうだよ。腹が減ってんなら、俺を食べな?」

「いいの?それじゃあ・・・いただきますっ!!!」

 食事の挨拶と共に、向かってくる触手達。それらを体を反るようにして避ける。全て紙一重で避けている状態だ。

 これは決して、無駄な動きを減らす理由ではない。純粋な体力不足からくるものである。たった15分の睡眠で、とれた体力は雀の涙ほども無かった。立っているのもやっとの状態である。

 そんな体なのに、どうして、避けられるのか?刀を振るえるのか?それは、1ヶ月前から発症した、『戦いを求める体』が影響している。

 大門寺から無意識の時に受け取った力が、彼を戦わせているのだ。大門寺は、自信を喪失する前までは、勇敢で好戦的な戦士だった。大門寺の自信の喪失により失われてしまったが、翡翠に全ての力を譲渡する際に、内なる好戦的な性格が力として譲渡されたようだ。

 体が限界を迎えているのに、動こうする力。普段は厄介そのものだが、2つの世界が融合しようとしている混乱状態では、非常に役に立つ力だ。

 満身創痍かつ体力と魔力が枯渇した状態でも、孤児院にたどり着けた理由は戦いを求める体のお陰である。

「しょくじ・・・ぜんぜんつかまらない・・・むかつく・・・」

「へへ・・・精々ムカついてろっ!」

 それでも、体力の限界に嘘は付けないようで、避けて隙が見つかったら触手を切るを繰り返している。やがて、痺れをきらして、怒りを爆発させたアルラウネが、残った触手を全て使用。

 複数本の触手を同時に放つ事によって、避け道を潰し、やっとの思いで翡翠を捕まえた。

「やっとつかまえた・・・こんどこそ!いただきます!」

「ああ、召し上がれ・・・・ってさせるかよ!!」

 既に翡翠は自分が捉えられる事を予想していた。その、対策も既に考えていた。アルラウネは、植物の魔物。つまり、炎属性は有利に働く。

 右手に魔力集中させて、炎の魔術を放つ準備を整える・・・のだが。

「あれ?・・・ま、魔力が足りない!!しくった!!」

 たった15分の睡眠時間は、魔力を1mmも戻してはくれていなかった。その為、期待していた炎の魔術は放てない。逃げる手段と勝つ算段を失ったわけだ。いや、元から魔力が無かったので、失ったという表現はおかしいだろうか?

 大きく開いたアルラウネの腹の口に持っていかれる。胃袋の中に溜まった胃液とご対面。今から、この胃液との戦闘になるのか。でも、しばらく眠れそうだ。溶かされるかもしれないが、体力は回復するはず。取り戻した体力で、アルラウネの腹の中を脱出。頭部の脳に当たる核を破壊して、終わりとしy────

「『フランマ』!!」

 何処からともなく飛んできた炎の玉が、アルラウネにぶつかる。

「あつい!あついあつい!!」

 突然の炎に驚き、熱がったアルラウネは俺を触手から解放。胃袋にぶち込まれるのを回避した。

 アルラウネを襲った炎の玉。聞こえてきた炎の魔術。何処か近くに魔術師がいたのか?いや、ここに来るまで魔物と戦ってきたが、魔術師は1人もいなかった。なのにどうして────。

「全く貴方という人は、何も考えずに走っていくからこんな目に合うんですよ?」

「勝算はあったんですよ。ただ、それに必要な魔力が無かっただけで」

「それを勝算が無いと言うんです。分かりましたか?」

「はい、すみません・・・そして、ありがとうございます。院長」

「お礼は後で良いです。それよりも今はこの貪食な魔物を倒しましょう」

 炎の魔術で助けてくれたのは、他でもない院長だった。母は偉大と良く言うが、今初めて実感した。
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