Dのカルマ

猫目化月

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プロローグ

ある老婆の予言

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 ――そこは、まごう事なき楽園だった。

「兄さん、眠っているの?」

 枷のはめられた白い腕が、その胸元を押さえ、兄を呼ぶ。


 返事はない。


 白い壁に囲まれた世界は光に満ちていた。

 常春の緑が生い茂り、枯れることのない花々が咲き乱れる。

 何ものにも侵されることのない、真実の平穏。

「……もう出ないと、この聖域ばしょから……」

 閉ざされた楽園エデンの檻から、白い翼が飛び立った。




※※※




「アンタ、不吉だねェ」
「はあ?」

 昼間だというのに薄曇りのその街は陰気臭かった。

 昨夜の雨の残滓を含み、まるで百年日を浴びていないかのようなじっとりとした街角に人影は少ない。
 僅かな通行人が、ぼろ布のような灰色の羽織を頭からかぶり、人目を凌ぐように早足で道を行き来するのみだ。

 普通の街ならば明らかに不審者として通報の憂き目に合いそうな彼らは、この街のごく一般的な住民だった。

 そんな埃をかぶった街で、これまたさらに埃をかぶった年代物の女が、路上に座り込み、なにやら占いのようなことを営んでいる。

 敷物一つ敷かず汚い地面に座り込んだ裸足は皺だらけで、色が変わり苔むしていた。どんなに女に飢えた強姦魔でも、決して手を出そうとは思わないであろう骨董品である。

 そんな年代物に呼び止められ、男――デュークは、着古した革ジャケットのポケットに両手を突っ込んだまま足を止めた。

「そこの青い髪のアンタだよ。アンタの頭上の星さ。まったく図太く往生際悪く不吉に輝いている」
「ぶっとばされてぇのか皺マントヒヒ。昼に星なんて見えるか」

 頼んでもいないのにいきなり不愉快なことを占い出した老婆に青筋を立てる。

 この街にとって、真昼は眠りの時間だ。こんな時間から痴呆の進行していそうな老人の戯言に付き合わされる時点で、まったくもって不吉極まりない。

「だいたい不吉ってなんだよコラ。不幸か? 俺が不幸だってのか? そりゃー生まれてこのカタ人様に胸張れる生き方してねーが、明日の飯が白飯だってことにも軽く幸福を感じられる程度には俺は幸せマンなんだよ」
「あたしゃー知らない。それが一体何にとって不吉なのかなんてね」
「にゃろ……」

 青年のささやかな主張を全く無視し、老婆が噛み合わないことを言う。

「たださ、確実に何かにとってはとんでもなく不吉な存在なんだよ。ああ、もしかしたら、何かにとっては吉兆なのかもしれないがね」
「何の占いにもなってねーんだよ皺婆ババァ
「いいじゃないか、タダで占ってやったんだ」
「頼んでねぇ! てめーのせいで気分は最悪だ。慰謝料要求すっぞコラ。よし分かった、今日の俺の昼飯代3ペス、今すぐ払えば許してやらぁ」

 片腕で吊り上げられそうな小柄な老婆の胸倉を掴み上げ、恐喝する。……その額は実に良心的な、ささやかな物だったが。

 実は占い師と客の間ではよく交わされるやりとりだ。自分の満足のいかない結果を得た客が占い師に難癖をつけ、脅しにかかる。
 もっとも、デュークにすれば客でもなんでもないのだが。

 老婆も慣れているのか、堪えた様子もなく値踏みするように男客を見上げた。
 そして、気味の悪いシナを作る。

「仕方がないねぇ。アンタまあまあ見れる顔してるし、この身体で……」
「老害だ! 社会悪だ! 断固拒否する!」
「っとに失礼な若者だねェ。80年前のアタシを見たら腰抜かして驚くよ」
「そりゃー驚くだろうよ。どんな姿でもな」

 吐き捨て、デュークは銅貨を1枚弾いた。

「おや?」
こんな街ダングヒルズで占いなんざやってても儲かんねーぜ。とっとと次の街に出ちまいな」

 音を立て目前に転がった硬貨を拾い上げ、老婆は立ち去ろうとする男の背中に向けてにんまりと笑った。

「なんだアンタ、中身もまあまあ見れるじゃないか。気に入ったよ」
「てめーみたいな貧乏神に気に入られても……」

 振り返り言い返そうとすると、そこにボロ雑巾のような女の姿はなかった。もちろん、デュークの銅貨も。

「……ったく、どうせなら福の神でも連れてこいってんだ」

 呟き、青い髪を苛立たしく掻き上げて灰色の空を見上げる。
 辛気くさい空模様は、まるでこの街を象徴していた。

 ここは掃き溜めの街ダングヒルズ

 居場所を失った者が流れ着く。
 人間のゴミ捨て場だ。



※※※




「――それは誠ですか?」
「ああ、間違いない」

 答えた男の声は確信に満ちていた。

 背後の窓から差す月明かりが逆光となりその表情は見えないが、凍るような美貌が壮絶な狂喜に歪んでいることは想像に難くない。

「この器を通じて、やつの魂の居場所が透けて見えるようだわ」

 自身の胸を抱く力を込める。男は、万感の思いを込め囁いた。

「ついに聖域を出たか、Dディーの一族――」









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