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第6章 ある罪人の記憶
16-1 気が付いたら大罪人になっていた
しおりを挟むファブロス=ルカ=アルテナ=クロンヌドーレ。
現国王の3番目の男児であり、生まれながらにアルテナ帝国第三王位継承権を持つ。
だが幼い頃に全身に火傷を負い、その醜い姿を疎み決して人前に姿を現すことのなかった王子は、順次の低さとその経緯から、誰からも期待されることはなかった。
ある日、異国の治癒術師が来たとして、王子は灰色の髪の男を招き入れた。
数日後、黒髪にオッドアイの美しい少年の姿をした王子が、初めて人前に姿を現した。
「アレが王子の本来の姿……!」
「なんと神々しい御姿か」
才気溢れる第三王子の姿は人々を魅了し、やがて第一、第二王子を病と不慮の事故で亡くした王宮の期待の全ては、彼に注がれることとなる――
「白き竜が逃げただと?」
形の良い眉を跳ね上げた青年の後ろで、灰色の髪の男が深く頭を下げた。
「見張りの兵を振り切り、地下牢に向かったとのことです。恐らく、シグルドの末裔を救出する気かと」
「まだ十二聖竜騎士を気取るつもりか」
忌々しげに呟く。感情を露わにする代わりに、白く長い指が握り込まれる。
「……まったく役に立たない兵隊共だ」
金色の長衣を翻し、青年――ファブロス皇太子は後ろに控える男に命じた。
「もはや手段は選んでおれぬ。すぐにシグルドの血を殺し、白き竜を捕らえろ!」
「はっ……」
従順に応えた僕に対し、ファブロスは眼光を緩めた。
「アルカ、お前の新しい器だ。傷を付けないよう努力させろ」
「ありがたき幸せ」
癖のない長髪を垂れ、如才なく応える従者。
10年前、彼がファブロスに新たな肉体を与えるため黒竜の器を奪った時、楽園で白竜が覚醒した。
同胞を助けに来た白竜のその圧倒的な姿に、この主は心を奪われた。
浄化と再生を司るホワイトドラゴン。ブラックドラゴンと対なすDの双頭。
王子はその生き物を手に入れることを望み、従者は逃した黒竜の魂を抹殺することを望んだ。
まるで器を失った魂を隠すように、聖域の楽園に息を潜めたかの一族が再び現れるのを待って幾年月。
時は来たり。
「殿下、黒竜と白竜はかつて十二聖竜騎士としてこの城に仕えておりました。おそらく奴らは地下通路を通り脱走を図るでしょう」
「最下牢獄の秘密通路か――ならば行き先は大聖堂か」
最下牢獄は帝国に仇なす政治犯や重罪人を禁固するための地下牢だ。
古くから陰謀と血に塗れたその場所で、熾烈な勢力争いに破れて息絶えた貴族も少なくはない。
秘密通路は、拷問に打ち苦しむ投獄者を見学する当代の権力者の散歩道であったり、内通者の密談用の通行路であったり、時代によって様々な用途に使われた。
「ここはやつらを大聖堂へ誘い出し、殿下の真のお力をもってシグルド諸共葬り去ってしまわれるのがよろしいかと」
アルカの提案に、皇太子は僅かに戸惑いを見せた。
「しかしそれでは白き竜の器が――」
「殿下のお優しい心遣い、誠に痛み入ります」
ファブロスの躊躇の理由を察しながら、アルカはあえて進言を加えた。
「ならば私が魔方陣を張り離魂の術を行いましょう。肉体から離れた魂を殿下の黒き炎が焼き払えば、Dの魂といえど百年の再生は望めないでしょう」
「――分かった、そうしよう」
鐘一つ分の沈黙の後、皇太子は忠臣の言葉を受け入れた。
「とうとう私がDの力を顕現するときが来たか」
拳を握り込み、呟いた声は感慨にふけるように聞こえたが、その指先は僅かに震えているように見えた。
それは念願が叶う感激ゆえか、はたまた未知の力を得る畏れか。
アルカはそんな主を、静かな目で見守っていた。
アルカの術によりDの肉体を得た皇太子は、その身と権謀術数で次期王座を確たるものとした。
だが、彼らの野望はこれで終わりではない。
ファブロスの器に眠る黒竜の力を解放した時こそ、全てが終わり、そして始まるのだ。
器を手に入れた今、それは決して難しいことではないはずだった。
(だが――)
魂と器は表裏一体。
人の弱い心が、Dの真の力を抑制する。
これは試金石でもある。
この男に、本当に人と竜の王たる覚悟があるのか。
「恐れながら、現王であらせられるクルートゥス様のご容態も芳しくない中、第一王子、第二王子の亡き後、王家を継ぐのは殿下を置いて他になしという機運が高まっている時でございます」
心中を隠すように顔を伏せ、アルカは厳かに告げた。
「今こそ真の力を顕し、人と竜、その双方の頂点に君臨する王による新たな時代の幕開けを知らしめる時かと」
その言葉に、主は迷いを振り切った――ように見えた。
「アルカ、お前は賢いな」
「身に余るお言葉」
跪く忠実な僕に、満足げに手を差し出す。爪の先まで輝くような、長い指先が顎をすくい、アルカはわずかな力に従い顔を上げた。
天使というよりは悪魔。
血と黄金を映した瞳は、この欲に塗れた世界の王たるに相応しい。
魔性というものが存在するならこのような姿をしているのだろうと思わせる仄暗く神秘的な美貌が、アルカに絶対の信頼を寄せ笑んだ。
なぜ己の竜がこれほどまでに賢いのかと、この主は聞かない。
なぜ聖域に棲まう竜が人間界に降りてきたのか、この主は聞かない。
目を閉じた者は何も見ないし、聞こうとしない。それは人間だけではなく、最高の知能と生命力を持つとされるドラゴンですら同じことだ。
聖域には世界の全てが揃っているというのに、そこに棲まう者達は何も学ぼうとはしない。
だが、アルカの目は開かれた。
囚われのDの求める本を探しているうちに、見つけてしまったのだ。
眷族にとっての禁書、知恵の実のなる樹を。
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