私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと

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 バルトルト様の手紙に私は苦笑いを浮かべながらも、恥ずかしくて顔が火照ってくる。

 サーシャ好き、会いたい。
 貴方のぬくもりが恋しい。
 愛し合いたい。
 空に浮かぶ月に貴方を思ってます。
 貴方の瞳の虜になりたい。
 貴方と一緒の時間を過ごしたい。

 そんな内容が延々と繰り返されるのだ。

 彼を馬鹿王子と呼ぶ者達であれば、その手紙を見れば流石馬鹿王子だと笑いものにするだろう。 だけれどサーシャは違っていた。

 日々のバルトルトの幼稚な口調と甘えた様子に隠された溺愛を思い出せば、手紙に書かれた愛の言葉が、脳内で夫の声で再生され、手紙を抱えて悶え転がるのを必死に堪え、そして熱い溜息をついた。

「本当、芸達者よね……」

 クスッと笑いながら、手紙にそっと顔を寄せればバルトルトのために作らせた香水の香りがした。 チュッと手紙に口付けてはぁ……と、甘い溜息をこぼし、そっと封筒に戻してテーブルの上に置いた。



 次に手にとったのは、バルトルト様の二番目の味方である乳兄弟のフランツ様からの手紙だった。 バルトルト様の手紙よりもかなり分厚く封筒から引っ張りだせば封筒が破けるほど。



 まずはこのような前置きが書かれていた。



 殿下は幼い頃から空気を読まない事が有名で、貴族の間では破壊魔と呼ばれておりました。

 バルトルト様は王都に就くと同時に、議会の開催を調べられました。

 幼い頃から騎士団に出入りしていたバルトルト様は、きっとサーシャ様が思ってよりもずっと広い人脈を所有されている事でしょう。

 手紙なのにとても得意そうなフランツ様の顔が想像できた。

 バルトルト様は最も多くの貴族が集まる日を選び、王宮へと向かったのです。 今まで彼が身にまとった衣装の中で最も高価な生地を使い、銀糸に模様が入れられ、一点物の銀の模様入りのボタン、妻の瞳の色をした宝石付きのカフス。

 誰もがその立派で美しいとも言える姿に息を飲んだそうだ。



 だけれど、次の瞬間には、あぁ……馬鹿王子だと、皆が苦笑した。

 ずんずんと人が止めるのを跳ねのけて、バルトルトが向かうのは国王陛下の元。 表情には、誰もが初めて見る怒りの表情。

 彼を馬鹿だと、愚かだと、物を考える事も出来ぬ、恐れも知らぬ狂気を体現した存在。 それがただ怒りの感情を露わにしているのだ……誰もが恐怖した。

 彼には禁忌が無い。

 そう思っていたから。

「父上!!」

 バルトルトは国王陛下の胸倉を勢いのままに掴んだ。
 ギラギラと光るのは獣の瞳。

「サーシャが嫌かなって思うから、側妃の事を言えずにいたんだよ!! なのに、なのに、どうして、あんな手紙をサーシャに出したんだよぉおおお。 父上のせいで、サーシャが流産してしまったじゃないか!! 僕は僕の大切な家族を亡くしてしまったんだよ!! どうして、父上はそんなに酷い事を平気でするの? 父上のばかぁあ、マヌケ、鬼、悪魔!! 今だってサーシャは死線をさまよっているのに、こんなところに呼び出して、僕は、サーシャの側に居たいのに、酷い、父上の人殺し!! 父上は孫を殺した!! 僕の妻も殺そうとしている!! 僕は父上を許さない!! 許さないからな!!」

 一気にまくしたてられ、国王は呆気にとられた。

「誰か!! 誰か!! こいつを引きはがせ!!」

 言われて初めて側にいた上位貴族、役職付き貴族が、バルトルトを止めようとして……そして、跳ねのけられ、吹っ飛んだ。 結果、親衛隊たちが会議場に入れられる事となった。

 両サイドから親衛隊に取り押さえられたバルトルトに国王陛下は言う。

「いい加減にしないか!! お前が下賤の娘を妻に迎えたのが悪い。 あのような下賤の娘を王家に迎え入れる事自体あり得ない、王族の血が馴染まぬのも仕方ない。 流産も運命だ。 許されぬ婚姻、せいぜい役に立ってもらおう」

「僕の大切なサーシャは生死を彷徨っている、役に立ってもらうってどういう事だ!! 王都になんて招けるはずがない。 僕が……他に妻を迎えるのを立ち会わせるどころか手伝わせるなんてもってのほかだ!!」

「嫌だ、嫌だ、子供のように駄々をこねて済むものではない。 お前は一体いつになったら理解するんだ」

「僕だって……サーシャのために大人になったよ。 だから……僕とサーシャのお披露目の費用の10倍の額を支払う。 披露宴でもなんでも、勝手にすればいい」

「お前には興味がない。 ただ……私は、お前との婚姻を望むと頼まれ口をきいただけだ。 お前等どうでもいい。 それでも、大貴族であるリービヒ公爵令嬢であれば、王家に相応しい子を産む事が出来るかもしれない。 私に、王族に、貴族達に認めて欲しければ、相応しい血統と人柄を備えた子を成すのだな。 気分が悪い、後は勝手にするがいい」

 国王陛下は椅子に深く腰を下ろし、足を組み、そして背もたれに身を預け瞳を閉ざした。

 バルトルトは側妃に勧められた娘の親、リービヒ公爵へと向き直った。

「格の違いを考えるんだな。 花嫁を比較すれば1000倍の費用でも足りない。 私の娘の美しさは、貴方もご存じだろう。 昔は娘の美貌に惚れ込んでいたでしょう。 その頃の事を思い出してください。 今の娘は、貴方を認めている」

「10倍以上は払う気はないよ。 それでも十分配慮をしていると思うんだけどね」

「最低でも100倍は出してもらわんとな」

「貴方の娘は、王族や公爵家にとって、一銭も負担する価値の無い子だと言う事なんだね。 可哀そうな子。 そうか……その子は僕と同じように可哀そうな子なんだね。 父上、母上に、王族に嫌われている僕に嫁ぐぐらいだものね。 可哀そうな花嫁のために少しぐらいは優しくしないとね。 でも10倍かな?」

「ふ、ふざけるな!! 私の娘を馬鹿にするのか!! 私の娘は、商人の娘とは違う!! 美しくて、気品があって、品性があって、知性もある。 貴方に多くの利益をもたらす事でしょう」

「どうして? 何処が馬鹿にしているの? 僕は、ただ、その子が僕と同じように愛されていない可哀そうな子だなぁ~って思っただけなんだけど? 愛されているの?」

「私の……私の可愛い娘を、お前のような馬鹿にくれてやるなんて、それだけで屈辱だと言うのに!!」

「なら、そのカワイイ娘は、貴方の側で大切にするといいと僕は思うんだ」

「陛下……陛下!!」

 大貴族リービヒ公爵が、国王陛下に縋るような視線を向けたと言う。

「バルトルト、お前が10倍しか払えないと言うのなら、キルシュ家の税率を売り上げの半分まで引き上げよう」

 ニヤニヤとしながら国王陛下は告げた。

「1000倍なんて馬鹿な事を言われるなら仕方ないよね。 それでいいよ。 契約をかわしましょう父上」

「あぁ、シッカリと絶対的な神聖契約をかわそうじゃないか。 神官をすぐに呼んで来い!!」

 ニヤニヤと言われ、拗ねたようにしながらバルトルト議会室の片隅で待っていたそうだ。



 そして、
 婚姻式の10倍の額を支払います。
 キルシュ商会の税率を50%にする事を認めます。

 このような契約を神の前に誓ったと言う話だった。



「じゃぁ、これが、僕の婚姻披露の際にかかった費用の明細だよ。 明日にでも費用を持って行かせるね」

 ニッコリと微笑み見せたのは、婚姻披露にかかった費用明細。




 手紙には、費用明細がつけていた。
 世間ではそれを原価と言う。

 花、食材、花瓶、食器、テーブル、椅子、全てが無料。
 花と食材は、お祝いとして提供、それ以外は再利用できますからね。

 祝い返しに使った、菓子、銀食器セット、ガラスの装飾品、それに衣装類、これらは原材料のみ帳簿に計上。 かかる人件費は全てご祝儀として処理。 流石に銀食器セットやガラスの装飾品に関しては、人件費の一部を原材料に乗せてある。

 準備万端で乗り込んだのが良く分かる状況だった。



*****

「何やってるのよ」

 私は、それを見て笑ってしまった。

 結婚式費用の合計は庶民が行う挙式費用の5倍と言うところでしょうか? 下級貴族でいっても10分の1以下なのは確か。

「これは……かなり暴れたでしょうね」

 そして、私は手紙の続きを読んだ。

*****



「こんな馬鹿げたことあり得ない!! 詐欺だ!!」

 リービヒ公爵が悲痛な叫びをあげていた。

「え~~、でも、神様の前で絶対的な契約をしちゃったもんね。 でも、これが真実だよ。僕が嫌いだから参加しない人が多くて、費用をすっごく抑える事ができたんでした。 あははははは、だって、サーシャの身内の披露宴の方が高くついていますからねぇ~!!」

「ふざけるな!!」

「ふざける? おかしいなぁ~。 大貴族様のご令嬢ですから、きっと僕の大切なサーシャより、人望に溢れた人なのでしょう。そう言う方々から応援を受けたらきっと凄い挙式になりますよ!! おめでとう!! 楽しみにしているね」

 他人事のように言ったそうだ。
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