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竹皮の包み――見えざる徳と誤った願いの物語――
しおりを挟む第一章:雨に濡れた孤独
小雨が世界の輪郭をぼかす中、男が泥濘の道を駆けていた。
背は低く、痩せ細った体躯は一見少年のようだったが、首の上に載った無精ひげの顔は、その印象を裏切っていた。
苦悩に歪んだ顔は、雨か涙か、ぐっしょりと濡れていた。
通りすがりの人々は彼を哀れむどころか、むしろ嫌悪の目を向けた。
男は何かに取り憑かれたように走り続け、四つ辻にたどり着くと、溜め込んだ感情を吐き出すかのように叫んだ。
「ちくしょう! 俺が何をしたって言うんだ! 真面目に働いても、罵られるばかりじゃないか!」
半刻ほど喚き散らした後、男は静かになり、道脇の道祖神の石像の横に腰を下ろした。
これは特別な日ではなく、彼の日常だった。
「見苦しいところを見せてすまないな。今日はな、握り飯を一つ多めに持ってきた。一緒にどうだ?」
男はそう言うと、竹皮に包まれた塩むすびを道祖神の前に供えた。
「塩むすびだが、結構うまいぞ。お前さんは神様だろうに、こんな場所で人に忘れられて寂しかろう。
だがな、俺はお前さんが羨ましいんだ。俺は十年以上奉公しても、給金なしの小僧扱いだ。
同僚は皆手代に昇進してるのに、俺は怒鳴られない日がない。何が悪いかって? そんなのこっちが聞きたいよ。
算盤が得意な奴、口上が上手い奴、字が達者な奴。俺にはそんな才能はねえ。
人に嫌われたり、恨まれたり、それが俺の特技さ。お前さんのように静かに忘れ去られて暮らしてみたいよ。」
握り飯をかじりながら、道祖神に皮肉を並べ、自分の不遇を嘲る。
それが男の日課だった。だが、この日は少し違っていた。
第二章:道祖神の囁き
握り飯一つでは足りず、男は道祖神に供えたむすびに手を伸ばした。
竹皮がガサゴソと音を立てるが、肝心のむすびが見当たらない。
不思議に思った男が目をやると、竹皮はあるのに、むすびは消えていた。
「鼠が持ってったか? どこかに転がったか?」
男は四つ這いで道祖神の周りを探したが、見つからない。
雑草の茂みに落ちたかと諦めかけた瞬間、頭上から声がした。
「すまぬ。」
驚いた男が顔を上げると、道祖神の顔があった。口元には米粒が付いている。
「すまぬ。」再び、道祖神が言った。
「供物は供えた者が去った後にいただくのが我々のしきたりだ。だが、八十年ぶりの供物だ。最後に供えられたのは芋だった。
それ以来、誰も供物を持ってこず、俺の存在を知る者もお前以外いなくなった。お前は十年も愚痴をこぼすだけで供える気配がなかった。
それが今日、竹皮にむすびを供えてくれた。つい、食ってしまった。すまん。」
男は呆然としたが、すぐに堰を切ったように喋り始めた。
「なら、俺と代わってくれ! 握り飯なら毎日食えるから、代わってくれ! 俺はもう人間でいるのが嫌だ。十年奉公しても、店の掃除すらまともにできねえ。
今日も叱られて、店に居場所がなくて、こうやって一人で飯を食ってる。床の埃を丁寧に掃いても、他の使用人とぶつかって怒られ、
周りを見ながら掃いたら埃が舞って大目玉だ。何をやっても駄目なんだ。後生だから、俺と代わってくれ!」
男は土下座し、額を地に擦りつけて懇願した。道祖神は表情を変えずに答えた。
「それは無理だ。人に忘れられた神の端くれだが、俺はここを守ってる。悪しきものが入らぬようにな。
お前のような逃げようとする者には務まらん役目だ。だが、勝手にむすびを食った負い目がある。俺の力を一つ、お前にやろう。」
男は顔を上げ、呆けたように道祖神を見た。
「お前が人に感謝されれば、その気持ちが小判に変わり、竹皮の包みに溜まるようにしてやろう。さすれば、心も穏やかになるだろう。」
男は喜ぶどころか首を振った。
「それじゃ意味がねえ。生まれてこの方、感謝されたことなんて一度もない。人に嫌われることしかできねえ俺が、これから感謝されるはずがない。
なら、いっそ人が俺に抱く悪感情を小判に変えてくれ!」
自分の願いがどれほど愚かで身勝手かを男は分かっていた。
だが、自分の限界も知っていた。だからこそ、躊躇わず願いを込めた。道祖神は男の心情を無視し、あっさり答えた。
「よかろう。」
そして、諭すように続けた。
「人の幸せは神仏の考える幸せの外にある。何を選ぼうと、願おうと同じだ。大事なのは、どこでお前がそれに気づくかだ。
俺にとって、お前との日々は退屈な五百年で最も素晴らしい時間だった。握り飯、美味かったぞ。上手くやれよ。」
道祖神は口を閉ざし、二度と開かなかった。
男は狐につままれたように立ち尽くしたが、カラスの糞が頭に落ちると我に返り、竹皮の包みを胸に抱えて走り出した。
店を出て二刻以上が経ち、空は薄暗くなっていた。
第三章:丸橋屋の小僧
男が奉公する丸橋屋は、小間物問屋として繁盛していた。
櫛、かんざし、紅、白粉、煙草入れ、楊枝など、客層は個人から大店まで幅広く、店はいつも賑わっていた。
多くの奉公人を一人の番頭が取り仕切っていた。
男は店で番頭が待ち構えている姿を思い浮かべ絶望した。
頭を叩きながら、「どうすりゃいいんだ、怒られるぞ」と喚きつつ店へ向かった。
だが、番頭の姿はなく、同郷の助七が心配そうに「番頭さんが部屋で待ってるよ」と告げた。
番頭の部屋に入った男は、叱責を恐れ、「申し訳ねえ!」と土下座した。
顔を上げるよう促されても、「申し訳ねえ」と繰り返すばかり。
番頭は呆れつつ、諭すように言った。
「生きていれば誰だって過ちを犯す。お前が謝るのは、その罪から逃れようと足掻いているだけで、償おうと言う気持ちからでは無い。
大事なのは、その後の心の始末だ。お前は不器用だが真面目だ。今まで通り真っ直ぐ務めてくれ。今夜は休みなさい。」
男は顔を上げず、謹慎を言い渡されたと思い、喚きながら部屋へ戻った。
涙で顔を濡らし、番頭にどう思われたか不安で身動きできなかったが、胸元の竹皮の包みがガサゴソと音を立てると、急に気分が変わった。
「そうか、嫌われればいいんだ! 番頭にあんなに嫌われたなら、竹皮に小判が溜まってるはずだ!」
下衆な笑みを浮かべ、竹皮を開いたが、小判はなかった。
裏返し、畳を這って探したが、何もない。男は考え込み、突然立ち上がった。
「嫌われ方が足りなかったんだ! 待ってるだけじゃ駄目だ。自分から嫌われに行かなきゃ、小判は溜まらねえ!」
男の顔には自信が満ち、別人のようだった。
第四章:変貌の第一歩
翌日、男はいつものように店の掃除をしていた。
すると、同郷の助七に女中がぶつかった。「危ないね! 周りを見て掃除しなよ!」と文句を言う。
普段なら見て見ぬふりをする男だったが、この日は違った。
「お前の仕事も助七さんの仕事も、主人の命令だ。共にぶつかったのに、なぜ助七さんだけが悪者扱いされるんだ!」
堂々とした物言いに、店は静まり返った。
番頭は喜色を浮かべ、「さあ、仕事に戻れ」と促した。
女中は得心したのか、「ごめんよ助七さん。今後は気をつける」と謝った。
助七はもちろん、店の者たちの男を見る目が変わった。
男は意に介さず、部屋に戻ると竹皮を開いたが、小判はなかった。
「嫌われ方が足りねえ。中途半端じゃ神様の力は発動しねえ。もっと言ってやる!」
翌日、男は他の小僧の仕事を手伝った。
車力が荷物を運び込む中、女中に思うところがあった男は女中頭に言った。
「お前らは客の顔色ばかり見て、車力が荷物を運べず困ってるのが見えねえのか?」
女中頭は反発したが、男は続けた。
「車力が一時間待ってる。客が苛立ったらどうする? 車力の気持ちを考えろよ。」
女中頭は車力の手前、男の言葉を無視できず、「わかった。荷運びの時間を設けるよ」と答えた。
車力たちは「ありがてえ」と感謝し、人足頭は深々と頭を下げた。
男の申し立ては続き、店での存在感が増していった。
第五章:手代への昇進
ある日、男は番頭の部屋に呼ばれた。
かつては震え上がる場面だったが、今の男は別人だった。竹皮をさすりながら、胸を張って部屋へ入った。
番頭は笑いながら言った。
「何がお前を変えたんだ? その貫禄は小僧のものじゃない。今までご苦労だった。今日から手代として働いてもらう。」
男は予期せぬ言葉に目頭を熱くし、道祖神の言葉を思い出した。
小判とは例えに過ぎず、認められることこそが報われることなのだと悟った。涙が頬を伝った。
そこへ手代頭の松吉が現れ、「私のことは兄貴と思え」と気さくに言った。
男は救われ、松吉に頭を下げた。松吉は男に商売のいろはを教えると約束し、さらに言った。
「お前が女中頭に物申したのは、私がすべきだったことだ。波風立てず問題を解決した。お前のおかげで長年の悩みが消えた。感謝してるよ。」
男は驚き、「ただ無我夢中だっただけです」と答えた。
松吉は笑い、「狐にでも憑かれたか? お前の人変わりは店で評判だ。そんな狐なら俺も憑かれたいよ」と冗談を言い、去っていった。
第六章 置き箱の奇策
松吉は男の前に一人の手代を連れてきて、こう言った。
「こちらはお前さんの先輩にあたる半七だ。同郷なんだってな。手代としてのいろはは俺が直々に教えるが、細かな務めは半七に聞くがいい。」
そう言い残すと、松吉は奥の廊下へと足早に消えた。
半七は松吉の背中が見えなくなると、堰を切ったように男に話しかけた。
「お前さん、あの女中頭を黙らせたって話、たいしたもんだな! あの日、俺は松吉さんの使いで外に出てたもんで、
残念ながらその場を見られなかった。だが、あの気位の高い女中頭が悔しがる顔、ぜひとも拝んでみたかったよ!」
半七の声には軽やかな興奮が滲んでいた。
男と半七は、かつて小僧時代に共に奉公していた時期があった。
だが、要領よく立ち回る半七とは異なり、男は不器用で目立つことなく、顔見知り程度の付き合いに過ぎなかった。
女中頭の一件以来、半七の男を見る目はまるで天と地ほどの違いが生じていた。
男は松吉の下で商売を学び始めた。
ある日、松吉は背負いの小間物屋を紹介した。
心太、伊佐治、亀助。それぞれ得意先を持ち、店の売り上げの半分を占める重要な取引相手だった。
男は亀助の注文を丁寧にこなし、感謝された。
心太と伊佐治の商談では、男がふと思いつきで提案した。
「店の品を箱に入れて得意先に置き、売れた分だけ代金をいただくのはどうでしょう?」
伊佐治が飛びつき、松吉が「売れた分の原価のみ支払えばいい」と条件を整えた。
柳行李に商品を詰め、伊佐治に十箱、心太に五箱を渡した。
松吉は男を褒めた。
「お前が蔵の在庫を知らなかっただけだ。このアイデアは信用を損なわず在庫を処分する名案だ。よくやった。」
男は松吉の深謀遠慮に驚き、尊敬を深めた。
半七も男の才覚を見直し、一目置くようになった。
一月後、伊佐治と心太が再び店を訪れ、置き箱の成功を報告した。
ほとんどの商品が売れ、蔵の在庫が利益を生みながら減り、店の運営に余裕が生まれた。
店の者たちの男を見る目はさらに変わり、「置き箱の男」として名が広がり始めた。
だが、男は内心でつぶやいた。
「こんな名声、ただの偶然だ。俺なんぞ、小僧のままでもおかしくなかった。」
その言葉を聞きつけた半七が笑いながら言った。
「偶然だと? 運は皆に訪れるが、つかむのは実力だ。お前さんの真面目さがこの繁盛を呼んだんだよ。」
男は半七の言葉に目を伏せ、竹皮の包みをそっとさすった。
第七章 駒吉の誕生
置き箱の成功から一月、店はかつてない賑わいを見せていた。
背負いの商人がひっきりなしに訪れ、置き箱の注文が飛び交う。
男の名は「置き箱の男」として商人たちの間に知れ渡っていた。
ある日、男は番頭の部屋に呼ばれた。
かつては震え上がる場面だったが、今の男は別人だった。竹皮をさすり、胸を張って部屋へ入った。
番頭は笑いながら言った。
「お前、何がそんなに変わったんだ? その貫禄は小僧のものじゃない。
置き箱は店の悩みを解決する名案だった。
主人から名を授かった。今日からお前は『駒吉』だ。今まで通り真っ直ぐ務めてくれ。」
駒吉は予期せぬ言葉に目頭を熱くし、道祖神の言葉を思い出した。
小判とは例えに過ぎず、認められることこそが報われることなのだと悟った。涙が頬を伝った。
その夜、駒吉は蔵の帳簿を手に渋い顔をしていた。
在庫数が合わずとも、数え直せば済む話だが、問題は帳簿を渡す相手――文吉にあった。
文吉は松吉と同世代で、在庫管理の重責を担う手代だ。だが、店内で彼は嫌われ者だった。
かつて、先代の番頭が在庫管理をしていた頃、蔵帳簿と実際の在庫が大きく乖離していた。
文吉は新任の番頭に命じられ調査を行い、「不始末帳」に誤差の原因をまとめた。
そこには、先代番頭が少数の誤差を軽視し、数え直さず処理した結果、年月を経て莫大な誤差が生じた経緯が記されていた。
この帳簿には、在庫が停滞するに至った原因が記されており、駒吉の置き箱考案まで在庫は増え続けていた。
文吉の才能を認め、番頭は彼に蔵帳簿を任せたが、不始末帳に名を挙げられた手代たちの遺恨は根深く、
今なお文吉が不始末帳をつけていると噂された。
駒吉が文吉を苦手とする理由は別だった。
努力を積み上げた文吉に対し、偶然の出世で名を頂いた自分を「まやかし」と感じ、彼の目が恐ろしかった。
文吉に帳簿を渡すと、彼は一通り目を通し、微笑んで言った。
「誤差一つない。さすが駒吉さんだ。君の置き箱のおかげで、先代の在庫が年内に片付きそうだ。
すべて小判となって戻ってきた。店にとっても私にとっても驚くべき成果だ。」
駒吉は恐縮しつつ答えた。
「私は偶然この役職を得ただけ。本来なら小僧のままでもおかしくない。」
文吉は手を止め、駒吉を真っ直ぐ見つめた。
「小僧の頃から見ていたが、君は私より真面目だ。掃除一つに悩み、腐らず、不遇を運に変えた。
運は皆に等しく訪れる。だが、それをつかむには実力が必要だ。君には今それがある。真面目だからこそ、
よこしまな心なく運を活かせた。それが君の成功だ。」
「そうなのでしょうか?」と問う駒吉に、文吉は帳簿を束ねながら「そういうものだよ」と微笑んだ。
駒吉は竹皮を握りしめ、胸の内に渦巻く不安を押し隠した。
第八章:試練の刻
人は愚かだ。
己の心の器が満ちていれば、人のために手を差し伸べることもあろう。
だが、満たされぬ者は、己の欲に飲まれ、行動が変わる。
古の性善説では、井戸に落ちんとする子を見れば咄嗟に救うと説く。
されど、現代の輩は、さめざめと機を手にし、事の顛末を冷ややかに眺めるのみ。
人の心は、置かれた場によってくるくると変わるもの。それが人の性だ。
駒吉は、かつての己を知っていた。
不器用で、見た目も貧相、店で罵られ続けた小僧の自分を。
松吉や文吉の手代の才を仰ぎ見つつ、己は彼らに及ばぬと心穏やかに務めていたはずだった。
竹皮の包みを胸に抱き、嫌われれば小判が生まれると信じた日から、彼の心は変わった。
道祖神の力は、神の恵みか、呪いか。駒吉はそれを知らぬまま、堂々と振る舞い、店の問題を指摘することで名声を得た。
だが、その名声は、己の内に潜む欲の芽を静かに育てていた。
ある日、和泉屋の掛け払いが刻限に間に合わず、店は騒然となった。
番頭は松吉、文吉、駒吉を呼び、「この事態を収めよ」と命じ、姿を消した。
和泉屋の小僧が金子を手に駆け込んできたが、番頭不在ゆえ受け取れず、店は混乱に陥った。
文吉は帳簿に記録し、翌日口添えすると約束。松吉は一時預かりを提案し、文吉も保証を申し出た。
駒吉は無関心を装い、帳簿に目を落としていたが、内心では別の思惑が渦巻いていた。
店の裏で、駒吉は番頭と和泉屋の小僧の会話を耳にした。
「この試練は、わしの補佐を選ぶためのものだ」と番頭が漏らした一言が、駒吉の心に火をつけた。
松吉と文吉、兄とも慕う二人に手が届く位置に己があると気づいた瞬間、悪魔の囁きが響いた。
「この好機を逃せば、己は再び小僧の影に埋もれる。いや、今なら彼らを超えられるかもしれぬ。」
かつての駒吉なら、己の足ることを知り、欲を抑えた。
だが、道祖神の力に浴し、店で名を上げた今、欲の底が抜け落ちていた。
注意され、怒られることを恐れ、引っ込み思案だった男は、竹皮の呪いによって変わった。
嫌われれば小判が生まれる。
それゆえ、怖いものなどないと、堂々と不満をまき散らし、店の者から評価を得た。
だが、その力は神の恵みではなく、己を縛る呪いだった。
駒吉はそれに気づかぬまま、さらなる高みを目指し、愚かな一歩を踏み出した。
「この金子を隠し、翌日わしが『発見』すれば、松吉も文吉も出し抜ける。番頭の補佐はわしのものだ。」
駒吉はそう目論み、夜半、帳箪笥から金子を別の場所に移した。
竹皮を無意識にさする手は、むなしく、寂しい音をたてていた。
物陰からその姿を見ていた助七の目は、驚きから軽蔑、そして怒りに変わった。
駒吉は気づかず、胸の高鳴りを抑え、部屋へと戻った。
第九章:小判の呪い
翌朝、店は大騒ぎだった。
松吉と文吉が金子を探し回る中、駒吉は高みの見物と決め込んでいた。
だが、番頭が早く現れ、事態は急変。
松吉と文吉が土下座し、責任を負うと申し出た。
駒吉は慌てて弁明し、「二人の思い違いで金子が別の場所にあるはず」と助け舟を出す。
番頭は処分を保留した。
助七の怒りの目が駒吉を刺した瞬間、竹皮から小判がポロリと落ちた。
次々と溢れる小判に、番頭が「お前、その金子はどこから?」と問う。
松吉と文吉も言葉を失い、店の全員の目が軽蔑に染まった。
駒吉は必死に小判をかき集めたが、かつての雄弁さは消え、ただ滑稽な姿が残った。
終章:道祖神の教訓
駒吉は道祖神の願いを誤解した。
人に嫌われることで得られる小判は、彼の卑しい欲望を映す鏡だった。
真の報酬は、周囲の信頼と感謝だったのだ。
助七の怒りが小判を生み、駒吉の栄光は崩れ去った。
道祖神は静かに見守っていた。
人の幸せは神の思う幸せの外にある。
駒吉が気づいたとき、彼はすでに全てを失っていた。
竹皮の包みは軽く、かつての男はただの影となって消えた。【完】
『ケツメド!!毒味役長屋絵草紙』、カクヨムにて本編完結済み。現在は外伝を連載中です。 時代劇×毒味役×人情ドラマに興味がある方、ぜひ覗いてみてください。
https://kakuyomu.jp/works/16818792437372915626
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