鉄騎の破城槌 麗しき工兵は戦場に橋を架ける

米ちゃん

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第三章:アイゼン・ガルドの平穏な日々

ハーフエルフ、肉と愛欲に溺れる

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 ヴェリア辺境領を含む、オワリス王国は、エウラシア大陸西部地方の東部に位置する。
 エウラシア大陸の中部地方は、大陸有数かつ最大の穀倉地帯であり、この地を領有するエルバニア王国は、『穀倉の王冠』と別称される豊穣の国だ。
 エルバニア産の作物は高品質であり、飼育される家畜の肉も上質だ。
 岩と灌木だらけで食糧事情の悪いヴェリア辺境領において、最高級の肉といえば、やはりエルバニア産で、牛肉の霜降り肉である。
 ヴェリア辺境領の中心都市アイゼン・ガルド。
 その領主館は、領主シャルマーニ王女の人柄故か、普段から規律厳しくピリついている──が、今夜ばかりは無礼講が許されていた。
 アイゼン・ガルドと、地下鉱脈のある岩山を繋ぐ『蛇の道』の開通、そしてめでたくシャルマーニに召し上がれられたランスローネの工兵長就任を祝う宴会が催されているのだ。
 宴会の場は、領主館本館一階の大広間である。
「見よ、皆の者! これがエルバニア特産の品種、『エルバニア黄金牛』だ!」
 黒い衣装を着たシャルマーニは壇上に立ち、雌牛の乳房に勝るとも劣らぬ豊満な胸を誇らしげに反らしつつ、エルバニアから取り寄せた雌牛を宴会に参加した一同に紹介する。
 エルバニア黄金牛と称される品種の、黄金色の毛並みをした雌牛は「ブモー」と鳴き、尻尾を振った。
「そしてこれは、我のヴェリア辺境領の特産品としてシュミットに作らせた『牛刀』だ!」
 シャルマーニは細身で長い包丁を鞘から抜き放ち、その勢いで豊かな胸を大きく弾ませた。
「では皆の者、この牛刀の切れ味を見よ!」
 シャルマーニは牛刀を片手に、金色の双眸をギラつかせて雌牛に振り向く。
「ブッ、ブモオオオー!」
 雌牛は恐怖に目を見開き後退るが、シャルマーニに鼻輪の紐をガシッと掴まれた。

「ブモオオオ! ブモオオオ!」
 全力で暴れて必死に逃れようと足掻く雌牛に、シャルマーニが牛刀を一閃させる。
 一刀のもとに、雌牛の太い首は切断された。
 だが、血飛沫は飛び散らない。
 牛刀の凄まじい切れ味と、シャルマーニの技量が相まって、切断面が鏡のように滑らかであるため、血管が切られたことにすら気づかないのだ。
「ヒィィ……!」
「むう……さすがはシャルマーニ殿下、凄まじい包丁筋だ……おっと」
 ロランドは瞠目し、エーリカは卒倒して崩れ落ちる寸前でロランドに支えられる。
「ガハハハ……俺様が打った牛刀だから当然だぜ!」
 シュミットがエルバニア産麦酒を煽りながら笑う。
「お、おおおっ、なんちゅうこっちゃ、切断の摩擦で肉が焼けとる……!」
 ランスローネは、摩擦で焼けた肉の断面から溢れ出す芳醇な香りに口からよだれを垂らし、もはや理性を保つのが精一杯だった。
​「シャルマーニ殿下! 牛の首を包丁で落として満足してる場合やない、早う! 早う焼いて食べさせてえや!」
「フッ……飢えておるなランスローネよ。だがまだ我慢せよ。料理は逃げはせんぞ」
 シャルマーニが指を鳴らすと、料理人たちが雌牛を厨房へと運んで行く。
「先ずは、祝杯だ! ランスローネ、音頭を取れ!」
「へ? うちが?」
「今宵の宴の主役は貴様だ。ならば、貴様が盛り上げるのだ!」
「しょうがないなあ」
 ランスローネは麦酒の入った酒杯を手に壇上に立つ。
「ええと……うちは、口下手やし、早くお肉を食べたいから、あんまし長話はやめとくわ。
 うちの生まれ故郷で、『ダヴォール』って、乾杯を意味する古い言葉があんねん。うちが、ダヴォールって言ったら、みんなダヴォールて叫んでな。ほな、『蛇の道』開通と、うちの工兵長就任を祝ってぇ、ダヴォール!」
「「「ダヴォール!」」」
 ランスローネの音頭に、シャルマーニをはじめ大広間の一同が酒杯を掲げて唱和し、熱気は沸点に達した。
​ 厨房から次々と運ばれてくるのは、シャルマーニが自ら牛刀を振るった『黄金牛』だ。炭火で炙られた断面から、黄金色の脂がパチパチとはじけ、エルバニアの豊かな大地を凝縮したような芳醇な香りが広間に満ちる。
​「……ん、んんん~~~っ! なんやこれ、歯がいらんくらいトロけるわ!」
 ランスローネは、溢れる肉汁を口いっぱいに頬張り、至福の表情で身悶えた。
 溢れ出す脂の甘みが、彼女の細胞一つひとつに染み渡っていくのだ。
​ 盛況な祝宴は夜が明けるまで続いた。
 極上の肉と、最高級の酒、そして『蛇の道』を成し遂げた達成感。
 理性のタガが外れたのは、誰のせいでもなかっただろう。
​ 翌朝──。
 アイゼン・ガルドの涼やかな朝陽が、領主館の客室に差し込んでいた。
​(……ふぅ。……よく寝た。……なんや、昨日は変な夢見た気がするけど……)
 ランスローネは、微かな温もりに包まれて目を覚ました。
 頭の下には、頼もしい弾力のある「枕」が。
​ おそるおそる目を開けると、そこには、同じベッドの中で眠るロランドの無防備な顔があった。
​「──ッ!?!?!?!?!?!?!?」
​ その瞬間、昨夜の「記憶」が、濁流のように脳内に流れ込んできた。

『ランスローネ……愛している』

 肉と酒の勢いに任せ、ロランドの逞しい腕に抱かれ、耳元で名前を呼ばれた時の、あの震えるような感覚を。

『あんっ、ロランドはぁん、うちのおっぱいすきなん?』
『もっと味わいたいぞお!』

 お互いの熱を求め合った甘美で、濃厚で、狂おしいほどに熱かった行為を──。

​ そして、ロランドもまた、ゆっくりとその目を開けた。
 至近距離で目が合う二人。ロランドの瞳にも、自分と同じ「鮮明な記憶」が宿っていることを、ランスローネは瞬時に悟った。
​「ランスローネ……其方、昨夜は、その……」
「あ………」
​ ランスローネの美貌が、アイゼン・ガルドの全ての溶鉱炉を合わせたよりも赤く染まった。
​「あ、あ、あああああああ…………記憶を、失えぇええええええええッ!!!!!」
​​ 静かな朝の館に、昨日を上回る超高速の往復ビンタが響き渡った。
「ぬ、ぬぉおお!? 待て! 拙者も不可抗力──ぶふぉっ!」
「聞かん! 何も聞かん! 忘れるまで叩き続けたるわぁあ!」
​ 窓の外では、新しく敷設された『蛇の道』を、今日も馬車の車輪が賑やかに通り過ぎていく。
 ハーフエルフの工兵長と、不憫な騎士の「本当の物語」は、まだ始まったばかりであった。
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