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05-貧民街
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マクレインの家から逃げ出して、ひと月が経った。
俺のことは王国中に知れ渡っていて、行く当てなどどこにもなかった。そんな中で、俺たち兄妹に取れる選択肢があるわけもなく……。
「……ふう、これで、今日の飯は何とかなりそうだ」
鉄くずが大量に入ったずだ袋を引きずりながら、独り言をつぶやく。スラム街で暮らすようになってから、独り言が増えた。
運んでいる鉄くずは、ありていに言えばゴミだ。ゴミだが、一部の金属からはごく稀に魔力に反応する特殊な金属が生成できる。それ以外にも鍋やら農具やらに再利用されるので、ある程度まとめて持っていけば少しのお金と交換してくれる。
「おい、今日も交換頼む」
粗末な掘立小屋が並ぶ中で唯一、煉瓦で作られた店。そこのドアを蹴りあけながら要件を言う。
「今日もか……。毎日毎日、片腕でご苦労なこったな……」
「そりゃあ、俺一人の生活じゃ、ないからなっ……と」
ドンっ、と目の前のカウンターにずだ袋を置く。
交換をしてくれるのは、このスラムを根城にしている情報屋だ。二十歳くらいに見える青年。スラム街にいるというのに、どことなく身ぎれいで、生活に困っている様子のない不思議な男だ。
目の前に置かれた鉄くずの山を見た情報屋は、少し表情を曇らせる。
「っどうした?」
「いや、こう連日持ってこられるとな、買取も安くなる。供給過多ってやつだ」
「……そうか」
青年が雀の涙ほどの貨幣をこちらに寄越す。その量は昨日の半分ほどにしか見えなかった。自然、ため息が漏れる。
「んー、まあそう落ち込むな。毎日この量持ってこれるのはスラムでもお前くらいだ。数日空ければまた値段も戻るさ。っはは、まったく、どんな体力してるんだか」
沈んだ俺の表情を見て、青年は気遣うように明るい声を出す。
「そうか……。じゃあ明日からは薬草のほうを探してみるか……」
「そうだな。一日の稼ぎなら金属の次に実の入りがいい。運が良ければ上級治癒薬用の薬草や、調合に使える発火草も手に入るしな。……ふむ、一つ穴場を教えてやろう」
「本当か!?」
その申し出に思わず飛びつく。すると情報屋は苦笑いを浮かべながら言った。
「ああ。ただし、他のやつらには教えるなよ? 前にも言ったが、スラム街では――」
「協力はしても馴れ合うな、だろ? あんたが最初に教えてくれたことだ」
「ふ、覚えているならいい」
最初に教えてくれたこと……。そう、他のスラムの住民が俺とメイアを遠巻きに嫌な目で見る中、情報屋だけはなにかと協力してくれた。何か裏があるのではと勘繰りたくなるほどだったが、生活のため、すぐにそんなことは言っていられなくなった。
そして実際、情報屋を頼るようになって、俺たちは何とか生活できるくらいに安定した。
「なあ、その言葉だけど、なんでそんなことを言いながら、あんたは俺たちに協力してくれるんだ?」
「そりゃあお前……」
情報屋は少しだけ言いよどんだが、すぐに言葉を続ける。
「お前が働いてくれたら、芋づる式に俺が儲かるからだよ。だからこれは馴れ合いじゃない。協力だ」
「なるほど、納得だよ」
これで「善意の施しだ」なんて言われたら、俺はこの情報屋を頼れなくなっていただろう。だって、ここはスラム街だ。誰もが今日を生きるのに必死になって、明日を夢見れない夜を過ごしている。
誰かを食い物にしてまで、俺は明日を生きたくなかった。
「それじゃあ、また明日来るよ」
「馬鹿が。少しは休め」
情報屋の皮肉交じりの忠告に、愛想笑いを返して俺はその店を後にした。
◇
「はぁーあ」
ひと月前に現れたあの坊やが店から出て、俺は盛大にため息をついた。何と言ったって、あいつが来るたびにこちらは赤字を被るからだ。
カウンターの内側にある、大量のずだ袋が視界に入る。満杯になるまで鉄くずが詰め込まれたずだ袋だ
「不純物が多い金属なんて、もうこの国には有り余ってるんだよ……」
我ながら何やってんだか。スラム街では、他人に甘さを見せたやつから死んでいく。餓死、病死、……それに他殺も。
あの坊や相手に、こんなことをしている理由。それはただ、他人事だとは思えなかった。それだけのことだった。
「……このまま、薬草採取に専念してくれないかな~」
ありえないだろう期待を込めて、俺はため息交じりにつぶやいた。
坊やが出て行ったあと、しばらくして再びギィっと扉が開いた。
「なんだ、これ以上は情報はやらんぞ」
坊やが戻ってきたのかと思い、そんな声をかける。もっとも、あいつがそんなことを要求するとは思っていないが。
「よう、久しぶりだな情報屋」
そんなことを考えていたものだから、入ってきた相手を見て若干の驚きを覚えた。
「おお、久しぶりだなあ、おっさん。しばらく見なかったもんだから、どこぞで野垂れ死んじゃないかって噂になってたぜ」
店に来たのは、以前、よく買い取りをしていたおっさんだった。大体二週間ぶりだろうか? ほぼ毎日店に来ていただけに、少し間が開いただけで心配に思っていた。
「少し来ないうちに、常連の座が奪われちまったぞ?」
冗談めかしてそういうと、おっさんは半笑いのような諦めのような、よくわからない顔をした。
「そう、俺が今日来たのはそのことなんだよ。あれだろ? あの、ぽっと出の坊主」
「ああ、知ってたのか。まあ、毎日あれだけのもの運んでりゃあ目立ちもするか」
運んでいる量も、運んでいる物も、ここの住民からすれば意味が分からないだろう。金属の買い取りはもう金にならない。それがここでの常識だ。坊やはしっかり者だと思うが、そんな事情を知ってるのは実際に鉄を扱ってる鍛冶師か金物屋か、あるいは俺たちのような底辺の人間だけだからな。
「珍しいな、お前が個人に肩入れするなんて。鉄くずの買い取り価格なんて、もうずっと下がりっぱなしだ。だから俺たちも手を出さない。魔法金属の精錬で残った鉄くずが、市場に余りまくってるからな。馴れ合いはしないんじゃなかったのか?」
先ほど坊やと交わした会話をなぞるようで、自然と口元が緩んだ。
「はは、あれは協力だよ。鉄くずの件は、言ってみりゃ先行投資だな」
「……そんなんだから新入りが調子に乗るんだよ」
その言葉に、不穏なものを感じ聞き返す。
「何かあったのか?」
「なに、物騒なことじゃない。あいつ、俺には鉄があるからっつって、貴重な薬草を見ず知らずのけが人に渡したんだ」
返ってきた予想外の答えに、俺はあきれて肩をすくめた。
「まったく、あのお人好しめ」
「……まあ、そのけが人ってのが、俺なんだがよ」
おっさんの自嘲気味な顔に思わず吹き出す。
「っぷ、ははは! なるほどなるほど。それで、ちゃんと礼はしたのか? 見返りは?」
「それをしたくて、ここにきたのさ」
「そりゃタイミングが悪い。坊やなら、今日はもう来ないと思うぜ」
そう告げると、おっさんは「そうじゃないんだ」と口を開く。
「あいつの住処を教えてくれ。直接、礼が言いたい」
直接、か。まあそれが一番いいが……。
訳もなく、逡巡する。なんとなく、今日のおっさんに変なものを感じていた。違和感というか、焦燥感というか、……そう、何かをしなければならないという使命感みたいなものを感じる。だがそれは、坊やに感謝を伝えに行く、なんて小さなことではないと思えた。
「それは構わないが、……ほら、西の広場を抜けた先に、香辛料の群生地があっただろう? あそこの近くだよ」
「ほう、よく他のやつらがあそこを根城にすることを許したもんだ。だが、なるほど。道理で見つからないわけだ。……感謝するよ、情報屋」
そう言っておっさんは出て行った。俺に違和感を植え付けたまま。
「そういえば、今から礼をする、んだよな? あいつにはスラムの後払いは信用するなとちゃんと教えたはずだが……まさか、な」
嫌な予感、なんて大それたものではない。言ってしまえば、虫の知らせとかそんな程度の、あやふやな気配のようなもの。それでも俺は、おっさんの後を追うようにして店を出た。
これが普通の、いわゆるスラム街の住民同士の諍いならここまでのことはしない。だがあの坊やは……ジーンは普通の住民じゃない。
それがさらに、俺の不安を加速させた。
俺のことは王国中に知れ渡っていて、行く当てなどどこにもなかった。そんな中で、俺たち兄妹に取れる選択肢があるわけもなく……。
「……ふう、これで、今日の飯は何とかなりそうだ」
鉄くずが大量に入ったずだ袋を引きずりながら、独り言をつぶやく。スラム街で暮らすようになってから、独り言が増えた。
運んでいる鉄くずは、ありていに言えばゴミだ。ゴミだが、一部の金属からはごく稀に魔力に反応する特殊な金属が生成できる。それ以外にも鍋やら農具やらに再利用されるので、ある程度まとめて持っていけば少しのお金と交換してくれる。
「おい、今日も交換頼む」
粗末な掘立小屋が並ぶ中で唯一、煉瓦で作られた店。そこのドアを蹴りあけながら要件を言う。
「今日もか……。毎日毎日、片腕でご苦労なこったな……」
「そりゃあ、俺一人の生活じゃ、ないからなっ……と」
ドンっ、と目の前のカウンターにずだ袋を置く。
交換をしてくれるのは、このスラムを根城にしている情報屋だ。二十歳くらいに見える青年。スラム街にいるというのに、どことなく身ぎれいで、生活に困っている様子のない不思議な男だ。
目の前に置かれた鉄くずの山を見た情報屋は、少し表情を曇らせる。
「っどうした?」
「いや、こう連日持ってこられるとな、買取も安くなる。供給過多ってやつだ」
「……そうか」
青年が雀の涙ほどの貨幣をこちらに寄越す。その量は昨日の半分ほどにしか見えなかった。自然、ため息が漏れる。
「んー、まあそう落ち込むな。毎日この量持ってこれるのはスラムでもお前くらいだ。数日空ければまた値段も戻るさ。っはは、まったく、どんな体力してるんだか」
沈んだ俺の表情を見て、青年は気遣うように明るい声を出す。
「そうか……。じゃあ明日からは薬草のほうを探してみるか……」
「そうだな。一日の稼ぎなら金属の次に実の入りがいい。運が良ければ上級治癒薬用の薬草や、調合に使える発火草も手に入るしな。……ふむ、一つ穴場を教えてやろう」
「本当か!?」
その申し出に思わず飛びつく。すると情報屋は苦笑いを浮かべながら言った。
「ああ。ただし、他のやつらには教えるなよ? 前にも言ったが、スラム街では――」
「協力はしても馴れ合うな、だろ? あんたが最初に教えてくれたことだ」
「ふ、覚えているならいい」
最初に教えてくれたこと……。そう、他のスラムの住民が俺とメイアを遠巻きに嫌な目で見る中、情報屋だけはなにかと協力してくれた。何か裏があるのではと勘繰りたくなるほどだったが、生活のため、すぐにそんなことは言っていられなくなった。
そして実際、情報屋を頼るようになって、俺たちは何とか生活できるくらいに安定した。
「なあ、その言葉だけど、なんでそんなことを言いながら、あんたは俺たちに協力してくれるんだ?」
「そりゃあお前……」
情報屋は少しだけ言いよどんだが、すぐに言葉を続ける。
「お前が働いてくれたら、芋づる式に俺が儲かるからだよ。だからこれは馴れ合いじゃない。協力だ」
「なるほど、納得だよ」
これで「善意の施しだ」なんて言われたら、俺はこの情報屋を頼れなくなっていただろう。だって、ここはスラム街だ。誰もが今日を生きるのに必死になって、明日を夢見れない夜を過ごしている。
誰かを食い物にしてまで、俺は明日を生きたくなかった。
「それじゃあ、また明日来るよ」
「馬鹿が。少しは休め」
情報屋の皮肉交じりの忠告に、愛想笑いを返して俺はその店を後にした。
◇
「はぁーあ」
ひと月前に現れたあの坊やが店から出て、俺は盛大にため息をついた。何と言ったって、あいつが来るたびにこちらは赤字を被るからだ。
カウンターの内側にある、大量のずだ袋が視界に入る。満杯になるまで鉄くずが詰め込まれたずだ袋だ
「不純物が多い金属なんて、もうこの国には有り余ってるんだよ……」
我ながら何やってんだか。スラム街では、他人に甘さを見せたやつから死んでいく。餓死、病死、……それに他殺も。
あの坊や相手に、こんなことをしている理由。それはただ、他人事だとは思えなかった。それだけのことだった。
「……このまま、薬草採取に専念してくれないかな~」
ありえないだろう期待を込めて、俺はため息交じりにつぶやいた。
坊やが出て行ったあと、しばらくして再びギィっと扉が開いた。
「なんだ、これ以上は情報はやらんぞ」
坊やが戻ってきたのかと思い、そんな声をかける。もっとも、あいつがそんなことを要求するとは思っていないが。
「よう、久しぶりだな情報屋」
そんなことを考えていたものだから、入ってきた相手を見て若干の驚きを覚えた。
「おお、久しぶりだなあ、おっさん。しばらく見なかったもんだから、どこぞで野垂れ死んじゃないかって噂になってたぜ」
店に来たのは、以前、よく買い取りをしていたおっさんだった。大体二週間ぶりだろうか? ほぼ毎日店に来ていただけに、少し間が開いただけで心配に思っていた。
「少し来ないうちに、常連の座が奪われちまったぞ?」
冗談めかしてそういうと、おっさんは半笑いのような諦めのような、よくわからない顔をした。
「そう、俺が今日来たのはそのことなんだよ。あれだろ? あの、ぽっと出の坊主」
「ああ、知ってたのか。まあ、毎日あれだけのもの運んでりゃあ目立ちもするか」
運んでいる量も、運んでいる物も、ここの住民からすれば意味が分からないだろう。金属の買い取りはもう金にならない。それがここでの常識だ。坊やはしっかり者だと思うが、そんな事情を知ってるのは実際に鉄を扱ってる鍛冶師か金物屋か、あるいは俺たちのような底辺の人間だけだからな。
「珍しいな、お前が個人に肩入れするなんて。鉄くずの買い取り価格なんて、もうずっと下がりっぱなしだ。だから俺たちも手を出さない。魔法金属の精錬で残った鉄くずが、市場に余りまくってるからな。馴れ合いはしないんじゃなかったのか?」
先ほど坊やと交わした会話をなぞるようで、自然と口元が緩んだ。
「はは、あれは協力だよ。鉄くずの件は、言ってみりゃ先行投資だな」
「……そんなんだから新入りが調子に乗るんだよ」
その言葉に、不穏なものを感じ聞き返す。
「何かあったのか?」
「なに、物騒なことじゃない。あいつ、俺には鉄があるからっつって、貴重な薬草を見ず知らずのけが人に渡したんだ」
返ってきた予想外の答えに、俺はあきれて肩をすくめた。
「まったく、あのお人好しめ」
「……まあ、そのけが人ってのが、俺なんだがよ」
おっさんの自嘲気味な顔に思わず吹き出す。
「っぷ、ははは! なるほどなるほど。それで、ちゃんと礼はしたのか? 見返りは?」
「それをしたくて、ここにきたのさ」
「そりゃタイミングが悪い。坊やなら、今日はもう来ないと思うぜ」
そう告げると、おっさんは「そうじゃないんだ」と口を開く。
「あいつの住処を教えてくれ。直接、礼が言いたい」
直接、か。まあそれが一番いいが……。
訳もなく、逡巡する。なんとなく、今日のおっさんに変なものを感じていた。違和感というか、焦燥感というか、……そう、何かをしなければならないという使命感みたいなものを感じる。だがそれは、坊やに感謝を伝えに行く、なんて小さなことではないと思えた。
「それは構わないが、……ほら、西の広場を抜けた先に、香辛料の群生地があっただろう? あそこの近くだよ」
「ほう、よく他のやつらがあそこを根城にすることを許したもんだ。だが、なるほど。道理で見つからないわけだ。……感謝するよ、情報屋」
そう言っておっさんは出て行った。俺に違和感を植え付けたまま。
「そういえば、今から礼をする、んだよな? あいつにはスラムの後払いは信用するなとちゃんと教えたはずだが……まさか、な」
嫌な予感、なんて大それたものではない。言ってしまえば、虫の知らせとかそんな程度の、あやふやな気配のようなもの。それでも俺は、おっさんの後を追うようにして店を出た。
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