君に永遠の愛を

美珠

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1巻

1-2

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 優大は結婚して幸せだからこそ、余計に侑依のことが心配なのかもしれない。
 年の近い彼とは同僚だけど、仲の良い友人でもあった。
 だから、バカだと言って呆れながらも、こうして気にかけてくれるのだろう。

「わかってる。ありがと、優大」

 侑依の言葉に再び大きなため息をつきつつ、彼は「行くぞ」と、侑依の肩を押した。
 気持ちを切り替え、今日もきちんと仕事をしなければと思う。けれど、侑依の頭からは、なかなか冬季の顔が消えてくれなかった。



   2


 侑依が冬季と出会ったのは、今から一年半くらい前だったと思う。そのきっかけは、侑依が坂峰製作所に就職したことだった。
 大学在籍中に事務に必要そうな資格や秘書検定などを取っていたのは、なんとなく就職に有利になるだろうと思ってのことだった。
 それもあってか、四年の春には、すでに大手企業から内定をもらっていた。けれど同じ頃、偶然工学部の友達に見せてもらったある機械の精密さに一瞬で心を奪われてしまった。
 寝ても覚めてもそれが頭を離れず、侑依は思い切ってその機械を作った町工場まちこうばを訪ねた。
 そこが、坂峰製作所だったのだ。
 坂峰製作所は小さな町工場まちこうばながら大手企業を相手に手堅い仕事をしており、確かな信用と実績を築いている会社だった。また、この製作所の技術でしか作れない部品をいくつも持っていて、国内外の幅広い企業と取引があった。
 少数精鋭の社員たちは誰もがプライドを持って仕事をしており、手作業で寸分たがわぬ精密機械の部品を作り上げている。その高い技術に感動した。
 ただ一度の見学で、侑依はすっかり坂峰製作所に惚れこんでしまった。この会社は、どこの大企業にも負けない素晴らしい会社だと信じて疑わなかった。
 こういう会社で働いてみたいと心から思った瞬間、侑依は内定を断る決意をした。
 当然、周囲からは強く反対された。
 大手企業に勤めれば、たくさんお給料がもらえて安定した生活が送れると説得された。
 そして坂峰製作所からも、前途ある若者の可能性を奪うことはできないと首を横に振られた。けれど侑依はどうしても諦めきれず、何度も坂峰製作所に通い続けた。最終的に、相手が折れる形で、就職させてもらえたのだ。
 やっぱり周囲にはいい顔をされなかったけれど、侑依が製作所で仕事を始めてからは、徐々に何も言われなくなった。
 そうして大学を卒業して四年。
 二十六歳になった侑依の肩書は事務員兼社長秘書となり、経営方針について意見を求められるまでになっていた。
 両親や親友、そして会社の同僚や社長にも認められ始めた頃、侑依は坂峰製作所が招待されたある大企業のパーティーに誘われた。
 本来なら侑依は出席できないのだが、社長の大輔だいすけが侑依を連れて行くと言い出したのだ。パーティー出席なんてとんでもない、と最初は断ったけれど、社長みずから熱心に誘ってくれて、興味もあったことから行くことに決めた。
 そうしてパーティー当日。侑依は、坂峰製作所の社長夫婦と、その息子の優大と一緒に会場へ足を踏み入れたのだ。
 初めて行ったパーティー会場は、とにかく素晴らしいの一言に尽きた。
 大きなテーブルがいくつも並べられ、白いクロスの上にはシャンパングラスやワイングラスが置かれている。
 それぞれの席には、綺麗にカトラリーがセッティングされていて、乾杯の前にシャンパンをいでもらった。

「凄いね、優大」
「ああ。今回は特に盛況だ。料理も凄いし、招待客も去年より多い気がする」

 優大の言葉に頷きつつ、侑依は周囲に視線を向ける。

「こんな大きなパーティーに招待される坂峰製作所って、やっぱり凄いね」

 改めて自分の勤める会社の凄さを実感した。
 あの時の侑依の選択は間違っていなかったと心から思う。
 パーティーを主催している有名電気機器メーカーへ、坂峰製作所は部品提供をしていた。たった一つの部品だが、メーカーにとって必要不可欠な部品である。坂峰製作所が特許を取得している、他に真似のできない高い技術によって作られた部品だ。
 もちろん、坂峰製作所にとっても、このメーカーとの取引は大きい。小さな町工場まちこうばにとって、大企業との取引はそれだけで大きな信用につながるからだ。

「ああ、凄いよな。きっとここで俺らの会社の名前を言ったって誰も知らんだろうけど、誇りに思うよ。もし万が一契約を切られることになったって、実績は残る」

 自信を感じさせる優大の言葉に、侑依も背筋が伸びる思いだった。

「おい優大、契約を切られることになっても、とか冗談でも言うなよ。そうされないだけの技術を、ウチは持っているんだからな」

 隣から口を挟んでくる大輔に、優大は肩をすくめた。

「侑依ちゃんにも、知って欲しかったんだよ。四年前、熱心に就職させてくださいと言って、何度もウチに足を運んでくれたね。最初こそ、若い女の子だしきっと長続きはしないだろうと思っていた。けど、なかなかどうして根性があって、今ではウチになくてはならない存在になった。そんな侑依ちゃんに、ウチはこんな大きな会社のパーティーに招待される会社なんだぞって、教えてあげたかったんだ」

 そう言って大輔は、広い会場を見渡した。
 その顔には、優大と同じ自信と誇りが浮かんでいる。
 大輔の隣でその妻が言いすぎよ、と言ってにこやかに笑う。けれど、きっと彼女も自分の会社が凄いということを信じて疑っていない。

「はい。本当に凄いです。私は坂峰製作所の一員にしていただけて、本当に嬉しいです」

 侑依はこの場所にいるだけでお腹がいっぱいになる気がした。会場の華やかな空気に当てられて、ついワインを飲みすぎてしまいそうになる。
 いけないいけない、と自重じちょうを心がけた。

「はぁ……」

 アルコールのせいで、少し熱くなった息を吐き出すと、隣のテーブルから女性の話し声が聞こえてくる。どうやら彼女たちは、パーティー会場で素敵な男性を見つけたらしい。

「彼、素敵ね……何関係で招待されているのかしら。私たちと同じように端っこの席だから、業務提携している中小企業?」
「違うわよ。彼、法律関係の人らしいわ。さっきからずっと気になってて、ちょっと情報収集しちゃった。なんか希望して席を端にしてもらったみたいだけど、彼とその隣にいる女性、このパーティーを主催する会社の法務関係一切を引き受けているらしいわよ」

 ヒソヒソ話にしては大きな声だから、つい聞き耳を立ててしまう。

「えっ、じゃあ、彼って弁護士!?」
「ええ、きっと。着ているスーツも良さそうだから、収入も凄いでしょうね。だって、あんなに若いのに大企業の弁護士よ?」
「ねえ、後で話しかけに行かない?」
「そうね。もしかするともしかして、みたいなこともあるかもだし?」

 そうして、うふふ、と笑い合う女子二人。そんな彼女たちを見ながら、侑依は美味おいしい料理を味わいつつ、ワイングラスに口を付けた。
 そのまま何気なく彼女らの視線の先に目を向けた侑依の動きが、ぴたりと止まる。

「……っ」

 思わず二度見してしまった。そして、何度もまばたきを繰り返す。
 きっと今、侑依はかなりバカっぽい仕草をしていると思う。せめてワイングラスを口から離して、と思うが、そんなことにすら頭が回らなかった。
 侑依がいるテーブルは、先ほど盛り上がっていた女性たちの隣だ。そして〝彼〟がいるのは、女性たちの反対隣のテーブル。つまり、侑依にとってはテーブルを一つ挟んだ向こう側。
 そこには、女性たちが騒ぐのも納得の素敵な男性が、年上の女性と談笑していた。
 侑依は目聡めざとく、その女性の左手薬指に指輪があるのを見つける。そして、素敵な彼の指には指輪がないことも確認してしまった。
 ワインに酔ったのだろうか。なんだか、ドキドキして胸が苦しい。
 少し落ち着こうと一度目を閉じて、再び開けた瞬間――彼とばっちり目が合った。

「んふっ……」

 咄嗟とっさにワイングラスに口を付けたまま会釈えしゃくをして、慌てて視線を外す。
 侑依は動揺のあまり、自重じちょうしなければと思っていたワインをゴクゴクと飲んでしまった。

「おい! 一気にそんなに飲んで大丈夫か?」

 隣で優大が小さく注意してくるが、構わず飲み干してしまう。

「あ……凄く喉が渇いちゃって……お水も飲むから、大丈夫」

 はぁ、と息を吐くと一気に酔いが回った気がした。ヤバいな、と顔を手でパタパタあおぎながら、水を一口飲む。
 そうして一息ついたところで、彼と目が合ったのは気のせいかもしれないと思い始めた。
 だからもう一度、ちらりと視線を向ける。すると、こちらを見ていたらしい彼が、にこりと笑った。
 つられたように侑依も微笑み、ぎこちなく彼から視線を外す。

「おい、顔赤いぞ。大丈夫か?」

 優大が心配そうに横から顔をのぞき込んできた。こくりと頷いた侑依は、おもむろにグラスの水を飲み干す。

「ちょっと酔いを覚ましてくるね。すぐに帰ってくるから」
「気を付けろよ」

 優大は心配そうな顔をしたが、そこまで酔っていないと判断したらしい。彼とはよく飲みに行くし、侑依が酒に強いことを知っているからだろう。
 どうせなら化粧直しもしてこようと思い、クラッチバッグを手に会場の外に出る。

「ふう……やっぱり、会場内の熱気って凄いよね……」

 廊下に出た途端、少し落ち着いた感じがした。もしかしたら、知らずに人々の熱気や高揚した雰囲気に当てられていたのかもしれない。クールダウン目的で外をぶらぶらしてから戻ろうと思った。会場の外は人もまばらで、侑依は目についた化粧室へ入る。
 用を済ませた後、鏡を見て口紅を塗り直した。

「目元はまだキレイだな」

 メイクがヨレていないのを確認しつつ、髪の毛に触れる。
 初パーティーということもあり、気合を入れて美容室でセットしてもらった。まっすぐな黒髪に軽くウェーブをつけ、ゆるくまとめ上げた髪形は、自分でも凄く可愛いと思う。
 奮発して買った、セットアップのパンツスタイルの色はグレイッシュピンク。黒いドレスが多い中、明るい色味が華やかに見えて、ちょっと目を引くかもしれない。
 だからきっと、あの素敵な彼と目が合ったのだろう。

「それにしたって……ため息が出るくらいイケメンだった……あれで弁護士かぁ」

 モテてモテてしょうがないだろうな、と勝手な推測をつぶやく。
 大体、侑依を見てにこりと笑ったあの顔は、明らかにルール違反もいいところだ。

「あんなイケメンに突然微笑まれたりしたら、びっくりしてお酒も一気に飲んじゃうよ」

 脳裏に浮かんだ彼の顔を、頭を左右に振って追い出す。
 侑依は無駄に入った力を抜くため、一度ぐっと肩を上げて、ふーっと息を吐きながら肩から力を抜いた。そうして、よし、と気持ちを切り替えて化粧室を出る。
 会場へ向かって歩いていると、入り口の近くで先ほどのイケメンが女性二人に囲まれていた。が、お世辞にも楽しそうとはいえない様子が見て取れる。
 他人事ひとごとではあるが、イイ男は大変だなと思った。侑依はできるだけ遠回りをして入り口に向かう。
 ところが彼は、微笑んで侑依に近づいてきた。

「ああ、よかった。あなたにお話があったんです。先日ご相談いただいた契約トラブルについて、少しお話をさせていただきたいんですが……」
「えっ?」

 意味がわからず首をかしげる。その間に、彼はついてきた女性二人に「すみません」と言った。

「この方と大切な話があるので、失礼していいでしょうか?」

 にこりと笑うと、二人の女性は頬を染めてあっさり引き下がる。
 侑依はその様子を間近で見て、イケメン効果の凄さを実感した。

「では、あちらで少しお話を」

 そう言って軽く背中を押されて、思わず肩に力が入る。
 今日はヒールの高いパンプスを履いているにもかかわらず、彼は侑依より頭一つ分以上背が高い。その身長差にドキドキしてしまう。
 同時に、女性二人から離れたかった彼に、都合よく使われたらしいのを、ちょっとだけ不快に思った。けれど、少し離れた場所にあるソファーに並んで座り、改めて彼の顔を見た瞬間、その気持ちはどこかへ行ってしまう。
 綺麗な二重目蓋ふたえまぶたをした切れ長の大きな目。それはちょっと日本人にはないような、くっきりと美しい形をしている。すっと通った鼻筋にシャープなあごのライン、薄すぎない唇の形も綺麗だった。
 テレビに出たら一発で話題になるだろうと思うくらい、彼には人の目を惹きつけてやまない端麗たんれいさがある。
 また、着ているスーツも、近くで見ると凄く良いものっぽい。男の人のスーツはどれも同じようなものだと思っていたけれど、そうではないとはっきりわかった。
 彼はチャコールの三つ揃いのスーツを着ていたが、中に着ているシャツは薄いグリーン。そこに濃いモスグリーンのネクタイを合わせている。
 同じように見えがちなスーツなのに、シャツでさりげなく差をつけるなんてオシャレだ。

「助かりました、ありがとう」

 そう言って、イケメンが微笑みながら軽く頭を下げてくる。
 遠くから見ても素敵だと思っていたのに、近くで微笑まれるとその威力が倍になったように感じて困ってしまう。
 しかも彼の声は、耳に心地いい低音で、とても侑依好みだった。
 あまりのカッコよさに直視ができず、侑依は微妙に視線を外して頷く。

「いえ、はい……じゃあ、あの……私は、これで……」

 ここにいるとますます困りそうな気がして、早くこの場から離れたくなった。なのに、立ち上がろうとしたら手首をつかまれて、心臓が跳ね上がる。

「もう少しいいでしょう? また彼女たちに捕まると面倒なので」

 結構はっきり言うなぁ、と侑依はまばたきをして彼を見た。

「それに、君と話がしたいと思ったんですが」
「は……?」
「君と話がしたいと思ったんです」

 同じことを二度言われた。
 なんと言うか、彼の言い方はストレートではっきりしている。それに、どこか不器用な感じ。もしかしたら、同じことを二度言ったのも、侑依に聞こえなかったと思ったからかもしれない。

「言っていること、聞こえませんでした?」

 しばらく返事をしなかったら、首をかしげながらそう言われた。
 この距離で聞こえないわけがないだろうと思いつつ、やっぱり彼は不器用なのかな、と感じる。

「聞こえましたよ」

 再びソファーに座って口を開くと、彼の表情がやわらいだ。

「君の声を聞きたかった」
「は……?」

 何を言っているんだ、と軽く眉を寄せる。すると、彼も同じように眉を寄せた。

「何かおかしなことを言ったかな?」
「いえ……ただ、どうして、私なんかの声を?」

 戸惑いの表情を浮かべる侑依に、彼は少し考える仕草をした後、かすかに笑みを浮かべる。

「目が合ったから?」

 疑問形で言われて、こっちの方が首をかしげたくなった。
 イケメンだけど、不思議な人だと思いながら彼を見つめる。そんな侑依を、彼も見つめ返してきた。しばらく無言で視線を合わせ、互いに何度もまばたきをする。
 実際の時間より、長く見つめ合っていたような気がした。不思議なことに、相手への好意を覚える前に、ずっとこうしていたいという気持ちにとらわれる。
 なんで、どうして、と冷静な部分で考えるけれど、それとは別の感覚的なものに支配されていて、思考が上手うまくまとまらない。

「それに、可愛い人だと思って。君が席を立ったから、僕も立ったんだ」
「……さっきのお二人は?」

 侑依は、ぼんやりしたまま尋ねる。

「隣のテーブルだったのは知っているけど、会場を出た途端声をかけられて。実は、かなり困っていたんです」
「きっと、あなたとお話ししたかったんですね」
「そうでしょうね」

 あっさり肯定した彼は、悪びれることなくにこりと笑う。
 ここまではっきりしていると、なんだか気持ちよく感じるから不思議だ。それに、彼の容姿は「そんなことないです」と、はにかんで否定するようなレベルじゃない。

「イケメンですもんね、わかります」

 頷いて、侑依は彼を見上げる。

「ありがとう。君も可愛いですよ。思わずついて行きたくなるくらいには」

 何度も可愛いと言われて、なんと答えていいかわからない。
 だって、どう考えても自分の容姿より彼の容姿の方が優れている。
 確かに、これまでも人に可愛いよと言ってもらったことはあるけれど、社交辞令の範囲だ。
 それに、この年にもなれば、女の子同士の可愛いと、男から見た可愛いが違うということくらい理解していた。

「あなたみたいな人からめられるほどの容姿じゃないと思うんですけど……」

 侑依の容姿は普通だ。それに、コンプレックスも結構ある。日本人らしい低い鼻だとか、ぼんやりして見える二重目蓋ふたえまぶただとか。

「じゃあ、君が僕の好みなんだろう。一目惚れってありえないと思っていたけど、実際あるんだなって……今、身をもって体験している最中」

 優しい眼差しに、心臓が跳ね上がる。
 こんな素敵な人が、侑依に好意を持つなんてありえない。もしかしてかつがれているのでは、と、侑依は騒ぐ鼓動を必死に抑える。そして、なんとか平静をよそおって微笑み返した。

「カッコイイ人が、そんなことを軽々しく言ったりしたらダメですよ。……本気にしたら、酷い目にいそう」
「本気にしてくれないと困る。今頃上司は、女性の後を追いかけていった僕に呆れているだろう。これでフラれたりしたら、きっとヘタレ扱い確定だ」

 彼の言葉に心が揺さぶられる。侑依の心臓はずっと高鳴りっぱなし。
 彼の言う一目惚れじゃないけれど……こんな風に出会ってすぐに惹かれることなんてないと思っていた。けれど、そんな出会いが本当にあるのだと驚いてしまう。
 確かに、パーティー会場で彼を一目見た瞬間、視線が釘付けになった。それに目が合った時は、心が騒いで思わずワインを一気飲みしたほど。

「それって、私をからかっているわけじゃないですよね?」

 侑依は、息苦しさを感じながら彼に問いかける。

「これでも信頼が売りの職業でね。仕事で嘘をつくことはあるけど、今は本当のことしか言ってないよ」

 やっぱり彼は、はっきりした物言いをする。信頼が売りと言いながら、仕事で嘘をつくと正直に言ってしまうし。

「君はこのパーティーを主催している会社の招待客?」
「一応、そうです。今日は、社長に連れて来ていただいて」

 侑依はバッグを開けて、中から名刺ケースを取り出した。

「坂峰製作所で事務員をしております、米田よねだ侑依です」

 軽く頭を下げながら名刺を差し出す。彼は侑依の名刺を両手で受け取った後、スーツの内ポケットから名刺ケースを取り出し、侑依に名刺を差し出した。

「比嘉法律事務所で弁護士をしております、西塔冬季です。このパーティーを主催する会社の顧問弁護士を務めています」

 名刺を両手で受け取った侑依は、何度もまばたきをして彼と名刺を見比べた。そういえば、隣のテーブルの女性たちが、彼はこのパーティーを主催する会社の法務関係一切を引き受けているらしい、と言っていたのを思い出す。
 あれは本当のことだったのか……! と侑依は、驚きに目を丸くした。

「と言っても、上司とともに顧問をしているんだけどね。他にここと同じ規模の企業をもう一件受け持っているけど、それ以外は主に中小企業と仕事をさせてもらっている。僕の肩書は、信用するに値しますか? 米田侑依さん」

 そうして彼は、にこりと笑みを浮かべて侑依の顔を見つめてくる。

「それは、もちろんです、けど……」

 このパーティーに招待されていて、彼が弁護士と知っている人もいる。そして今受け取った彼の名刺。その全てを合わせると、彼は外見以上に凄い人なのだとわかる。
 けれど、本当に侑依に嘘をついていないと言えるのだろうか。
 急速に彼に惹かれている自覚があるから、余計に疑心暗鬼ぎしんあんきになってしまう。
 単なる出会いの一つと、軽い気持ちでいればいいのに、侑依はいつもそれができない。

「そういえば、坂峰社長に挨拶あいさつをしていなかった。一緒に行こう」
「え? 西塔さん、ウチの社長を知ってるんですか?」
「もちろん。君の会社の権利を守ったのは僕だから」

 権利を守った、という彼の言葉に、侑依は首をかしげる。
 彼はその間に侑依の手を引き、ソファーから立ち上がった。そのまま手をつながれそうになって、急いで彼と手を離す。冬季はそんな侑依に苦笑しつつ、代わりに背中に手を回してきた。
 大きな手だと思った。背中に彼の体温を感じる。
 胸は勝手にドキドキと高鳴るし、どうにも耐えられそうにない。

「あの、手、を離してください。背中、汗をかいちゃいます」

 ススッと彼から距離を取ると、彼はあっさり手を離した。

「慣れてない?」

 その言葉にちょっとだけムッときて侑依は言い返す。

「そんなことないです。でも、私たち、初対面ですし……」

 右手で肩を抱く侑依に、冬季は静かに首を振った。

「こちらの言い方が悪かった、申し訳ない。でも君、凄く良いよ。好きだな、そういうところ」

 優しく微笑まれて、侑依の心臓は苦しいくらいにドキドキしっぱなしだ。
 なのに彼は、すぐに涼しい顔になって会場へ入っていく。
 その後を追うと、彼は迷いなく坂峰製作所の社長、大輔のもとへ歩いて行った。

「坂峰社長、お久しぶりです。ご挨拶あいさつが遅れて申し訳ありません」

 冬季は侑依と話す時と同じトーンで大輔に声をかけた。
 大輔は満面の笑みを浮かべて立ち上がり、冬季の手を握る。

「これは西塔さん。こちらこそ、ご挨拶あいさつが遅れてしまって。その節は、本当に助かりました」

 先ほどの、権利を守ったという言葉と侑依の記憶がようやく符合した。

「そういえば、ここに納めているウチの部品の契約って……」

 このパーティーを主催する会社は、坂峰製作所の技術を高く評価して部品を扱ってくれていた。けれど、その契約の内容で、きちんと扱われていない部分があったようなのである。
 こちらが何度も契約の確認を申し込んでも解決しなかったその問題を、新たに担当になった顧問弁護士が正してくれたのは記憶に新しい。

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