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第一話(得意な料理?そんなもんはねーよ)
しおりを挟むここは白や青の建物がいくつも並び立つとてつもなく綺麗なところだ。
周りは青く眩ゆい海に囲まれていて、街のあらゆる場所から無限に広がる青々とした絶景を満喫できる。
迷路のように複雑な道とあちこちにある階段には、ときたま行く手を阻まれたりするのだが、最近はそれも悪くないと思い始めてきた。
少々乱暴なあの鬼娘が管理しているにしては案外センスがいい。まるで異世界にでも迷い込んだかのような島だ。
住民達が『鬼ヶ島』と呼んでいるここ『地獄』は、生前暮らしていた世界とは異なる不可思議なことばかりであふれている。
例にあげるとすれば、海に出向けばいつでも会える見目麗しい人魚、空に浮かぶ雲の形をした階段や驚きの週休三日制。
この島では人間と獣人と亜人が慎ましく暮らしていて、生まれ変わるいつかの日まで労働に汗を流しそれなりの報酬を貰い平凡な生活を送る。此処はそんな場所だ。
まさか、死んだあとまで労働せにゃならんとは思ってもいなかったがな。
「あ、やっと帰ってきたみたいですね。お兄ちゃん、こんな時間まで一体どこで油を売っていたんですか?」
「わりーわりー。ちぃと野暮用でな、海行ってヒスイと遊んでた」
「野暮用で遊びにって、もはやそれってただのサボりですよね。お仕事中にちょくちょくボイコットするのはやめていただきたいです」
「いやいや違うぞ。ヒスイに頼まれてた厚焼き玉子を届けに行ってただけで、遊びはついでみたいなもんだ。弁当の宅配だよ。デリバリーだよ」
「あと数分帰りが遅ければ、鬼子さんにお願いして、お兄ちゃんを過酷度の高い地獄にお引越しさせてもらうつもりでいました」
「命拾いしましたね」と平気で恐ろしいことを毒付くこいつは甘菓子タルト。俺が十三の時に生まれた妹だ。歳が倍近く離れているのもあってちっちゃな頃はめちゃくちゃ可愛がっていたのだが、近頃はだらしがない兄に対して忌憚の無い言葉をぶつけてくるよくできた妹になってしまった。
お兄ちゃんに遠慮なく甘えてくる愛らしい妹の姿は何処へ……。
「そこまで憤るほどのことか?見たところ、客は誰一人としていないみたいだし、俺がいなくてもお前一人で十分にまわせたんじゃないか?」
俺が遊び疲れて帰宅したこの場所はレストラン【オーガニック】
俺こと甘菓子桃之介とその妹であるタルトが経営している飲食店だ。
お恥ずかしいことに外から見ただけでもわかるほどのガラガラ具合は、とても俺の助けが必要とは思えなかった。
まあ、昼時を過ぎてから帰ってきたのだから客の姿が見当たらなくとも全くおかしくないのだが、果たして本当にそれだけだろうか、これは料理人である俺にこれといった得意料理が存在しないせいなのかもしれない。
「お客さんがいないのはこの時間だからですよ。書き入れ時は結構な数のお客さんが来店されたので、私一人で調理に接客それとお会計、さばききれるのかとひやひやしました」
「ご苦労。一人でよく頑張ったな。ほめてつかわす」
「そんな軽薄な賞賛は嬉しくもなんともないです。多少時間がかかっても憤慨しないでいてくれた寛大なお客さん達には感謝しかありません」
「桃之介……帰ってきたら絶対に殴り飛ばしてやるんだから……」
「げっ……いたのかよ、鬼子」
客が一人としていなくなった店内のとある席には頭からとんがったツノを生やしている鬼の少女の姿がある。
数時間の労働で疲れ果ててしまったのだろう。席に突っ伏して体をだらんとさせている。こいつ寝てんのか?
いつもは乱暴なこいつも眠っている間だけは可愛らしいもんだ。認めたくはないが、一応は美少女と呼べる部類なのだから当然と言えば当然なのだが。
ちなみに、寝言で恐ろしいセリフを口走っているこいつの本当の名は鬼子ではない。
鬼子とは、俺がこの鬼に勝手につけたあだ名みたいなもんだ。
本人はこの呼ばれ方を嫌がっているが、最近はあまり否定しなくなった。
見た目16~18くらいに見えるこいつだが、実際の年齢は3桁を超えているというのだから驚きだ。
俗に言うロリババアってやつになる。この鬼ヶ島を管理していて結構偉いらしい。
「鬼子さん後片付け手伝ってくださったんです。忙しすぎてそっちまで手が回らなくて。今はへとへとに疲れて眠っちゃってますが、起きたらお兄ちゃんはお星様にされちゃうと思います」
ああ、金棒によるホームラン級の殴打を受けて大空へ吹っ飛ぶ俺の姿が容易に想像できるよ。もっかい海行って来ようかな。
痛い目にあうことがわかっていて逃げない馬鹿はいないだろ。ヒスイのところに行けばあいつは必ず俺を守ってくれる。
「わりーな、タルト。お兄ちゃん急用があったの思い出したわ。ちょっくら出てくるぞ」
「待ちなさい」
入り口の取っ手に手をかけた瞬間、ガシッと力強く掴まれた俺の肩。
背後から聞こえてきた声の主が放つ殺気は甚だしく強大で、わざわざ振り返らずともその正体は明白だった。
「やっと帰ってきたと思ったら、今度はどこへ行こうって言うの?」
「えーっとだな。今晩のおかずを釣りに海にでも行ってこようかなと思いまして……」
「そう。釣った魚は食べられないって知ってて嘘付くんだ……そんなにヒスイのところに行きたいの?なら、望み通りにしてあげる。ちょーっと痛いかもしれないけれど、海までひとっ飛びよ」
「ちょ、ちょっと待て……、海なら歩いていけるくらいに近い。お前の手をわざわざわずらわせるまでもない。自力で行けるからその振り上げた金棒をおろせ」
「さあ桃之介、歯を食いしばって」
「ま、待ってくれ。話せばわかる」
「問答無用よ。潔く散りなさい」
ーー気付けば俺は、豪快に空を飛んでいた。
いつものことだ。
俺は仕事をサボるたびに鬼子にしかられ、容赦ない金棒の一撃をボディに受け遥か遠くまでふっとばされる。
きっと、定位置に狙いを定めているのだろう。
だいたいは海の上に落ちておぼれ死にそうになるが、そのたびに人魚の姿をした
ヒスイに救助されて事無きを得ていた。
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