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第二話(強いて言うなら厚焼き玉子かな)
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俺の最終学歴は一応【調理師専門学校】ということになるのだろう。
別に俺は調理や料理が好きであの学校に通っていたわけではない。
単純に大学に通える金が無かったってのもあるが、俺の決意を後押ししたのは知り合いから聞いたとある耳寄りな情報だったんだよな。
たったの五回体験入学に参加するだけで入学が約束され、たったの一年間で卒業ができる。
しかも、卒業するだけで調理師免許が手に入るという俄かには信じられない学校が存在すると。
ーーこりゃ行くしかないと思った。
なんせ、高校卒業間近の俺は進むべき道に大いに悩んでいたからだ。
十八という齢で会社勤めをするのは少々、というかかなり気が引けた。
それに、本来卒業するのに二年間は掛かりそうな専門学校だが此処なら一年で済む。卒業したあとの一年間は働かずに遊びに費やすことだって可能だろう。
当時、俺はこんなことを考えて楽観的に生きていた。
此処を一年後に卒業しても、調理関係の仕事に就職するつもりは更々なかったがな。
「お兄ちゃんの作る料理についてなんですがね……」
「おう、なんだ」
客のオーダーが鬼子の担当メニューに集中しているせいか、今日の俺はせっかくレストランで働いているというのに暇で退屈だった。
現在はホールの仕事をちらほらと手伝っているだけで特にやることがない。
なので、現在は無料のお冷をぐびっとやりながらタルトの話に耳を傾けてやっている。
働き者の我が妹も鬼子が調理を終えるまでは待機している状態で、同じように暇なんだろう。
「最近、お客さんからの注文が厚焼き玉子に限定されてる気がするんです。みなさん薄々感付いてきてるんでしょうね。このレストランの料理人にはそれしか腕がないんだと」
「悪かったな。それしか腕がなくて」
なんも言い返せねぇ自分が惨めだ。
本当のことだしな。
あれは専門学校時代、唯一作るのが楽しいと感じた食べ物だった。
フライパンの上で玉子を何度もひっくり返して作るんだが、あれがなんだかクセになるんだよなぁ。皆も一度体験してみて欲しい。たとえ料理するのが嫌いな人でも俺の気持ちがわかるはずだ。
「まあいいんじゃない。何か一つだけでも特技があるだけ幸せなことよ。野菜炒めあがったわ。タルト、お客様のとこへ持っていってくれる?」
「はい。勿論です。今やお店は鬼子さんお手製の激辛料理を食べに来るリピーターさんばかりであふれてますね」
あふれているという表現は甚だ可笑しい。
それなりに広い店内は空いている席がほとんどで、鬼子の作った野菜炒めを食ってるやつはたったの5~6人に過ぎない。
普段のガラッガラな店内に比べたら多少は人気があるって感じだ。
「奴らの味覚がおかしいだけだろ。デザートですら激辛に仕上げるこいつの品を所望するくらいだからな」
「あはは。桃之介、なんか言った?」
「……いえ、なんも言ってないっす。はい」
にっこりと微笑んだ顔で威圧されたのでその場は誤魔化したが、この鬼娘さんの作る料理は何故だか毎回激辛で食えたもんじゃない。
例えば、鬼子の手にかかれば本来は甘くておいしい筈のホットケーキがひたすらに辛いだけの劇物に変貌を遂げたりするわけだ。
アイスには何故か七味振りかけたりするし、オーガニックに訪れる客が減少した理由はこれ以外に無いと言っていい。
あれを好んで食べにくるお客等はどうかしてる。
額から大量の汗を垂れ流してはいるものの、箸は止まることなく動きほどよく炒められた野菜達をどんどん口に運んでいく。
見たところ水にはほとんど手をつけていないようで、見ているだけでこっちまで気分が悪くなるから不思議だ。
「あんた達は激辛激辛って揶揄するけど、そんなに辛く味付けしてるつもりないから。ほら、嘘だと思うなら試しに食べてみなさいな」
女の子にされようが余裕でノーサンキューと言える『はい、あーんして』のシチュエーションが俺に迫る。
こんなの食らうくらいなら男に『あーん』された方がマシだな。
「いや、いい……マジでそれだけは遠慮しておく!」
こんな俺でも命は惜しい。
まあ此処にいる時点で死んでるんだけどな。
「なんでよ……いいから食べてってば。大丈夫、自分から味見させておいてお金を取るほどあたしも鬼じゃないわ。だから安心して」
「いや、そういう問題じゃねぇ」
こいつの激辛料理は次元が違う。
ガキの頃自宅で育てていた獅子唐を食ってあまりの辛さに悶絶しトラウマになった実例があるが、あん時でさえたんまり水を飲んでもいくら氷を舐めても痛みと痺れが引く手応えを感じなかった。
食い物を食ってマジ泣きするというレアな経験は一度すれば十分。
鬼子のはブツを噛むまでも飲み込むまでもなく、口に入れた瞬間に危険だと察したね。
いいや、大げさかもしれないが野菜を箸で摘み口元に近付けた瞬間に違和感を覚えたな。
あのなんでも食べてくれるヒスイでさえ、拒否反応を起こすくらいだからよっぽどだろう。
「ひぃいいぃいいいい!辛いぃい!みずみずぅうう!!」
突然店内に響き渡った絶叫のおかげで、鬼子の注意がそっちにそれた。
「今の悲鳴みたいなのなにかしら。桃之介、ちょっと見てきてくれる?」
「りょ、了解……」
あぶねぇ、間一髪で助かった。
今の絶叫が無かったら俺は今頃大変なことになっていたに違いない。
調理場を嬉々として離れ、何事かと駆けつけてみると、
「お、おじさん、大丈夫ですか。ご所望のお水です」
「な、何コレ、タルトちゃん。おじさん死んじゃう。痛い、苦しい、怖い……」
数少ない常連客のおっさんが、あまりの辛さに大人気なく涙をだらだら流し悶えていた。
なるほどな。これを食えば最後、平常の状態すら維持できなくなるのか。
床に惨めに転がってうずくまり、口の中を蹂躙するヒリヒリがおさまるまで必死こいてたえる。
鬼子はあれを見ても自分の作った野菜炒めとやらが安全な食べ物だと言い切るつもりか。
「お兄ちゃん、どうしましょう。このままじゃおじさんがかわいそーです」
「よし、ちっと待ってな。俺が超特急であれに対抗できる激甘料理を作ってやるよ」
辛い物に対抗できるのは甘い物と相場が決まっている。
これから俺が作るのはあまいあまーい厚焼き玉子。
それも辛さなんざ即に吹き飛ぶくらいの砂糖たんまり入れた超絶あまーいやつ。
「おっしゃ。いっちょあがり。出来立てで熱いからふーふーしてやるといい」
「はい。わかりました」
完成した厚焼き玉子の乗った皿を受け取ったタルトが駆け足でお客のところへ向かっていく。
タルトは俺の言い付けを守り、楊枝で刺した一切れの厚焼き玉子に軽く息を吹きかけている。
ーーそして、
「おじさん、あまい食べ物持ってきました。口開けられますか? あーんってしてください」
気絶寸前で体を仰向けにして倒れているお客は、最後の力を振り絞りおもむろに口を開けた。
意識していないのは明白だが、何のためらいもなく異性相手に食べ物を食べさせてやっているタルトが何だかあざとく思えた瞬間だった。
まあ本人はきっと、病人の看病ぐらいにしか考えていないんだろうけれど。
「可笑しいわね。そんなに騒ぐほど辛くないじゃない。失礼しちゃうわ」
なお、鬼子は同じ物を口にしても平気なようすだ。
断言しよう。
こいつの味覚は死んでいる。
別に俺は調理や料理が好きであの学校に通っていたわけではない。
単純に大学に通える金が無かったってのもあるが、俺の決意を後押ししたのは知り合いから聞いたとある耳寄りな情報だったんだよな。
たったの五回体験入学に参加するだけで入学が約束され、たったの一年間で卒業ができる。
しかも、卒業するだけで調理師免許が手に入るという俄かには信じられない学校が存在すると。
ーーこりゃ行くしかないと思った。
なんせ、高校卒業間近の俺は進むべき道に大いに悩んでいたからだ。
十八という齢で会社勤めをするのは少々、というかかなり気が引けた。
それに、本来卒業するのに二年間は掛かりそうな専門学校だが此処なら一年で済む。卒業したあとの一年間は働かずに遊びに費やすことだって可能だろう。
当時、俺はこんなことを考えて楽観的に生きていた。
此処を一年後に卒業しても、調理関係の仕事に就職するつもりは更々なかったがな。
「お兄ちゃんの作る料理についてなんですがね……」
「おう、なんだ」
客のオーダーが鬼子の担当メニューに集中しているせいか、今日の俺はせっかくレストランで働いているというのに暇で退屈だった。
現在はホールの仕事をちらほらと手伝っているだけで特にやることがない。
なので、現在は無料のお冷をぐびっとやりながらタルトの話に耳を傾けてやっている。
働き者の我が妹も鬼子が調理を終えるまでは待機している状態で、同じように暇なんだろう。
「最近、お客さんからの注文が厚焼き玉子に限定されてる気がするんです。みなさん薄々感付いてきてるんでしょうね。このレストランの料理人にはそれしか腕がないんだと」
「悪かったな。それしか腕がなくて」
なんも言い返せねぇ自分が惨めだ。
本当のことだしな。
あれは専門学校時代、唯一作るのが楽しいと感じた食べ物だった。
フライパンの上で玉子を何度もひっくり返して作るんだが、あれがなんだかクセになるんだよなぁ。皆も一度体験してみて欲しい。たとえ料理するのが嫌いな人でも俺の気持ちがわかるはずだ。
「まあいいんじゃない。何か一つだけでも特技があるだけ幸せなことよ。野菜炒めあがったわ。タルト、お客様のとこへ持っていってくれる?」
「はい。勿論です。今やお店は鬼子さんお手製の激辛料理を食べに来るリピーターさんばかりであふれてますね」
あふれているという表現は甚だ可笑しい。
それなりに広い店内は空いている席がほとんどで、鬼子の作った野菜炒めを食ってるやつはたったの5~6人に過ぎない。
普段のガラッガラな店内に比べたら多少は人気があるって感じだ。
「奴らの味覚がおかしいだけだろ。デザートですら激辛に仕上げるこいつの品を所望するくらいだからな」
「あはは。桃之介、なんか言った?」
「……いえ、なんも言ってないっす。はい」
にっこりと微笑んだ顔で威圧されたのでその場は誤魔化したが、この鬼娘さんの作る料理は何故だか毎回激辛で食えたもんじゃない。
例えば、鬼子の手にかかれば本来は甘くておいしい筈のホットケーキがひたすらに辛いだけの劇物に変貌を遂げたりするわけだ。
アイスには何故か七味振りかけたりするし、オーガニックに訪れる客が減少した理由はこれ以外に無いと言っていい。
あれを好んで食べにくるお客等はどうかしてる。
額から大量の汗を垂れ流してはいるものの、箸は止まることなく動きほどよく炒められた野菜達をどんどん口に運んでいく。
見たところ水にはほとんど手をつけていないようで、見ているだけでこっちまで気分が悪くなるから不思議だ。
「あんた達は激辛激辛って揶揄するけど、そんなに辛く味付けしてるつもりないから。ほら、嘘だと思うなら試しに食べてみなさいな」
女の子にされようが余裕でノーサンキューと言える『はい、あーんして』のシチュエーションが俺に迫る。
こんなの食らうくらいなら男に『あーん』された方がマシだな。
「いや、いい……マジでそれだけは遠慮しておく!」
こんな俺でも命は惜しい。
まあ此処にいる時点で死んでるんだけどな。
「なんでよ……いいから食べてってば。大丈夫、自分から味見させておいてお金を取るほどあたしも鬼じゃないわ。だから安心して」
「いや、そういう問題じゃねぇ」
こいつの激辛料理は次元が違う。
ガキの頃自宅で育てていた獅子唐を食ってあまりの辛さに悶絶しトラウマになった実例があるが、あん時でさえたんまり水を飲んでもいくら氷を舐めても痛みと痺れが引く手応えを感じなかった。
食い物を食ってマジ泣きするというレアな経験は一度すれば十分。
鬼子のはブツを噛むまでも飲み込むまでもなく、口に入れた瞬間に危険だと察したね。
いいや、大げさかもしれないが野菜を箸で摘み口元に近付けた瞬間に違和感を覚えたな。
あのなんでも食べてくれるヒスイでさえ、拒否反応を起こすくらいだからよっぽどだろう。
「ひぃいいぃいいいい!辛いぃい!みずみずぅうう!!」
突然店内に響き渡った絶叫のおかげで、鬼子の注意がそっちにそれた。
「今の悲鳴みたいなのなにかしら。桃之介、ちょっと見てきてくれる?」
「りょ、了解……」
あぶねぇ、間一髪で助かった。
今の絶叫が無かったら俺は今頃大変なことになっていたに違いない。
調理場を嬉々として離れ、何事かと駆けつけてみると、
「お、おじさん、大丈夫ですか。ご所望のお水です」
「な、何コレ、タルトちゃん。おじさん死んじゃう。痛い、苦しい、怖い……」
数少ない常連客のおっさんが、あまりの辛さに大人気なく涙をだらだら流し悶えていた。
なるほどな。これを食えば最後、平常の状態すら維持できなくなるのか。
床に惨めに転がってうずくまり、口の中を蹂躙するヒリヒリがおさまるまで必死こいてたえる。
鬼子はあれを見ても自分の作った野菜炒めとやらが安全な食べ物だと言い切るつもりか。
「お兄ちゃん、どうしましょう。このままじゃおじさんがかわいそーです」
「よし、ちっと待ってな。俺が超特急であれに対抗できる激甘料理を作ってやるよ」
辛い物に対抗できるのは甘い物と相場が決まっている。
これから俺が作るのはあまいあまーい厚焼き玉子。
それも辛さなんざ即に吹き飛ぶくらいの砂糖たんまり入れた超絶あまーいやつ。
「おっしゃ。いっちょあがり。出来立てで熱いからふーふーしてやるといい」
「はい。わかりました」
完成した厚焼き玉子の乗った皿を受け取ったタルトが駆け足でお客のところへ向かっていく。
タルトは俺の言い付けを守り、楊枝で刺した一切れの厚焼き玉子に軽く息を吹きかけている。
ーーそして、
「おじさん、あまい食べ物持ってきました。口開けられますか? あーんってしてください」
気絶寸前で体を仰向けにして倒れているお客は、最後の力を振り絞りおもむろに口を開けた。
意識していないのは明白だが、何のためらいもなく異性相手に食べ物を食べさせてやっているタルトが何だかあざとく思えた瞬間だった。
まあ本人はきっと、病人の看病ぐらいにしか考えていないんだろうけれど。
「可笑しいわね。そんなに騒ぐほど辛くないじゃない。失礼しちゃうわ」
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