なんちゃって調理師と地獄のレストラン

SAKAHAKU

文字の大きさ
26 / 48

第二十六話(海釣り)

しおりを挟む
「あれ……?タルト、桃之介はどこ?」

鬼子は厨房で黙々と後片付けをしているタルトを見つけて、どこにも見当たらない桃之介の居場所を尋ねた。

「お兄ちゃんでしたらこの時間はだいたいヒスイさんのとこに出掛けて遊んでます。最近は海釣りにはまっているみたいで、帰って来るなり『うなぎ釣ったー』とか『カメ釣ったー』とか言って大喜びしてます。殺生禁止の地獄では生き物は食べられませんし、嫌々キャッチアンドリリースしてるみたいですけど。うなぎやカメだって例外ですが、クジラを釣るってどんな状況ですか。クジラってそもそも釣り上げられるんですか?昨日なんて『ラッコ釣ったー』って喜んでましたよ。とにかく、毎度のようにヒスイさんといちゃいちゃしてますね」

「タルト、あなたも大変ね。同情するわ」

「いえいえ……毎度のことでもう慣れました。お客さんもそこまで多くないからでしょうか。一人で切り盛りできてしまっている自分が恐ろしいです」

流石に皿洗いまでは間に合わず、営業終了後に纏めて洗おうと決めていた。
注文を取って、料理を作って運んで、更には会計も。
その全てを一人でやっているのだから、そこまで手が回らないのも納得だ。

「あたしが後できつく叱っておくわ。二度とサボりに行けなくなるくらい恐ろしい目に会わせてやるってのはどう?」

「ほどほどにしてあげてください。忙しい日にサボりに行かれるのはほとほと迷惑するんですが、最近のお兄ちゃんはお客さんが少ない日を選んで遊びに出かけてるんです。何気に私のことを考えてくれているようなので、きついおしおきまでは望んでません」

「そっか。優しい妹を持って桃之介は幸せね」

俺が海から帰って来て風呂場に直行すると、脱衣所には先客のお嬢さん方がいらっしゃった。
風呂から上がったばかりなのか、タルトと鬼子の二人から石鹸とかシャンプーの洗いたての匂いがする。

「お兄ちゃん、帰って来てたんですね……お風呂に入るんですか?着替えるので少し待っていてください」

「お、おう……こんなこと俺が言うのもなんだが、ちょっとは恥ずかしがれよ?」

「え、何を恥ずかしがれって言うんです?今更お兄ちゃんに下着姿を見られても屁でもないですよ。小さい頃はよく一緒にお風呂に入ったりしたじゃないですか」

まっ、それもそーか。と、俺は軽く納得しかけていた。
このとおりタルトは平然としているが、鬼子の方はそうでもないっぽい。

「ふっ……これが俗に言うラッキースケベってやつか。鬼子、おまえやっぱりぺったんこだな。なんなら俺が揉んでーー」

ちょっとした冗談をかましただけだってのに速攻金棒で殴り飛ばされた。しかもいつもよりえらく強めにだ。


「おお……今日は一段と高く打ち上げましたね」

「ごめんねタルト。壊した天井はあとで直しておくから」

「鬼子さんが怒るのも無理ないですよ。お兄ちゃんにはデリカシーってものが全く備わっていません。私のこともちょくちょく同じような物言いでディスってきますし、牛乳飲んだところで胸なんか大きくならないです」

毎度のように鬼子にホームランされてる俺だが、今日の一撃はとてつもなく利いた。
いつもと違って一切手加減無しに殴られた気がするわ。
あられもない姿を俺に見られたのがそんなに嫌だったのだろうか。
年頃の娘っ子でもあるまいし、何がそんなに恥ずかしいってんだ。
ロリババアなんだから少しくらい肌見られたくらいで怒るんじゃねぇって。

「今日の晩飯はシーチキン丼でいいな。異論はあっても聞く耳持たないからそのつもりで」

シーチキン丼ってのは文字通り、ほっかほかのごはんにシーチキンをぶっかけてできあがりの丼物だ。
あとはお好みで自分の好きな調味料を選んで食べりゃいい。
ちなみに俺はマヨネーズと醤油とわさびをかけて食うぜ。

「だったら『いいな?』みたいな感じで聞いてこないでほしいです。最初から私には選択肢が無いじゃないですか」

「そういや、トンボの羽を両側からむしり取る行為を「シーチキン」って言うよな?」

思い出すたびに不思議だったんだ。なんであれがシーチキンなのかって。

「私に同意を求めないでください。初めて聞きましたよ、そんなこと。残酷なことを平気でする人がいるんですね。世も末です」

「そんなことをするやつはランクのキツイ地獄に落とされるわよ。トンボからすれば手足をちょんぎられたのと同じじゃない。桃之介、どうにかあんたは命拾いしたみたいね」

おまえがこの前ラアルに対してやってたのが、まさにそれなんだがな。
毟り取るまではしなかったが、やってることはほぼほぼ同じだ。

「そもそもだな……俺は虫が触れないんだよ。ゴキとか出てきたら悲鳴をあげる自信がある。生前家の中に侵入して来た虫の駆逐はタルトに一任してたくらいだし」

俺の虫嫌いをなめんなよ。
ゴキブリはもちろんのことトンボだって触れやしない。
子供が大好きなカブトムシやセミだって無理、もっと言えば蟻やダンゴムシだって無理だ。

「タルトは虫が平気な子だったわね。珍しいタイプなんじゃない?偏見かもしれないけどだいたいの女の子は虫が苦手で、ゴキブリに躊躇うことなく立ち向かえるのは希少だと思う」

そうだよなー。珍しいってよりは異常だ。なんならこいつは手掴みでゴキを触れるんだぜ。異常も異常。その光景を見ただけで悲鳴をあげれるレベルだ。

「あれ……私が天国の方に行けなかった理由って、もしかしてそれが原因ですか?毎度のように虫さんを怖がっては情けなく妹に縋ってくる兄の尻拭いをしていたからですか!?」

「おい、おまえは本当に口が悪いな。なにが尻拭いだ」

「事実を言ったまでです」

「あなたは極力虫を駆除するのを避けて外に逃がしてたでしょ。この件とはまるで関係ないから安心して」

「それを聞いてほっとしました。お兄ちゃんのせいで損をするなんて癪ですからね。絶対にお断りです」

「人は少なからず虫を駆除するし、その条件はタルトだけに当てはまらない。虫に手を下さずに一生を終える人は早々いないし、一匹でも駆除したら地獄行きは免れないの。こんなこと言ったら酷だけれど、天国に最初から行ける人ってほとんどいないわ。まあ、動物の肉を焼いたり炒めたりして食してる時点で地獄行きの条件は満たしてるんだけどね」

なんだよ、それ。そんなもん無茶苦茶無理ゲーじゃねぇか。
一生のうちに一度も肉食わねーで死ぬやつなんかいるのかよ?だったら魚の方はどうなんだ?
虫にしたって、夏に血を吸いにプーンとやってくるアイツを一匹でも叩き潰したらそこでおしまいってことじゃねぇか。
無断で血を吸われる屈辱にたえるなんて俺には無理だ。なんなら飛んでるところを見かけた時点でやりに行ってしまう。

ーーとにかく、鬼子の話を聞いて最初から天国に行ける奴なんざほとんどいねぇって事実が判明した。

「虫だってあなた達と同じで生きてる。むやみに命を奪っていい理由はない」

「動物の死体を食うな。蚊を潰すなってことだな」

「簡単に言うとそうね。あんただって自分が死んだあと体の肉を食べられたり、両手でサンドイッチされてぺしゃんこにされたら嫌でしょ」

「じゃあ鬼子、お前はどうなんだ。そのシーチキンってやつはマグロの肉なんだぜ?食ってもいいのかよ」

鬼子に差し出したシーチキン丼に視線をやって俺は問う。
俺の十八番の厚焼き玉子だって動物の卵を使ってるが、鬼子は何を気にする素振りもなく平らげていたからな。

「これは生成スキルがあんたの生前の記憶を読み取って作りだしたものでしょ。限りなく本物に近い形で生成されたパチモノなんだから食べても平気なの。前に説明したじゃない」

それって食べられる食品サンプルみたいなもんか。生きてる動物の肉を食べてるわけじゃないから罪にはならないと。
そんなもん作れる俺ってすげー。
食べ物だけじゃなくてテレビやソファーも作れるからな。

「……そういや、前にそんなこと聞いたような聞かなかったような」

「聞いたのか聞かなかったのか、どっちですか」

「聞いたでしょ。あんたが忘れてるだけ。そのとき話を聞いてなかった可能性も考えられるんだけどね」

「はは、なんのことやら……ああ、シーチキン丼は最高だなー。美味いし何杯でも食べられるわー」

「誤魔化したわね」

「誤魔化しましたね」

俺は突如としてシーチキン丼の早食いを開始。これから来るであろう鬼子の追求から何とか逃れようと画策するのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...