なんちゃって調理師と地獄のレストラン

SAKAHAKU

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第二十話(大豆が嫌いな鬼)

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「いやあ、湯豆腐って作るの楽でいいよな。鍋に水注いでこんぶ入れて豆腐ぶっ込んで加熱すりゃ完成だもんな。いい機会だし、うちのメニューを湯豆腐一択にするってのはどうよ」

「湯豆腐一択とか、冬の間限定だとしても嫌です。お客さんも味に飽きて、間違いなく集客が減るでしょうね」

晩飯に湯豆腐を作っている最中ふと思いついたんだ。
手作りするなら一番簡単にできるのってこれなんじゃないかって。
レトルトや冷食ばっか使うとタルトがうるさいからな。

「豆腐には絹ごし豆腐と木綿豆腐の二種類があってだな」

「そんなの誰でも知ってます。ざらざらとつるつるの舌触りの違いで好みは二分すると思いますけど、木綿でも絹ごしでもたいして味は変わらないです」

「ほら、そこはタレを日替わりで変えれば無限にさ」

湯豆腐なんてそいつの好み次第で何かけたっていいんだからさ。
ポン酢に醤油はもちろんドレッシングをかけてもうまい。味噌とかマヨネーズつけて食ったりしてもうまいだろうよ。

「どちらにしても却下です。それにお兄ちゃんの怠慢に鬼子さんが目を瞑るとはとても思えません」

「そうか~?鬼子のやつ、案外豆腐好きかもよ」

「ありえません。鬼さんにとって大豆食品は天敵ですから。節分の時豆を投げつけられてトラウマになってるんです。その証拠に鬼子さんは、納豆はもちろん黒豆も枝豆も食べられませんでした」

「いつの間にそんな面白そうな実験を……おまえ、鬼子を使ってちゃっかり遊んでないか?」

そういういたずらをするのは俺の専売特許なんだがな。
タルトに先を越された気分だぜ。

「しつれーですね。遊んでなんかいないですし実験でもないです。検証と言ってください」

「実験も検証もたいして変わらないと思うがな……んで、おまえはそれでやつが豆腐が食えんと断言したわけか」

「はい。目にとまった瞬間、拒否反応を起こす筈です」

と、経験者は語るが……嫌いな食いもん目にしたくらいでそんなわかりやすい反応するもんかね。

「豆腐では検証しなかったのかよ」

「そのときお豆腐は切らしていましたので、やむなく断念しました」

「おまえ、やっぱり鬼子で遊んでただろ」

「絶対ないです。機会があればお豆腐や湯葉も提供したいとは思ってましたけど」

「豆腐が嫌いなやつなんか聞いたことねぇ。あれなら大豆の原型とどめてないしな。初めて見たら白いプリンと錯覚するかもしれん」

ーー本日の営業終了後、用があると伝え鬼子の呼び出しに成功。
納豆が嫌いなことは知っていたが、豆腐に関しては未知数だ。
多少の興味もあるし豆腐が食えるのか食えないのか試してみようと思う。

「最近やたらタルトが食べ物をすすめてくるのよね。しかも、豆みたいな食品ばっかり。近々だとピーナツ?それと、グリーンピース……であってるかしら?桃之介なにか知ってたりする?」

ピーナツとかグリーンピースって、あいつ完全に鬼子で遊んでるだろ。

「あー……鬼子、質問にたいして質問で返すことになって申し訳ないんだけどな」

「なによ、桃之介もあたしに聞きたいことがあるの?いいわ。最初に聞いたげる」

「それじゃお言葉に甘えて。おまえってさ、大豆が食べられなかったり苦手だったりする?」

「そうね。苦手よ。いまからだいたい700年前、節分で鬼が大豆を投げつけられる絵本に目を通してから」

そんな絵本があるのか。タイトルがなんとなく想像付くな。
つうか、鬼のくせに鬼が退治される絵本を読むな。

「700年前って言葉がすらっと出るのがすげぇな。さすがはロリばーー」

「それ以上口にしたら怒るから」

「あ、はい……すんません……」

特にまだ何もしていないのに、早々に金棒で殴られるのは殴られ損だと口を噤んだ。

「にしても、あんたの洞察力には恐れ入ったわ。桃之介に弱みを握られるのは癪だし、なんとかバレないように取り繕ってたつもりだったんだけど、知られちゃったんじゃしょうがないか。あたしは大豆が怖いの。見るのも食べるのもイヤ」

「そうか。そりゃいい情報を聞いたな。来年の2月3日が楽しみだ」

「……は?今なんて……」

「今年の節分はとうに終わっちまってるが、来年の節分は大いに盛り上がろうぜ!」

「あんた、なんでそんな楽しそうに目を輝かせてるのよ!?さては日頃の鬱憤をあたしに豆をぶつけて晴らそうって腹ね!ダメ!絶対!絶対にダメだから!実行したら金棒で半殺しにするっ!」

「鬼子、これ、なーんだっ!」

「そ、それ、豆撒き用の大豆じゃない!?しかも、そんな大量に!」

ついでに豆撒き用大豆も豆腐と一緒に生成しておいた。
本当に大豆食品が天敵なのかより確実に証明するための材料としてな。

「くくっ、たくさん生成したからな。くらえ!」

「ひぃーー大豆怖い!やだってば……!こっちくんな!」

大豆を投げた瞬間、咄嗟に反応し見事にかわされた。普段金棒を振り回してるだけあって運動神経や反射神経がいいんだな。
次こそは当てる。逃すか!

「なんで追っかけてくんの!?しつこい!」

「なんでもなにも、童心に帰って純粋に豆撒きを楽しんでるだけだぜ。それ!鬼は外!鬼は外!鬼は外!」

「あんたさっきから「鬼は外」しか言ってない!さてはあたしを店に近寄らせたくないだけでしょ!」

俺は思う存分、必死に逃げる鬼子を追い回した。
いつまでも黙ってホームランされてる俺じゃないってのを思い知らせるいい機会だ。

「お兄ちゃんずるいです。私も鬼子さんと遊びたいのでまぜてください」

「よう、帰ってきたのかタルト。お帰り」

「ただいまです」

街に買い物に出かけていたタルトが帰ってきて、いつもは決っして言わないような冗談をかます。
この光景を見て第一声がそれか。
普段は真面目なタルトだが、今日は中々ノリがいい。

「タルトにはこれが遊んでいるように見えるの!?」

「見えます。鬼ごっこですよね。鬼だけに」

「襲われてるの!意味わかんないこと言ってないでこいつどうにかして!」

鬼子はタルトの背後に回って、縋るように体を密着させた。
タルトの両肩をガシッと掴んで、俺から身を隠しわかりやすく震えている。
顔を出したりひっこめたりして、こちらの様子を伺う仕草がなんとも面白い。

「鬼子さん、イヌとサルとキジが苦手って聞いてもしかしてと思いました。もしかしたら大豆も苦手なんじゃないかって」

「あ、ダメ、タルト!余計なこと言わないの!桃之介の耳に入ったらろくなことにならないでしょ!」

「時すでに遅しだけどな。大方、鬼を倒す英雄の絵本でも読んだんだろ」

「なんでそれがわかるの!?あたしの心を読んだ……?あんたにそんなスキルはなかったはずーー」

こいつ、鬼がこらしめられる本に目を通す趣味でもあるのか。
本を読んだだけで犬やら猿が嫌いになるなら、鬼が虐げられる系の話を聞けば何でも嫌いになりそうだぞ。
例えば俺がてきとーに作った絵本でも読み聞かせて、いままで好きだった何かを恐怖の対象にするとか。

「ところでお兄ちゃん、鬼子さんにお豆腐はどうでしたか?」

「まだ試してない。これから提供しようと思っていたところだ……」

「え、なになに……?二人でいったいなんの話をしてるの?」

「実はな、今日おまえを呼んだのはある食べ物を食べてみてほしかったからなんだ」

一旦豆まきを中断し、厨房の冷蔵庫から豆腐を一丁取り出してホールまで持ってくる。
鬼子の反応はまさに、俺が予想していた通りとなった。

「これ、なに……?白いプリンみたいな見た目だけど……」

「白いプリンですか。鬼子さん、お兄ちゃんと同じ表現してます」

「これをあたしに食べてほしかったの?」

「とりあえず一口食ってみろよ。変な物は入ってないから」

こいつが嫌いと明言してる大豆の塊ではあるが。
まあ、毒は入ってないって意味だ。

「ほんとーでしょうね……?あたしが食べてる無防備なときに大豆当てようとか考えてるんじゃーー」

「なるほど。それは盲点だったな」

「……余計な入れ知恵をしただけだったみたいね。いまの忘れて」

鬼子は身の回りの安全確認を済ませたあと、一口ぶんの豆腐を箸でつまみなんの躊躇いもなく口へ運んだ。
なるほど。豆腐の正体がなんなのかわからなければ、すんなりと食べられるんだな。見た目が豆に見えなきゃ問題ないんだ。

「うん……食感はなんとなく茶碗蒸しに近いかも。おいしいと思う」

……茶碗蒸し?
こいつの味覚はやはりよくわからん。

「おお、感想はともかく食べられましたね」

「だから言ったろ。さすがにこれは食べられるって」

「でも、結構な薄味ね。冷たくて夏とかにぴったりの食べ物だと思うんだけど、なんか物足りないっていうか」

「だいたいの人はお醤油をかけて食べるんです。鰹節をふりかける人もいますね。ほかにもおろし生姜やワサビをつけたりと食べ方はいろいろとありますが、鍋に入れてあったかくして食べるのも美味しいんですよ。湯豆腐ってやつですね」

そう説明し、タルトは鬼子の食べかけの豆腐に醤油を数滴たらした。
そういや醤油も大豆食品じゃなかったか。

「ふうん……醤油をかけて食べるとおいしさが際立つのね。気に入ったわ」

「鬼子、実は豆腐ってな、大豆食品なんだぜ」

「はあ……?こんな美味しい食べ物が大豆なわけないじゃない。あたしをバカにしてんの?」

「別にバカにゃしてねーよ。お気に召したようでなによりだ」

ちょっと残念のような気もするが、苦手な食べ物を克服するのはいいことだ。
うちのタルトにも見習ってほしいぜ。
この妹様にどうにかしてトマトを食べさせられないか考えない日はない。
つくづく俺もヒマな奴だな。

「お兄ちゃん、さっき説明した湯豆腐をオーガニックで提供する唯一の料理にしたいらしいですよ。鬼子さん的にそれはオーケーですか?」

「湯豆腐一択って、そんなのもはやレストランでもなんでもないじゃない。それじゃただの湯豆腐専門店よ。メニューに加えるのは賛成だけど、それのみにするのはダメ」

「ちっ、ダメだったか」

「だから言ったじゃないですか。無理だって」

俺の小さな野望は儚くも、ものの数秒で霧散した。






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