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第二十一話(様々な地獄)
しおりを挟む「へー。ここって一番まともな地獄だったんだな」
週休三日制だし、生前より労働時間も短いしで暮らしやすい環境だよなとは思っていたけど。
「そうよ。地獄は複数存在して、生前の行いから判断され、その人に最もふさわしいところに送られる。桃之介、あんたはまだ恵まれてるわ。他には極寒地獄や灼熱地獄なんてものがあってね、人を殺めたり度を過ぎた悪さを働くといった行為を犯した者は問答無用でそこに送られる。毎日が苦痛の繰り返しで何一つ救いのない生活が心も体も確実に疲弊させる恐ろしいところ。どうしてもって言うならそっちにお引越しさせてあげてもいいわよ。あたしが手配するから」
「え、遠慮させていただきます……」
鬼子の話だと、灼熱地獄は365日が真夏に設定されている夏という季節オンリーな地獄だそうだ。そこで暮らす者にクーラーや扇風機といった家電は高価過ぎて購入できる者はまずいないらしい。
大多数の者が四六時中肌を焦がすような極暑に悶え苦しみ、くたばる一歩手前になっては再生を繰り返す。終わることのない苦痛をあじわいながら与えられた仕事を全う。ありえない暑さで食事も喉を通らず睡眠もままならない。おまけに給料は薄給で休みはゼロだとか。
聞いているだけでゾッとする話を鬼子は優雅に食事をする合間に淡々と説明している。
この瞬間も汗をばちゃばちゃびちゃびちゃ流して労働している住人がいるんだと考えたら、俺は確かにかなり恵まれているだろう。
極寒地獄も似たようなところだった。
思った通り、こちらは365日が真冬に設定されている冬オンリーな地獄のようである。ストーブやこたつといった暖房器具は言うまでもなく高価で、布団すら買える者は少ない。灼熱地獄同様、薄給に休み無しのとんでもねぇ場所だ。
鬼子の今の口ぶりだと、ここ鬼ヶ島の住人を自分の好きに別の地獄へ移動させることも可能なようだが……、
「何よ、桃之介……どうしたの?」
「いや、ちょっと考え事をな……」
不覚にもほかの地獄の話を聞いてゾッとした。正直ちょっと戦々恐々としたね。
あまり鬼子を怒らせたり困らせたりするのはマズイかもしれないな。
下手すると俺も、こいつの気分次第で灼熱やら極寒の物騒な地獄にお引越しされかねない。それだけは絶対にごめんだ。
「考え事ってなによ。今日の晩ご飯の献立のことでも考えてたの……?あ、まさかさっきの話聞いて怖くなっちゃった?大丈夫大丈夫!ちゃーんといい子にしてたらお引越しなんてさせないから!あはははは!」
「はっ!?別に怖くなんかなってねぇし!もうこの話終わりな!」
こけにされたことよりも、『いい子にしてたら』の部分がやたら気になる俺だった。
今後仕事中にサボりに行くのは控えめにしよう。
「お兄ちゃん、いったいどうしちゃったんですか」
タルトが机上に並ぶ晩飯達を見て俺に問う。
「どうしちゃったって、何が?」
「えらく豪勢な食べ物ばかり並んでますね。しかも全部「麻婆」です」
麻婆丼に麻婆ラーメンに麻婆カレー。
突然晩飯を食いにくると言い出した鬼子に合わせて作った豆腐料理三品だ。
こいつはあれ以来豆腐が大好きになっちまったみたいだからな。
大豆を克服したと言っても過言ではない。
「全部豆腐料理じゃない。あたしは嬉しいけど、どうしてこうなったの?」
「いつもは簡単な料理ばっかなのにおかしいです。変ですよ」
「あはは。たまたまさ、たまたま……麻婆系の食いもんが急に食いたくなってな」
「へー。たまたまねぇ……」
……何か言いたそうな含み笑いだな。
鬼子からの信頼を回復する第一歩だとはとても言えん。
これも未来の俺のためだ。なんとしても鬼ヶ島からの移住を阻止してやるぞ。
「ぜんぶおいしそー。ぜんぶたべたい」
ラスクが全種類に興味を示すなど織り込み済みだ。この食いしん坊め。
「お兄ちゃん、らっちゃんは三品食べたいそうなので全部でお願いします」
「別にそりゃ構わんが、流石に食いすぎじゃあないか?全部が全部結構なボリュームだぞ。食いきれるのか?」
「平気ですよ。いつものらっちゃんはこれ以上に食べますから。おかわりもちゃんと用意しておいてくださいね」
「案ずるな。おかわりなら十二分にできる量を用意してある」
なんてったって四人で食っても足りるように作ったんだからな。俺に抜かりはない。
「桃之介、麻婆カレーお願いね」
「おう。腹一杯食えよ」
ーーこの日からちょうど一週間後。
「鬼子さん。お兄ちゃんが変です」
「変ってなにが?」
桃之介のようすが最近妙な件について、タルトが鬼子に話を持ち掛けた。
「ここ最近、全然お仕事中にサボりに行かなくなったんですよ。一週間くらいずっとです。変ですよね?これまでは一日置きくらいの頻度で遊びに行ってたのに」
「ふふっ……いいことじゃない。普通仕事中に遊びに行く方がどうかしてるんだから。効果覿面ね」
「効果覿面ってなにがですか?」
「実はね、この前……」
鬼子は桃之介に聞かれないようタルトの耳元で、別の地獄について事細かに説明したのだと明かした。
「ほうほう……それでですか。なんか可笑しいなと思いました。たしかに効果は覿面のようですね」
「でしょ。ちょっと薄情なやり方だったかもしれないけど、これは桃之介を更生させたも同然だわ。なにせ一週間も遊びに行ってないらしいし」
ああ、暇だ。こんなにお客も少ないんじゃ俺なんか居ても居なくても同じだよな。
この数ならタルトと鬼子だけで十分にまわせる。
かと言って、今日は鬼子も店を手伝ってるし迂闊に遊びには行けない。
さて、どうしたもんかな。
せっかく一週間も我慢して仕事に打ち込んでたのに、此処で遊びに行っちゃこれまでの苦労が水の泡だしよ。
「ーーでも、よく考えたら」
経ったの一週間耐え切ってここまで辛いなら、それ以上こらえるのは俺には無理なんじゃないか。
一ヶ月や一年続けても鬼子に認められなかったら、その日が来るまで永遠にこの生活を鬼ヶ島で送ってかなきゃならないんだぞ。
まったくサボれないし生まれ変わりも叶わねぇ。
そんなの頭と体がどうかしちまう。
やめだやめだ。乗り越えられんわ、無理ゲーだ。
やっぱまじめに仕事するなんて俺の性に合ってなかったんだな。
「あれ……お兄ちゃん、そっちはお客さん専用の出入り口ですよ」
「悪いな、タルト。あとはよろしくな」
「はあ……結局お兄ちゃんはお兄ちゃんでしたね。まじめにお仕事してたこの一週間はまさに奇跡としか言いようがありません。遊びに出かけたら鬼子さんに怒られますよ。いいんですか……?」
「いい。灼熱だろうが極寒だろうが、どんとこいだ。うっしゃ、ヒスイと海が俺を呼んでるぜ!!」
俺の移動が決まったいよいよその時は、ヒスイに泣きついて庇ってもらおう。
うん。それがいい。実にいい案だ。
「ヤッホーい」
鬼子にバレない内に勢いよくオーガニックを飛び出す。
「ああ。行っちゃった……鬼子さん、お兄ちゃんを更生できたって喜んでたのに」
客のオーダーで野菜炒めを調理中だった鬼子は、桃之介がオーガニックから出て行くのを阻止できなかった。
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