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第九十九話(コーヒーショップの店主)
しおりを挟むアーティファクト【ベルウッドの森】
別名人間ホイホイとも呼ばれているそこは、一度入った者を確実に捕らえて逃がさない。ランダムに前触れもなく出現するトンネルの最奥からは、人間の意識を支配する陰風が吹く。
迂闊にも森へ足を踏み入れてしまった獲物は揃いも揃って消息を絶った。
空間を漂う瘴気には、吸い込んだ獲物を醜い魔物に変えてしまう恐ろしい器量が付与されている。
コーヒーショップ~砂糖の家~
そこは只々甘いだけの激マズコーヒーが提供されることで有名な個人経営の店。
その物珍しさ故に度々テレビで紹介されている為か、お客の出入りはそこそこ好調のようだ。
暗黙の了解で訪れている客が大半だが、その事実を知った上でいちゃもんを付けにくる暇人も少なくない。
「甘いっ!甘すぎて飲めんわ、こんなもん!コーヒーも料理も不味いし、まるで犬のエサを食わされている気分じゃ!金は鐚一文も払わんからのう!」
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしておりません」
「頼まれてもこんわい!こんな店!」
店内に入ってみると早速の怒鳴り声。
見た目70歳くらいの白髪白眉白髭の三拍子揃った男性が、店主相手に罵声をお見舞いしている場面へ遭遇した。
不届きな無銭飲食者と入れ替わりでやってきた可愛らしいお客人は、こんなのはいつもの光景だと気にも留めていない。
「やあ、紫紺ちゃん。いらっしゃい。君が僕のところへやって来るなんて珍しいね。『しゅがーとはぜっこー』じゃなかったのかな?」
「忘れた。そんなことゆったっけ?」
「ゆった、ゆった。絶対にゆってたよ」
親しげに声を掛ける店主と向かい合う形でカウンターに腰を下ろしたのは、便利屋で住み込みで働く獣耳の少女。
嘗て紫紺はこの店でこの店主と共に暮らしていた時期がある。他愛ない理由で家出を敢行してからというもの、この場所へ帰ってきたことは一度もなかった。
そんな紫紺が久々に帰省したのには、とある切実な事情がある。
「うたの空元気のりゆーが知りたい」
「おやおや、えらく急な話だね。何事かな?」
髪を真っ白に染め上げた見た目チャラそうな店主は、頬杖をついてにこにこしながら紫紺の話を傾聴している。
まるで、我が子が久しぶりに帰って来てくれて喜びを隠せない親のように。
「うた、何か隠してる。元気そうに見えて元気がない」
「ふうん。それで?」
「しゅがーならわかると思って。うたと同じ千里眼使えるから」
「君が今日ここへ来た目的はそれかい?了解したよ。コーヒーとさつまいものケーキでよかったかな?」
「よい」
紫紺に『しゅがー』と呼ばれるこの店主の正体は、3人の器量図鑑の一人。
実は、佐藤軍を従える長”シュガー”だったりする。
シュガーが用意してくれたコーヒーを一口飲んだ紫紺から常套句が飛び出した。
「あま……しゅがーの淹れるコーヒーはいつも甘すぎ」
「やはり君もそう思うかい?常連のお客さんにもしばしば指摘されてね。大いに頭を悩ませているところだよ。どうやら僕には、コーヒーを淹れる才能が欠如しているらしい」
「コーヒーの淹れ方云々と違う、ただ砂糖を入れ過ぎなだけ。シュガーの作るごはんはみんなそう。何でもかんでも砂糖を振るから甘い味の品しか生まれない。逆にお菓子の生成はプロ並みで、どれもこれもが美味」
シュガーお手製のさつまいものケーキを口にした紫紺は、素直にお菓子作りの腕前を賞賛する。
紫紺は常々思っていた。
シュガーの作るパスタもオムライスもハンバーグも何故かどれもが甘い。
甘い食べ物しか作れないなら、スイーツだけ作っていればいいのにと……。
「角砂糖でも舐めるかい?美味しいよ」
「いらん。何かしょっぱいものよこせ」
紫紺が家出を敢行した理由は、彼の作る食事に不満があったからであったりする。
お菓子が甘いのは至極当然のことであり、何の苦にもならない。
だが、いくら食いしん坊で食い意地が張っているケモミミ少女でも、甘い味付けの朝食昼食夕食には我慢の限界がある。
お菓子作りに関してはシュガーの方が上だが、料理を作る腕は完全に調理人志望である吉澤大地の方が上だ。
紫紺は現在の生活に満足している。故に、此処へは帰って来ようとは思わなかった。
「しゅがー、そろそろ本題」
ボリボリボリボリ。ボリボリボリボリ。
「わかってるよ。既に検索は済んだ」
ボリボリボリボリ。ボリボリボリボリ。
「相変わらず仕事が速い」
ボリボリボリボリ。ボリボリボリボリ。
「そりゃどうも」
ボリボリボリボリ。ボリボリボリボリ。
「それで?」
紫紺はシュガーに回答を促した。
催促したしょっぱい食べ物、コーヒーショップにはそぐわない煎餅をバリボリと齧りながら。
「うん。これは十中八九、ベルウッドの仕業だね。僕もここ何年かの彼の行動は許容できる範囲じゃないと思っていた。むやみに人を攫い傀儡にする道楽は何千年も昔から変わっちゃいないらしい」
「しゅがー。ベルウッドって?」
「シュガーとハイブリッジと同じ”器量図鑑”の一人で鈴木軍の親玉。性格は極めて残忍で目的の為なら手段を選ばない極悪非道な輩だよ。君のことを引き取ってくれた木ノ下歌ちゃんだっけ?厄介なアーティファクトを首に嵌められているようだね。その子は現在、行動に制限を掛けられ彼の妻としていいように弄ばれている。彼女は決してベルウッドには逆らえない」
「うたをベルウッドから救うにはどうしたらいい?」
「僕達器量図鑑はさ、無敵とか不死身だって畏怖されてはいるけれど、消滅させる方法が無いわけじゃあないんだよ。実体の無いベルウッド、ハイブリッジ、シュガーにだってゲームと同じで攻略方は存在するんだ」
こんなことあっさり喋ってしまってもいいのだろうか?
彼ら三人の長にとって重大な情報を包み隠さず語っている。そんな気がする。
場合によってはシュガーの身に危険が及ぶ可能性を否定出来ない。
紫紺はシュガーが話すベルウッドの攻略法に真剣に耳を傾けていた。
「アーティファクトに隠匿されている本体を狙うんだ。それが僕達の弱点。ハイブリッジなら橋。ベルウッドなら鈴と木を砕く。ちなみに僕の場合は角砂糖だよ」
「既にしゅがーによって消滅させられたハイブリッジの説明は必要? 」
「一応例として紹介したまでさ。その方が理解しやすいかと思ってね。僕なりに配慮したつもりだったんだけれど、こんな所でどうかな。ベルウッドを攻略できそうかい?」
「しゅがーにも協力してほしい」
「ベルウッドの討伐にかい?」
「しゅがーはハイブリッジを多分に余力を残して討伐した。その気があるならベルウッドだって目じゃない筈。違う?」
シュガーに攻略法を事細かに聞いた紫紺だったが、それでもベルウッドは一筋縄ではいかない相手だ。不安が全く無いと言えば嘘になる。返り討ちにあっては元も子もない。
シュガーとベルウッドの驚異的な戦力差を知った紫紺は当然こう考えた。
彼が加担してくれたら勝ったも同然、百人力だと。
「違わないね。その通りだよ。彼は一度僕が指揮を執った佐藤軍に惨敗した過去があるからね。到底敵わない事実を身を以て理解している。本気で干戈を交える気は無いだろう」
「しゅがーだって少なからずベルウッドの存在は邪魔だと思ってる筈。虎に翼の大チャンス。どうせ殲滅するなら味方は多いに越したことはない。積極的に動いてくれる駒を利用し、漁夫の利を得られて一石二鳥。でしょ?」
「ハイブリッジを討伐したのは仕方なくだよ。彼等が僕に牙を剥きさえしなければ、高橋軍は全滅を回避できた。彼等はシュガーに仇なす行為を蟷螂の斧だと何故理解できないのかな」
「協力してくれる?協力してくれない?」
「協力するよ。今や君は僕にとって娘みたいなものだからね」
「流石しゅがー。ぐらーしあす」
ーーデブちゃんの運転する商用車の助手席に撓垂れながら、紫紺とコーヒーショップの店主二人の対談内容を一通り聞いた。
シュガーはいい奴だと、紫紺は繰り返し明言する。
紫紺を始め”虹色隊”の六人はハイブリッジに洗脳され好き勝手に掌握されていたところをシュガーに救われた。
シュガー自身は助けた覚えはないと頑なに否定しているらしいが、現に十分過ぎるほどの衣食住を与えられ猫可愛がりされてきた。口癖になりつつある『君達は高橋軍討伐の戦利品でしかない』は、最早照れ隠しだと断言していいだろう。
しかし、シュガーにベルウッドにハイブリッジねぇ……学校で習ったような習わなかったような。どちらにしても唐突な話過ぎて何が何だかってのが率直な感想だ。
ただ一つ明確に理解出来たのは、こいつら便利屋が歌姉をベルウッドとかいうやばい奴の魔の手から救い出そうと行動を開始したってことだ。
歌姉がある時を境に、俺に対して冷たい態度を取り始めたのには納得の理由があった。
まさか、弟に優しく接するたびに寿命が削られていくといった内容の理不尽な器量を施されていたなんて……全然知らなかった。思いもしなかった。
さっき俺が引き込まれそうになったトンネルの先は”ベルウッドの森”とか揶揄されているアーティファクト内に繋がっている
らしい。
テイルズ(俺命名)の一人、ナオに助けられていなかったら、今頃俺はどうなっていただろう。魔物にでもなって人間辞めていたかもしれない。
……改めて考えてみると途轍もなく恐ろしいな。
「で、どうするよ日影。成り行きで口滑らしちまったけど、この話をお前に聞かせるつもりは毛頭なかったんだ……器量を使えない奴に手伝えっつったって、そりゃ無理な相談だしな」
「……ああ。だな。悔しいが、歌姉の件はお前らに任せるしかない」
便利屋とテイルズの面々は、シュガーに協力して貰って近いうちにベルウッドの森に突入するという。
ベルウッドの本体である鈴と木を探し出して、何としても砕く。歌姉を不合理な支配から解放する為に…… ああは言ったが、本当に一任してしまっていいのか?
俺はこれまで数えきれないくらい歌姉の世話になってきた。
例え森に入ってこの身が魔物に成り果てようとも、ミッションを達成した結果、大好きでたまらなかったうたちゃんにもう一度会えるとしたら、これ以上嬉しいことはない。
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