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第二十二話(普通に暮らせるって嬉しい)
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「此処が慈愛ちゃんの為に用意した部屋だよ。少し古くて狭いかも知れないけど、我慢してね」
歌が慈愛を連れてきたのは二階建ての本宅と同じ庭に建てられた離れ。小さめの一階建ての部屋の中。この離れ家は元々日影や歌専用に建てられた場所で、二人が子供の頃秘密基地として使っていた。
現在は誰も使用していない為空き家となっている。
畳八畳の部屋にテレビと掘りこたつ。今まで自分の部屋など用意されたことのない慈愛からしたら有難く最高の場所でしかない。
「本当にこの場所を、私が好きに使っても大丈夫何ですか?」
「ごめんね。本当はあたし達と同じあっちで一緒に住みたかったんだけど、部屋として使えるとこが此処しか余ってなくて」
「平気です。ありがとうございます」
「晩御飯出来たら呼ぶから、此処でTVでも観て待っててね」
そう言い残して歌さんは離れから本宅へ戻って行きました。
慈愛は今更ながら思った。晩御飯のお手伝いをした方が良かったかなと。
「あれ?この人って……」
リモコンのボタンを押してTVを点けてみれば、映し出された映像は歌がマイクを手にし歌っている音楽番組で、彼女がアイドルという話は本当だったんだなと改めてビックリした。
「……良い曲です」
自分以外誰も居ない部屋の中で自然と飛び出た独り言。
テンポの速めな曲でサビの部分は聴いているだけでワクワクする。
音楽などほとんど聴いたことのない慈愛にもこの曲の良さは分かるみたいだ。
「ほんとっ!?その曲気に入ってくれたの!」
「は、はい。元気な感じで、カラオケとかで歌ったら盛り上がりそうな曲ですね」
ちょうどやってきた歌が自分の曲を聴いている慈愛の感想を聞いて嬉しそうに微笑んだ。
彼女は片手におぼんを持っていてその上にはオレンジジュースが載っている。
「嬉しいなぁ。ありがとう。それリリースしたばかりの新曲何だよ。慈愛ちゃんはアップテンポの曲が好きなのかな?」
「アップテンポという言葉を初めて知りましたが、歌さんのこの曲はとてもかっこいいと思います」
「お休みの日にでも一緒にカラオケ行こうか」
慈愛は誘いを受けてから考える。普段歌うことはなく、カラオケになど一度も行ったことがない自分が二人で行って彼女を楽しませられるのかと。
カラオケ……店内はどうなってるのかな?
「行って、みたいです……」
「うん。約束ね。これでも飲んでもう少し待ってて」
「あ、ありがとうございます」
歌は慈愛にオレンジジュースを手渡して、晩御飯の準備へ戻って行った。
「ーー美味しい」
久しぶりの懐かしい味が口いっぱいに広がった。甘くてほんのり酸っぱいオレンジジュースは刑務所ではもちろんのこと、叔母の家に住んでいた頃も一度も口にした日は無かった。
慈愛がこれと同じものを飲んだ時間は遥か昔に遡って、幼稚園に通っていたあたりだろうか。親が外国に旅行中テロに巻き込まれ命を奪われた日から小さき少女の生活は一変した。
元々は裕福な家庭で育った為か、今までお腹いっぱい食べさせてもらっていた分、叔母の家での一日一食の生活は辛く耐え難い毎日であった。
刑務所での生活の一日一日が楽しいと感じていた慈愛の気持ちも、その真実を知れば誰もが頷ける。
(歌さんはよく見るとお兄ちゃんと似ているところがたくさんありました。優しさと笑顔が特にソックリです。何だか……初めて会った気がしません)
ミュージックステージという音楽番組に出演している笑顔の素敵な彼女を眺めながら、慈愛はそう思った。
それと同時に、無実の罪で現在も刑務所の中にいる日影を牢から救い出す方法はないかと心中で色々と思案していた。
「じーあちゃん。晩御飯の準備完了したぞー。一緒に食べよ」
「は、はい。何もお手伝いしないですいません」
「いいって、いいって。子供はいちいちそんなこと気にしないで遊んでれば良いの。これからはそういう余所余所しい言葉遣い禁止ね。あたしは慈愛ちゃんのお姉ちゃんになったんだから」
「はい。……えっと……ありがとうございます。歌お姉ちゃん」
少し呼びにくそうに、恥ずかしそうに慈愛が放った台詞は、男はおろか同性である歌でさえも恋に落とすくらいに可愛いかった。
「歌お姉ちゃんかぁ~。慈愛ちゃんは本当に可愛いねぇ~。流石あたしの自慢の妹」
初めてお姉ちゃんと呼ばれた喜びのあまり慈愛に抱きついて頬擦りする。
二人の姿は誰が見ても仲の良い姉妹だと認めるだろう。
「おばあちゃん仕事で遅くなるかもしれないんだって。晩御飯先に食べちゃってってさっき電話があったんだ」
「私のせい、ですよね……ごめんなさい」
あの人が自分を叔母の手から引き離そうと頑張ってくれていることに慈愛は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
お世話になっている身で家主より先に食事を頂いてしまっても良いのかと、帰りを待つべきなのではと色々と考えてしまう。
「慈愛ちゃんが気にすることないの。おばあちゃんは児童相談所のお仕事を好きで続けてるんだから。すごいよねー。あの歳でまだ現役何だよ」
「……好き、何ですか?」
「うん。おばあちゃんは親から虐待を受けている子供達の力になりたくてあの仕事に就いた人だから。実を言うとね、あたしも日影もおばあちゃんに引き取ってもらったんだよ。元は捨て子だったんだから」
歌からの話を聞いて慈愛は意外な事実に呆然とする。
お兄ちゃんとお姉ちゃんも私と似たような境遇だったんですね。
おばあちゃんが皆の親代わりをしてるんだ……。
「驚いた?」
「は、はい……ビックリしました」
「慈愛ちゃんもいずれはおばあちゃんの養子
になると思うよ。そうなったら今度こそ本当の姉妹になれるね」
歌は光子が児童相談所の切り札「強制保護」を使って慈愛を必ず養子に迎えると話していたのを思い出した。
慈愛をさっそく自宅に招き入れたのは確実性があったからだ。
「はい。そうなれたら嬉しいです」
二人で食卓を囲んで手作りの料理に舌鼓を打つ。
ハンバーグもポテトサラダも味噌汁もどれも美味しい。以前叔母と共に暮らしていた頃はカップ麺とかレトルトカレーといった味気ない物ばかり出されて、手作りの食べ物など一度も食べた記憶がない。
刑務所に入って久しぶりに一日三食栄養のある食べ物を口にして慈愛は幸せと嬉しさでお腹が満たされた。
「味、どうかな。料理本片手に作ってみたんだけど、美味しく出来たか自信なくて。慈愛ちゃんの感想が聞きたいな」
「とっても美味しいです。お母さんの作ってくれたご飯と同じ味がします……懐かしい味です」
「そう……良かった」
慈愛がちょっぴり涙ぐんでいたことに歌は気付いていたが、察してくれたのかあえて何も触れようとはしなかった。
************************
(どうしましょう……)
歌と一緒に晩御飯を食べお風呂にも入った慈愛は、自分の部屋(離れ)へと帰ってきて腕を組み、う~んと悩んでいた。
押入れの中にはクリーニング済みの掛け布団に敷布団、毛布、枕などが用意されてあって、自分でそれらを畳の上に敷いたはいいが何だか落ち着かない。
枕が変わると眠れない人が居るとは耳にしたことはあっても、おそらく慈愛はそれが原因じゃない。刑務所では常に日影が居たし途中からはルナも一緒になって三人で仲良く眠っていた。
ーー単純に一人で眠るのが怖いのだ。
電気を点けっぱなしで寝たら電気代もそれなりにかかりそうだし、お世話になっている身であまり迷惑はかけたくない。
それでも暗くすると不安で眠りたくても眠れない。刑務所内で消灯後に眠れたのは二人が傍に居てくれたからだ。
(少し恥ずかしいですが、歌お姉ちゃんにお願いしてみましょうか……)
意を決して慈愛が向かった先は姉の部屋の前。
自分の枕を胸に抱えて、片手でドアをこんこんとノックした。
「歌お姉ちゃん、入ってもいいですか?」
「慈愛ちゃん?……うん。良いよ。入って入って」
部屋からの応答を確認しドアノブに手をかける。
「……お姉ちゃん。えと、その……あのですね……」
歌には目の前の銀髪少女が何を言い出したいのか胸に抱えている枕を見てすぐに分かった。
「一人じゃ眠れないんだね。いいよ。今日は一緒に眠ろうか」
そう言ってあげると、慈愛は表情を明るく変化させて素直に喜んだ。
いきなり環境がガラッと変わってしまえば、不安な気持ちになるのも頷ける。
姉と同じベットに横になりながら慈愛は恥ずかしそうに本音を打ち明けた。
「ありがとうございます。刑務所では同じ部屋に三人で眠っていたせいか、一人だと怖くて眠れなくて……我慢出来ずにお姉ちゃんの部屋まで来ちゃってました」
「そっか。それなら慈愛ちゃんが怖くなくなるまであたしが一緒に居てあげるね。その方が安心でしょ」
「いいんですか。ぜひお願いします」
自分の隣で目をキラキラさせながら喜ぶ慈愛が我が子のように可愛くて仕方がない。
歌は我慢出来なくなったのか、横たわる小さな体を両腕で優しく包み込むように抱きしめた。
「これからは日影の代わりにあたしが慈愛ちゃんの傍に居てあげるね」
「歌、お姉ちゃん……」
ベッドの上でお互いの瞳を見つめ合う甘い香りを漂わせる二人は、傍から見たら百合カップルにしか見えない。
慈愛ちゃんが小さくてふにふにで可愛いとは日影に教えられて知ってはいたけど、予想以上の破壊力だわ。
歌は男か女どっちが好きかと問われれば何の迷いもなく同性を取るような同性愛者で、アイドルとして男女共に人気がある美貌と美声の持ち主だが、この世に生を受けて十八年。一度も彼氏など作ったことはない。
男には全く、これっぽっちも興味がないのだ。
「そういえば慈愛ちゃん。さっき三人がどうとか言ってたみたいだけど、あなたは日影と二人で同じ部屋にいたんじゃなかったの?」
「いえ、違います。最初はそう、だったんですけど、牢の数が足りなくなったみたいで途中から三人になったんです」
慈愛は日影のペアだった金髪ツインテールの少女。ルナ・ティアーズのことを姉に話した。
日影をこよなく愛していたよく転ぶドジっ子娘のことを。
(この時間だとお二人はとっくに眠っている時間ですね)
刑務所の就寝時間はかなり早めで二十一時には消灯で明かりが消されてしまう。慣れないうちはお兄ちゃんが傍に居てもそれなりに怖かったです。
歌が慈愛を連れてきたのは二階建ての本宅と同じ庭に建てられた離れ。小さめの一階建ての部屋の中。この離れ家は元々日影や歌専用に建てられた場所で、二人が子供の頃秘密基地として使っていた。
現在は誰も使用していない為空き家となっている。
畳八畳の部屋にテレビと掘りこたつ。今まで自分の部屋など用意されたことのない慈愛からしたら有難く最高の場所でしかない。
「本当にこの場所を、私が好きに使っても大丈夫何ですか?」
「ごめんね。本当はあたし達と同じあっちで一緒に住みたかったんだけど、部屋として使えるとこが此処しか余ってなくて」
「平気です。ありがとうございます」
「晩御飯出来たら呼ぶから、此処でTVでも観て待っててね」
そう言い残して歌さんは離れから本宅へ戻って行きました。
慈愛は今更ながら思った。晩御飯のお手伝いをした方が良かったかなと。
「あれ?この人って……」
リモコンのボタンを押してTVを点けてみれば、映し出された映像は歌がマイクを手にし歌っている音楽番組で、彼女がアイドルという話は本当だったんだなと改めてビックリした。
「……良い曲です」
自分以外誰も居ない部屋の中で自然と飛び出た独り言。
テンポの速めな曲でサビの部分は聴いているだけでワクワクする。
音楽などほとんど聴いたことのない慈愛にもこの曲の良さは分かるみたいだ。
「ほんとっ!?その曲気に入ってくれたの!」
「は、はい。元気な感じで、カラオケとかで歌ったら盛り上がりそうな曲ですね」
ちょうどやってきた歌が自分の曲を聴いている慈愛の感想を聞いて嬉しそうに微笑んだ。
彼女は片手におぼんを持っていてその上にはオレンジジュースが載っている。
「嬉しいなぁ。ありがとう。それリリースしたばかりの新曲何だよ。慈愛ちゃんはアップテンポの曲が好きなのかな?」
「アップテンポという言葉を初めて知りましたが、歌さんのこの曲はとてもかっこいいと思います」
「お休みの日にでも一緒にカラオケ行こうか」
慈愛は誘いを受けてから考える。普段歌うことはなく、カラオケになど一度も行ったことがない自分が二人で行って彼女を楽しませられるのかと。
カラオケ……店内はどうなってるのかな?
「行って、みたいです……」
「うん。約束ね。これでも飲んでもう少し待ってて」
「あ、ありがとうございます」
歌は慈愛にオレンジジュースを手渡して、晩御飯の準備へ戻って行った。
「ーー美味しい」
久しぶりの懐かしい味が口いっぱいに広がった。甘くてほんのり酸っぱいオレンジジュースは刑務所ではもちろんのこと、叔母の家に住んでいた頃も一度も口にした日は無かった。
慈愛がこれと同じものを飲んだ時間は遥か昔に遡って、幼稚園に通っていたあたりだろうか。親が外国に旅行中テロに巻き込まれ命を奪われた日から小さき少女の生活は一変した。
元々は裕福な家庭で育った為か、今までお腹いっぱい食べさせてもらっていた分、叔母の家での一日一食の生活は辛く耐え難い毎日であった。
刑務所での生活の一日一日が楽しいと感じていた慈愛の気持ちも、その真実を知れば誰もが頷ける。
(歌さんはよく見るとお兄ちゃんと似ているところがたくさんありました。優しさと笑顔が特にソックリです。何だか……初めて会った気がしません)
ミュージックステージという音楽番組に出演している笑顔の素敵な彼女を眺めながら、慈愛はそう思った。
それと同時に、無実の罪で現在も刑務所の中にいる日影を牢から救い出す方法はないかと心中で色々と思案していた。
「じーあちゃん。晩御飯の準備完了したぞー。一緒に食べよ」
「は、はい。何もお手伝いしないですいません」
「いいって、いいって。子供はいちいちそんなこと気にしないで遊んでれば良いの。これからはそういう余所余所しい言葉遣い禁止ね。あたしは慈愛ちゃんのお姉ちゃんになったんだから」
「はい。……えっと……ありがとうございます。歌お姉ちゃん」
少し呼びにくそうに、恥ずかしそうに慈愛が放った台詞は、男はおろか同性である歌でさえも恋に落とすくらいに可愛いかった。
「歌お姉ちゃんかぁ~。慈愛ちゃんは本当に可愛いねぇ~。流石あたしの自慢の妹」
初めてお姉ちゃんと呼ばれた喜びのあまり慈愛に抱きついて頬擦りする。
二人の姿は誰が見ても仲の良い姉妹だと認めるだろう。
「おばあちゃん仕事で遅くなるかもしれないんだって。晩御飯先に食べちゃってってさっき電話があったんだ」
「私のせい、ですよね……ごめんなさい」
あの人が自分を叔母の手から引き離そうと頑張ってくれていることに慈愛は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
お世話になっている身で家主より先に食事を頂いてしまっても良いのかと、帰りを待つべきなのではと色々と考えてしまう。
「慈愛ちゃんが気にすることないの。おばあちゃんは児童相談所のお仕事を好きで続けてるんだから。すごいよねー。あの歳でまだ現役何だよ」
「……好き、何ですか?」
「うん。おばあちゃんは親から虐待を受けている子供達の力になりたくてあの仕事に就いた人だから。実を言うとね、あたしも日影もおばあちゃんに引き取ってもらったんだよ。元は捨て子だったんだから」
歌からの話を聞いて慈愛は意外な事実に呆然とする。
お兄ちゃんとお姉ちゃんも私と似たような境遇だったんですね。
おばあちゃんが皆の親代わりをしてるんだ……。
「驚いた?」
「は、はい……ビックリしました」
「慈愛ちゃんもいずれはおばあちゃんの養子
になると思うよ。そうなったら今度こそ本当の姉妹になれるね」
歌は光子が児童相談所の切り札「強制保護」を使って慈愛を必ず養子に迎えると話していたのを思い出した。
慈愛をさっそく自宅に招き入れたのは確実性があったからだ。
「はい。そうなれたら嬉しいです」
二人で食卓を囲んで手作りの料理に舌鼓を打つ。
ハンバーグもポテトサラダも味噌汁もどれも美味しい。以前叔母と共に暮らしていた頃はカップ麺とかレトルトカレーといった味気ない物ばかり出されて、手作りの食べ物など一度も食べた記憶がない。
刑務所に入って久しぶりに一日三食栄養のある食べ物を口にして慈愛は幸せと嬉しさでお腹が満たされた。
「味、どうかな。料理本片手に作ってみたんだけど、美味しく出来たか自信なくて。慈愛ちゃんの感想が聞きたいな」
「とっても美味しいです。お母さんの作ってくれたご飯と同じ味がします……懐かしい味です」
「そう……良かった」
慈愛がちょっぴり涙ぐんでいたことに歌は気付いていたが、察してくれたのかあえて何も触れようとはしなかった。
************************
(どうしましょう……)
歌と一緒に晩御飯を食べお風呂にも入った慈愛は、自分の部屋(離れ)へと帰ってきて腕を組み、う~んと悩んでいた。
押入れの中にはクリーニング済みの掛け布団に敷布団、毛布、枕などが用意されてあって、自分でそれらを畳の上に敷いたはいいが何だか落ち着かない。
枕が変わると眠れない人が居るとは耳にしたことはあっても、おそらく慈愛はそれが原因じゃない。刑務所では常に日影が居たし途中からはルナも一緒になって三人で仲良く眠っていた。
ーー単純に一人で眠るのが怖いのだ。
電気を点けっぱなしで寝たら電気代もそれなりにかかりそうだし、お世話になっている身であまり迷惑はかけたくない。
それでも暗くすると不安で眠りたくても眠れない。刑務所内で消灯後に眠れたのは二人が傍に居てくれたからだ。
(少し恥ずかしいですが、歌お姉ちゃんにお願いしてみましょうか……)
意を決して慈愛が向かった先は姉の部屋の前。
自分の枕を胸に抱えて、片手でドアをこんこんとノックした。
「歌お姉ちゃん、入ってもいいですか?」
「慈愛ちゃん?……うん。良いよ。入って入って」
部屋からの応答を確認しドアノブに手をかける。
「……お姉ちゃん。えと、その……あのですね……」
歌には目の前の銀髪少女が何を言い出したいのか胸に抱えている枕を見てすぐに分かった。
「一人じゃ眠れないんだね。いいよ。今日は一緒に眠ろうか」
そう言ってあげると、慈愛は表情を明るく変化させて素直に喜んだ。
いきなり環境がガラッと変わってしまえば、不安な気持ちになるのも頷ける。
姉と同じベットに横になりながら慈愛は恥ずかしそうに本音を打ち明けた。
「ありがとうございます。刑務所では同じ部屋に三人で眠っていたせいか、一人だと怖くて眠れなくて……我慢出来ずにお姉ちゃんの部屋まで来ちゃってました」
「そっか。それなら慈愛ちゃんが怖くなくなるまであたしが一緒に居てあげるね。その方が安心でしょ」
「いいんですか。ぜひお願いします」
自分の隣で目をキラキラさせながら喜ぶ慈愛が我が子のように可愛くて仕方がない。
歌は我慢出来なくなったのか、横たわる小さな体を両腕で優しく包み込むように抱きしめた。
「これからは日影の代わりにあたしが慈愛ちゃんの傍に居てあげるね」
「歌、お姉ちゃん……」
ベッドの上でお互いの瞳を見つめ合う甘い香りを漂わせる二人は、傍から見たら百合カップルにしか見えない。
慈愛ちゃんが小さくてふにふにで可愛いとは日影に教えられて知ってはいたけど、予想以上の破壊力だわ。
歌は男か女どっちが好きかと問われれば何の迷いもなく同性を取るような同性愛者で、アイドルとして男女共に人気がある美貌と美声の持ち主だが、この世に生を受けて十八年。一度も彼氏など作ったことはない。
男には全く、これっぽっちも興味がないのだ。
「そういえば慈愛ちゃん。さっき三人がどうとか言ってたみたいだけど、あなたは日影と二人で同じ部屋にいたんじゃなかったの?」
「いえ、違います。最初はそう、だったんですけど、牢の数が足りなくなったみたいで途中から三人になったんです」
慈愛は日影のペアだった金髪ツインテールの少女。ルナ・ティアーズのことを姉に話した。
日影をこよなく愛していたよく転ぶドジっ子娘のことを。
(この時間だとお二人はとっくに眠っている時間ですね)
刑務所の就寝時間はかなり早めで二十一時には消灯で明かりが消されてしまう。慣れないうちはお兄ちゃんが傍に居てもそれなりに怖かったです。
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