未成年囚人達のソーシャルサービス

SAKAHAKU

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第二十六話(受付の店員)

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「失礼します」

こんこんと二回ドアをノックする音が聞こえて、店員が沢山の食べ物を台車に載せて運んできた。六十代くらいのおばちゃんだ。
あるあるで言えば、途中で店員が入ってきた場合恥ずかしさのあまり歌うことを中断するのだが、歌姉は気にせず構わずに歌い続けていた。

(ばれてない。……おばちゃんだから最近のアイドルに疎いのか?)

店員は全ての注文品をテーブルの上へ並べ終えると、さっさと部屋から出て行った。
堂々と気持ち良さそうに歌っている姉の方を凝視していた様子はない。

「歌姉すごいな。人気アイドルの癖にフリーダム過ぎる」

……まあ、いつものことだが。

「誰もこんな田舎に水嶋歌姫が居る何て思わないわよ。それより冷める前に食べましょ。温かいうちにね」

十五人用の縦長テーブルいっぱいにカラオケ店の食べ物が埋め尽くすように並んでいる。
客である慈愛が店員でもないのにおばちゃんを手伝って一緒に並べていた。

「ホットケーキ美味しいです」

「そうか。こっちのうどんも中々いけるぞ。冷凍食品だとは思えない」

日影は以前、ルナとペアだった頃にカラオケ店の仕事を奉仕作業として経験済みで、大体のプロセスは頭の中に入っている。その際作った料理はレンジでチンするだけの簡単な調理法だった。

「へぇ~。日影の癖に詳しいじゃない」

「癖には余計だ。歌姉も一度捕まってみるといい。いろんな仕事を体験出来るぞ」

「遠慮しとく。あたしは十分いろんな仕事に手を付けてるし。歌手に女優にモデル。あと、声優にドラマも」

それを発言されてしまっては何も言い返せなくなる。
選ばれし者だけが生きることを許される芸能界。彼の姉はその夢の舞台で続々と活躍の場を広げているのだ。
水嶋歌姫は一般人からしたら憧れの存在である。

「学校でお姉ちゃんが「水嶋歌姫」だって自慢したら皆ビックリするでしょうね」

「いいよ慈愛ちゃん。とことん自慢しちゃって。お姉ちゃんが許しちゃう」

慈愛は木ノ下家から徒歩五分ほどの距離にある小学校へ通わせてもらっている。
必要な教育費や給食費などは姉である歌が全額払ってあげている。
芸能の仕事で億単位のお金を稼ぐブルジョワな姉にはそれくらいの出費痛くも痒くもない。

「はい。今度自慢してみます」

「慈愛ちゃん。学校は楽しいか?」

「楽しいです。皆さん仲良くしてくれますし、何より給食が美味しいです」

「そう。それは何よりね」

慈愛は叔母と生活していた頃は給食を食べた日はなかった。給食費を払っていなかった為だ。
周りの皆が給食を美味しそうに食べる中、一人だけ菓子パン一つかじっている光景を頭に思い浮かべるだけで可哀想過ぎる。

「歌お姉ちゃんがお金を出してくれたおかげです。ありがとうございます」

「可愛い妹の為何だから当然でしょ。お姉ちゃんに任せておきなさい」

日影は姉の働き振りを見習って考える。
自分もさっさと仕事をみつけて働かないと。
いつまでも無職のままじゃ駄目だよな。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。私と一緒に歌ってくれませんか?」

「いいよ」

「ああ。歌おう」

三人で仲良く一曲歌い終わってすぐ、日影は三人分の空になったグラスをトレーに載せて部屋を出る。
慈愛はオレンジジュース。歌にはホットココアをお願いされた。
妹のリクエストには何の問題もないが、姉のリクエストはグラスをマグカップに変える必要がある。

(……めんどくせー。アイスココアじゃ駄目なのかよ)

心中で本音を撒き散らしながらも受付に向かう。
コップの交換は一々店員にお願いしなきゃならんから面倒でならない。

「すいません。グラスをマグカップに交換したいんですけど……って、あれ?」

一瞬、目を疑った。
受付に立つ店員がルナに似ている気がした。
未だ刑務所の中に居る筈の元ペアである「ルナ・ティアーズ」に。

「……え、えっ、嘘っ?ひっ、ひーくんっ!?」

何週間かぶりに見た金髪と整った綺麗な目鼻立ち。
俺をひーくんと呼ぶその店員はルナ・ティアーズで間違いなかった。

「わー!わー!すごーい!ひーくんだ!本物
のひーくんだっ!」

ルナが瞳を爛々とさせて騒ぎ出す。まるで芸能人でも発見したかのような喜びようだ。
いきなり大声を放った店員に何事かと大勢の注目が集まる。
ホールの座席に腰掛け順番待ちをしている客達の視線が痛い。

「ルナ……、お前どうして脱獄何かしたんだ。刑期が延びるぞ。早く刑務所に戻りなさい」

「ちっ、違うったらっ!今日の奉仕作業がカラオケ店だったの!脱獄何かしたら手首切り落とされちゃうのにそんな怖いことしないよっ!」

まあ、本当のところはそうだろうと思っていた。
おもしろそーだからちょっとからかってみただけだ。
脱獄など企んだ囚人の末路は痛いほど体に染み込んでいる。現在もルナの片手首に嵌められている片手錠はGPS搭載で逃走を少しでも察知すれば鋭いノコギリのような刃物に変形し手首を切断されるんだ。
日影は出血多量で死んだ人間。ショック死した囚人を何人か知っている。

「悪い、悪い。それよりルナ、マグカップ貸してくんない?うちの姉貴がホットココア飲みたいとか言い出してさ」

「もー。それよりとか酷いよ、ひーくん。久しぶりに会えたんだから少しは優しく接してくれてもいいじゃない。抱きしめてくれるとか、頭撫でてくれるとか」

「そんな恥ずかしいこと人前で出来るかよ。また今度な」

ルナは元相棒である日影のつれない態度に、不満そうに眉をひそめながらもマグカップを手渡した。

「ひーくんの馬鹿。ケチ」

「出所したらいくらでも可愛がってやるから。そんな剥れるなって」

「あっーー」

瞳に涙を溜めるルナの頭にぽんぽんとさり気なく手をあてる。
女の子の泣き顔を見るのに日影は慣れていない。

「ひーくん…………ありがとう…………」

「ーーじゃ、またな」

「うん!またね!」

それだけ伝えて日影は受付にいるルナに背を向けて、ドリンクバーの鎮座する場所まで歩いて向かった。
彼は女の子の泣いている姿を見るのに弱いだけじゃなく、涙もろい一面もある。
元相棒に会えて何でもないような態度を取っていたが、実際はずっと涙を堪えていて、少しでも気を抜けば大粒の涙が溢れ出しそうだった。

「日影遅い。使えない弟君ね。待ちくたびれて喉がカラカラよ」

「わりぃ。ちょっと知り合いに会ってな」

そう言いながら、歌にホットココア。慈愛にオレンジジュースを手渡した。

「どうもー」

「ありがとうございます。…………あれ、お兄ちゃんどうしました?目が赤くなってますが」

日影の顔を見て慈愛が心配そうな声をあげる。
妹の気遣いはとても嬉しかったが、その台詞が意地の悪い姉にさっきまで泣いていた事実を悟られる結果となった。

「あ、ほんとだ。日影、あんたどうして泣いてるの?はっずかし~」

「うっせーよ。これは嬉し泣きだ。恥じることなど何一つないぞ」

「嬉し泣き?お兄ちゃんは何が嬉しかったんです?」

兄の言葉を聞いて、慈愛が?マークを頭に浮かべながら尋ねる。

「受付にルナが居てさ。つい感極まっちまった」

「ルナさんが居たんですか!?私も会いたいです!!」

受付に居たと教えてやると、慈愛ちゃんは笑顔になって部屋から飛び出して行った。二人となった空間の中、歌姉が口を開く。

「ルナって子はあんたの彼女?」

「ちげぇよ。刑務所に居た頃のペアで同室だった相棒」

「ペアって何よ?」

「シングルが一人部屋。ペアは二人部屋ってことだ。他にもトリオ、カルテット、クインテットまで存在する」

これは囚人用語か何かなのか、俺が初めて刑務所に入った頃から存在した呼び方だ。
誰が決めたのかは不明。聞いた限りじゃ若干中二っぽい。自然と慣れ親しんだ言葉であるのは確かだ。

「へぇ~。面白いわね。あたしが入るなら絶対にシングルを希望するわ。四人部屋や五人部屋何て考えるだけでゾッとするし」

「カルテットやクインテットは虐めが多いって話だ」

日影は運良く人に恵まれていたが、中にはもちろん獰猛で近寄りがたい囚人も多数存在する。そいつらと同室になどなったら毎日気の抜けない日が続くだろうな。

「……ただいまです」

慈愛が兄と姉の待つ部屋に帰ってきたのは二人が刑務所について語り始めてから十分くらい経った頃だった。
何だろ。可愛い妹の顔が少しばかり暗いように感じる。

「どうだった。本当に居たろ」

「大勢のお客さんの前で抱きつかれました。だっこもされました。すごく恥ずかしかったです」

ーーああ。それでね。

相変わらずルナは容赦がないな。いくら本当の妹のように可愛いからって客の前でだっこは恥ずいわ。

「それくらい嬉しかったってことさ。許してやってくれ」

「お兄ちゃんがルナさんに会えて嬉し泣きしてたって伝えたらとても喜んでくれました。ルナさんのお兄ちゃん愛は不滅ですね」

日影がやせ我慢して涙を堪えていた努力を無駄にした慈愛だったが、ルナがそれで元気を取り戻せたならそれでいい。結果オーライだ。

「日影を愛してくれる子が居た何て驚きね。不肖の弟にやっと来た遅すぎるモテ期」

湯気の立ち上る熱々のホットココアを一口し、弟に対して容赦のない毒を吐いた。
誰が不肖の弟か。と、心中で呟きながらも腰を下ろしていたソファーから立ち上がる。
そんな日影の姿を見て、慈愛が口を開いた。

「お兄ちゃん、何処に行くんです?トイレですか?」

「いや……ちょっとばかしルナを手伝ってやろうかと思ってさ。店の中混んでて大変そうだし」

「へぇ。優しいじゃない」

「それなら私も、一緒にお手伝いしたいです」

慈愛が日影の後ろをとてとてと追いかける。
二人が仕事を手伝おうかと提案するとルナは笑顔になって喜んだ。







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