未成年囚人達のソーシャルサービス

SAKAHAKU

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第六十四話(奉仕作業。着ぐるみ。風船配り)

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ーー熱帯夜。

と表現するのが最も相応しいだろうか。まるでサウナにでも入ってる気分だ。
夏の刑務所の夜はとにかく長い。
牢に取り付けられた小窓の、その外側で引っ切り無しにこちらの鼓膜を震わせるのは、耳障りなしつこいまでの蝉の鳴き声。一週間という短い期間で命を散らす哀れな生き物だ。
毎年この鳴き声を聞くだけで、蒸し暑いのも本番に入ったんだなと感じられて嫌気が差してくる。

「日影、暑くて眠れない……」

「俺もだテイル。耐えろ……耐えて、我慢して踏ん張るしか他に道はない……」


哀れなのはうちの相棒も負けず劣らずで、30℃近くはあるであろう空間の中、体を仰向けにして苦しそうに呼吸を繰り返し悶えまくる瀕死の状態。無慈悲にも囚人達を閉じ込めておくだけのこの部屋には冷房機器など備わってはいないのだ。

(……やべぇ……くらくらする……意識がだんだんと遠くなって……)

夏という季節は子供達に限定し至福の一ヶ月を与えられる最高の期間だ。
遊びの障害となる宿題さえ終わらせてしまえば、その後は何をしようが自由。
プール行こうが虫取りしようが携帯ゲームで遊ぼうが、とにかく楽しい。
遅寝遅起き当たり前。昼飯は朝食となり一日二食の生活。クーラーに蚊取り機のコンビは二十四時間点けっぱなし。
冷やし中華とそうめんばかりを交互に食していたあの頃が懐かしいよ。


***********************


「ああ……クソ、暑い……夏にする仕事じゃねぇよな、これ……」

こんな騒がしい場所へ訪れるのは何年ぶりだろうか。
たくさんのゴンドラが低速でゆったりと旋回する観覧車。
馬の形をした座席が回転するメリーゴーランド。
レール上を高速で走る絶叫マシン。好き嫌いの分かれるジェットコースター。
肌色率が高めの服装で夏を満喫しているお客達を前にげんなりとした溜息を吐いたのは人気キャラクターの着ぐるみを纏った遊園地のスタッフ。木ノ下日影だ。

「……殺す気か……殺すつもりだよな……」

物騒に呟くその台詞もこれで何度目か。
隣で風船配りを遂行する万は弱音など一切吐かずに、黙々と周りに群がるお子様と触れ合っている。
米粒くらいの見にくい視界に体に負担のかかる重み。息も吸いづらいし何より汗臭い。
何度も多数の人間が着まわしたような異臭と無限に額を伝う汗が邪魔して視界が安定しない。
冷房の設備など一つもない刑務所よりはマシと期待したのが間違いだった。
後悔の念は否めない。さっさと終わらせてクーラーの効いた休憩室に戻りたいな。
子供達よ、さっさと俺達をこの地獄のような業務から解放してくれ。
 
「おーい、ひかげー。生きてるかー」 

「………………………………………」

まるで焼き殺すかのようにギラギラと照った太陽の下から解放され、すぐ様休憩室へ戻った日影と万は、部屋の中央に配置してあるテーブルへ意気消沈状態で顔を突っ伏している。
日影の頬を横から面白がってツンツンしているのは森羅万の相棒でありお調子者。元気だけが取り柄の滝登ツクネである。

「あー。こりゃ駄目だな。すでに虫の息だ」

「ツクネ……俺は今無性に虫の居所が悪い。それ以上休憩の邪魔したら、顔面パンチするぞ……」

相手の顔も見上げずに言い捨ててやった。
余裕かましてるツクネにとりあえずイラついた。すげえイラついた。めちゃめちゃイラついた。
お前が俺と万の代わりに着ぐるみ纏って灼熱の太陽の下に立ちやがれ、この野郎。
いや……この場合は女郎になるのか。

ツクネも同じく休憩時間のようだ。
こっちは重労働の為こまめに休憩を挟んで良いと責任者から直々に許しを得ている。中々の気遣いを受けてはいるが、それでも冷房の効いた場所でゆったりまったりと仕事をしている二人の方が羨ましい。
日影はお化け屋敷の中で脅かし役として働くツクネを恨めしそうに睨みつけていた。

「顔面パンチとか、お前容赦ねぇな。仮にもあたしは可愛い女の子だぞ。言葉は選んで発しろよな」

「可愛いは余計だろ。お前の自画自賛は聞き飽きた。……というか、テイルはどうした?」

日影は休憩室に見当たらない我が相棒の所在を尋ねてみる。
ツクネと行動を共にしている筈の狼娘はトイレにでも行ったのか一向に姿を現さないでいた。
狼の本能を制御出来ないアイツはまさに、檻から脱走した猛獣状態。
一人にしておくには非常に危険だ。
誰か見張り役でも付いていなければ、この遊園地に遊びに来ているお客等に襲いかかり怪我を負わせるかも知れない。
そうなれば、両手首に嵌められている片手錠が発動されテイルは命を落とすことになるだろうな。

ツクネは平然とした口調で意表を突く発言をした。

「アイツならまだお化け屋敷の中だぞ。素の格好で怖がらせようとしたつもりが客達に可愛がられてた。耳触られたり頭撫でられたりですっかりと人気者扱いだ」

なるほどね。
テイルは見た目が妖怪みたいなもんだから仮装の必要がないのか。
獣耳生やしてるし、狼男じゃないけど狼女みたいな感じにはみえる。
可愛がられるのは単純に見た目がマスコットやペットっぽいからだろう。

ーーいやいや、そんなことはどうでもいいんだ。そのままにはできない、放っておけない問題が別にある。

「アイツ一人置いて来たらマズイだろ。お客に噛みつきでもしたらどうするんだ?誰が責任取るんだよ。分かったならさっさと持ち場に戻りたまえ。噛みつかれ役のツクネさん」

「何であたしが噛みつかれ役任されなきゃいけないんだよ。いつもみたいにお前がやれ」

毎回のようにガジガジガブガブされてたんじゃこっちの身が持たねぇ。
木ノ下日影はアイツの餌でも食用肉でもないんだ。

……まあ、しかしだ。

アイツの本能を覚醒させない為に用意した秘策がこっちにはある。
刑務所には作業報奨金という、囚人が自由に扱える金銭が存在するんだ。

奉仕作業でコツコツとへそくりしておいた百円玉五枚を握りしめ日影が向かった先は遊園地内のフードコーナー。
そこで泣く泣く購入したのはアメリカンドッグ五本。
テイルは別に人間の生肉を限定で欲しているって訳じゃないんだよな。
とりあえず肉なら何の肉でも良い。
鳥肉に豚肉に牛肉。どれもこれも大好物だ。


「日影ありがとう。嬉しい」

ツクネと入れ替わる形でテイルが休憩室へやってきて、購入したばかりのアメリカンドッグにさっそく食いついている。
日影はお客を魅了し夢中にし楽しませていた頑張り屋の相棒の夕日色の髪を優しく撫でながら、懇願するような台詞を口にする。

「たんとお食べ。それだけ食べたんだから今日は俺に噛みつかないでくれよ」

「約束は出来ない。……けど、努力する」

アメリカンドッグ五本という安月給な囚人にはきつめの出費をしたんだ。
努力じゃなくて約束して貰わないと困る。

……でもま、簡単に口約束されて、後で期待を裏切られるよりはマシか。
テイルだって俺に好きで噛み付きたいって考えてることもないだろう。

「万もどうよ。一本食べるか?」 

「ううん。僕のことは気にしなくていいから、全部テイルに食べさせてあげて。食べ足りなくて万が一暴走しても困るでしょ」

「テイル達は朝から何も食べてない。万だってお腹空いてる筈。人のことは気にしないで受け取った方がいい」

テイルの言うことは正論だ。確かに万の言い分にも頷けるが、あそこの刑務所は囚人に朝と昼の食事を提供しない。
運良く奉仕作業で役得の多い飲食店が当たれば昼時にはまかないを食べられるが、今日みたいな仕事の日は晩飯の時間までは空腹を耐え忍ばなきゃならない。
日影がフードコーナーでこっそり使用した報奨金は本来牢獄内限定で使用が許されている。
仕事中勝手に買い物したことが露見でもすれば即座に懲罰牢行きとなる。
元々、現状だって生きていくには辛すぎる環境だってのに、これ以上状況が悪くなるのは命に関わる。
一日一食。冷房暖房の設備無し。入浴は週に三回。早朝二時間の走り込み。十時間の就業。
この通り十分にキツイ毎日を送っていて、気が滅入る。
空腹な状態で肉体労働ってのはヘビーだよな。仕事という名の拷問だ。
夏に入って死んだ囚人の名を挙げれば切りが無い。

「テイルが万に食べて欲しいってさ。貰ってやってくれ」

万は日影の代言とその隣でこくこくと頷く狼娘の姿を確認して「ありがとう」と一言。
差し出されたアメリカンドッグにやっとのこと手を伸ばした。

ーーそういえばと、日影は不意に思い出す。

あの日、頭に負った怪我が完治して退院し逮捕されてから二ヶ月以上が経過した。
最近は奉仕作業で目紛るしく忙しかったのと体の疲労が重なって気にすることも儘ならなかった。

考える暇や余裕が無かった。

驚いたことに、刑務所生活が始まってから今まで、一度も面会をしていない。
始めて収容された刑務所では月に二回までは許されていた。

ーーまさかのまさかだが。

こんな最悪な展開をさらっと考えてしまう自分が恐ろしい。

……無い、よな。それは流石に無いよな。

「あのさ、万。ちょっと聞きたいんだけどさ」

日影の懸念は先輩囚人である森羅万への質問で見事に的中した。































































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