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第六十五話(奉仕作業。ケーキ作り)
しおりを挟む一年二組の滝登ツクネ。六歳です。大きくなったら、ケーキさんになっていっぱいつまみ食いがしたいです。
ーー昨日の晩。木ノ下日影はこんなにも微笑ましく、愉快な夢を見た。
過去にこれと似たような映像をTVで拝見したことがある。
小学生の子供達一人一人がTVカメラの前に立ち、各々が自らの名と所属、そして将来の夢について語るのだ。
誰もが一度は体験するであろうその光景に、一縷の懐かしさを感じながらも、日影は込み上げてくる笑いの感情を何とか押し殺そうと必死で口を塞いでいた。
あの男勝りなツクネがケーキ屋さんとか、いかにも女の子っぽい職業を選択するとは思いもしていなかった。
ツクネの癖に乙女な発言すんじゃねぇよって話だよな。
あいつにはもっと、何かこう、元気溌剌な仕事がお似合いだ。
「とまあ、昨日そんな感じの滑稽な夢を見てな。早朝のランニングにはちっとも身が入らなかったんだわ」
「へぇ~。随分と可愛らしい夢を見たんだね。小さな頃のツクネは人懐っこくて甘えん坊で泣き虫だったんだよ。信じられないかもしれないけどね」
「人懐っこくて甘えん坊で泣き虫ねぇ。その三拍子は今のコイツからは確かに想像できねぇな。わんぱくで生意気で礼儀知らずの間違いだろ」
日影の視線は憂鬱そうな面持ちで泡立て器とボールを手にし、生クリームを掻き混ぜている滝登ツクネへと向いた。
そこは以前に一週間ほど奉仕作業で訪れたことのある見慣れた場所で、メイド服を着た美少女姉妹二人が経営するカフェのような内装の小洒落たケーキ店「甘菓子」だ。
テイクアウトは勿論、店内でお召し上がりも可能。
午後二時を過ぎた店内には、平日の昼間だというのにも関わらず大勢の客で賑わっている。
男性客ばかりで席が埋め尽くされ、女性客の姿は数名しか見当たらない。
彼等の携えるリュックや鞄の中身はパンパンで、イベントの帰りなのだろうか、戦利品のポスターやタペストリーが無造作にはみ出していた。
持参の立派なカメラを首にぶら下げるおたく達のお目当てはもちろん、メイド服を来て接客をする「甘菓子クロ」と「甘菓子シロ」に違いない。
彼女等はこの店を二人で切り盛りしている双子の姉妹で共に十七歳。店長だった父親が他界してからは高校を中退し、このケーキ店「甘菓子」で働いて行こう受け継ごうと決意した。
ちなみに彼女達が身に纏っている黒と白のバランスの丁度良いメイド服は父親の趣味らしい。
現在、日影と万とツクネの三人は裏方の厨房で顔をクリームまみれにしながらホールのショートケーキを拵えている真っ最中。
ちなみにうちのテイルは、双子の妹「シロ」と共に色取り取りのケーキが並んだショーケースの前に立ちお客を出迎える役目に付いている。
ーー何故かメイド服を着せられて、フランスパンに噛り付きながら。
「勝手に人を夢の中に登場させるなよな。出演料たっぷり取るぞ。一回につき百億円くらいくれ」
「勝手に夢の中に登場しておきながら、何たる横暴。そんな夢のような大金、俺にはねぇ」
戯言を容赦無く吐き捨てるツクネに対し、キッチン台に山のように積まれた苺を輪切りにする作業をしながらも、日影は言葉を返す。
その隣では半分に切ったスポンジにパレットナイフで生クリームを塗りたくり、半分にカットされた苺をふんだんに乗っけている万がいる。
朝っぱらから取り掛かった一からのスポンジ作りは熾烈をきわめたな。二度とやりたくねぇ。
今日俺達四人がこの店に駆り出された理由は姉の「クロ」にどうしても外せない用事があるから。とのことだ。
話を濁されようが、彼女のあられもない趣味を知る日影にはその行き先に見当が付いてしまっているのだが……、
「もうクリームは舐め飽きたな。日影、苺くれ、苺。二十個くらいで我慢するから」
「あれだけ食っておきながらまだ食う気かよ……」
味見と称してツクネのアホとテイルの馬鹿がつまみ食いした材料の数は最早計り知れない。
クリームをぺろり。苺をぱくり。スポンジをがぶり。
運営に支障をきたす恐れを感じたメイド姉妹の妹「シロ」はテイルにつまみ食いの心配がないレジを任せることにした。
アイツは本当の馬鹿なのかも知れない。
四人で協力して完成させたショートケーキにまで食いつく始末だ。
レジの方を振り返ってみれば、未だにテイルは会計を担当するシロの隣で、彼女に貰ったフランスパンに噛り付いていた。
**********************
「木ノ下日影?知らないなぁ、そんな奴。この刑務所には居ないと思うぜ」
ーーその軽薄でチャラい台詞は、日影が収容されている筈の刑務所で、ルナが刑務官にはっきりと口にされた言葉だ。
日影大好きな金髪ツインテールの少女にとっては思い起こすだけで不快にされる、馴れ馴れしい態度だった。
「ひーくんのばか。馬鹿。大馬鹿」
日影が逮捕されたエックスデーとなったあの日から二ヶ月が経過したが、いつになっても彼から手紙が届くことは無かった。
刑務官から告げられたあの言葉が信じられない。信じたくない。
ルナが刑務所からの帰りがけに立ち寄ったのは、囚人生活を送っていた頃に二人で奉仕作業に訪れた場所「甘菓子」
所在不明な日影の幻想を追い求める中で、店の看板が懐かしい店構えが目に止まった。
彼女がテーブルに体をもたれ掛かりながら呟いた戯言にいち早く物申したのは、目の前の席に腰掛ける連れの小学生。日影の妹、銀髪のショートヘアーと端正な顔立ちが目印「木ノ下慈愛」だった。
「聞き捨てならない謗言です。ルナさんはお兄ちゃんのことが大好き何ですよね?私のお兄ちゃんを悪く言うのは止めて下さい」
「え~。だって~……」
「だってじゃないです。駄目です。禁止です。次お兄ちゃんを侮辱するような台詞を吐いたら起こりますよ」
慈愛はルナのみだりな言動にむすっと口の端を吊り上げる。
彼女に取って兄は何度も助けてくれた。優しくしてくれた。可愛がってくれた。一緒に居てくれた。家族として迎え入れてくれた。最も大切な人だ。
日影が再逮捕される発端となった原因は人を殴り飛ばし重傷を負わせたのと小学校への侵入行為の二つだが、それは全て大切な妹のことを思い実行に移した勇気ある行動で、あの場面で兄に救われていなければ、おそらく妹の命は危なかった。
よって、慈愛が兄に寄せる信頼は厚い。
大好きな日影へルナのように軽率な発言ができる筈が無かった。
「慈愛たん、ごめんね。もうひーくんの悪口言わないから怖い顔しないで。ほらほら、大好きなチーズケーキ、メイドさんが運んできてくれたよ」
先程ルナと慈愛が注文したケーキと紅茶をトレイに載せて運んできたメイドは、好奇心をそそられるような何とも不思議な獣耳を頭に生やした人物だった。
自然、二人の視線は現在木ノ下日影のペアとして奉仕作業に勤しむテイル・ブラウニーの姿に夢中となる。
そんな中、興味有り気な視線には慣れ親しんでしまっているのか、テイル自身は少しも微動だにしていない様子で、
「チーズケーキとモンブラン。注文はこれで良かった?」
お客様相手にタメ口で接客をしたのだった。
「え、えっと……、はい。大丈夫、です」
間抜けな声を発してルナが肯定の合図を送る。
依然として、慈愛はテイルの頭から直に生えている狼の証から目を逸らせずにいる。
まるでこの世ならざる化け物でも見たかのように、目をまん丸にし驚いていた。
「……そう。ごゆっくり」
それだけ言い残して、夕日色の髪をした狼娘は会計レジの方へと戻っていく。
周りにいる沢山のおたく達は彼女の獣耳がリアルなカチューシャか何かと勘違いして毛程も疑わないようだが、二人はしっかりとその目で見破ってしまったのだ。接客をやり遂げた満足感からか、可愛らしいフサフサの耳がぴくりと嬉しそうに動いた場面を。
ーーパシャ。パシャパシャ。パシャパシャパシャ。
突然店内に鳴り響く連続したシャッター音。
数人のおたく達がタイミングを見計らっていたかのように席から一斉に立ち上がり、テイルの方へカメラを向けて、人外少女の姿を欲望の赴くままに激写している。
サービス精神は意外に持ち合わせていたのか、スカートの端を摘みながらクルッと一回転。彼等の方へと片手でVサインを作ってドヤ顔。というか、笑顔が上手く作れないのか、感情はほとんど籠っていない。
この店「甘菓子」ではメイド姉妹の写真を撮影する行為は黙認されている。
彼等の目はまるで好みのコスプレイヤーを見つけた瞬間の喜びに満ち溢れていた。
**********************
「ひかげ、ひかげ。テイル一人で接客できた。ご褒美欲しい」
「おお。マジか。偉いなテイル。よし、良い子なお前には俺が休憩中勝手に作ってみたイチゴジャムを試食させてやろう」
始めての接客成功を大いに喜びながら厨房へ顔を出しにきたテイルへ日影が差し出したのは、瓶からスプーンで一口分を掬ったイチゴジャム。
テイルは心を許し始めた日影だけに見せる最高の笑顔でスプーン上に乗ったジャムを口に含んだ。
そんな微笑まな光景を横目に眺めていたツクネは不満を漏らし始める。
「お前いつの間にそんなの作ってたんだよ。勝手に店の材料使っちゃ駄目だろ。シロに怒られるぞ」
「為せば成る為さねば成らぬ何事も」
「は?ほんとに何言ってんだ?ついに頭が可笑しくなったか?……ああ、悪い。元から日影は馬鹿だったな」
「お前に言われるのはすげぇ癪に障るが、正直今の返しは自分でもそう思うわ」
キメ顔でかっこよく口にしてみたものの、そもそも言葉の意味が相手に伝わらなきゃ会話は成立しない。
「仕事で疲れてるせいかツクネが俺以上の「馬鹿」だってこと、うっかり忘れてたよ。はは。済まなかったな」
「この秀才美少女ツクネちゃん相手に「馬鹿」だと?日影、お前の人生完全に詰んだぜ」
「な、なに……詰んだ、だと?」
「おうよ。訂正して詫びるなら今の内だ。あたしのバックにはな「ヤ」の付く怖い奴等がーー」
「はいはい。嘘丸わかりな妄言はそこら辺にしようね。僕もそろそろ黙ってないよ」
二人して作業を中断しくっちゃべっていた日影とツクネに対し、一人黙々とケーキ作りに専念していた万からのお叱りのお言葉が心に刺さる。
ツクネのはったりに、脅し文句に少しでも怖気付いちまった自分が恥ずかしい。
こいつが「ヤ」の次に何を口にするのか普通に分かっちまった。
テイルは俺と馬鹿の会話を気にすることもなく、勝手にイチゴジャムの入った瓶詰めをくすめて、ぱくぱく口に含んでいる。
「何だよ、嘘八百かよ。ちょっとばかし信じそうになっちまった」
日影は真偽不明のツクネの発言が偽りと知って、気付かれないよう密かに胸を撫で下ろしていた。
**********************
「ひーくん、何処に居るのかな。今何してるんだろうね」
「この時間はきっと奉仕作業だと思います。誠に残念ですが、お兄ちゃんからお手紙が届くまでは面会に行けそうにないですね」
午後三時のおやつの時間、美味しいケーキと紅茶にまったりと癒されながら、ルナと慈愛の二人はこの場に居ない木ノ下日影の所在や行動について話合っていた。
彼が「甘菓子」の厨房で奉仕作業をしているとは、まさか、思いもしなかっただろう。
ーーこの時、日影はすでに知っていた。
彼女達と顔を合わせるには、あの刑務所から解放される以外に手段がないことを。
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