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第八十三話(奉仕作業。百円ショップ)

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爪切りにハサミに紙ヤスリに耳かき。
これらの品が漏れなく百円で買えるというのだから驚きだ。
他にもゴミ箱にフライパンにマグカップ。気になる商品が目白押しで、ついつい目移りしてしまう。
百円ショップの商品はどれもこれもが安くて壊れやすいとレッテルを張られがちだが、高価な商品と比較しても遜色は無いし、存外役に立つ物ばかりだ。
信じられないかも知れないが、最近じゃ百円で買える掃除機や扇風機、コタツまで売り場に展開されている。大型家電まで売っているのを初めて知った。
採算がとれているのか甚だ疑問だな。

「ひかげ、ひかげ、炊飯器が百円で売ってる。これほしい」

現在、俺はテイルと共に品出し業務に精を出している真っ最中である。
不覚にもあり得ない程に安いハンドクリーナーに心を奪われていたそんな中、双眸を燦々と輝かせたテイルが見本品の炊飯器を胸に抱えて『見て見て』と詰め寄って来た。
兎にも角にも『買って、買って』とうるさい。
刑務所で出される飯の量に不満があるのに異論は無いが、米を炊く機械だけあっても無用の長物だと思うんだ。

「炊きたての白いご飯、日影は食べたくない?」

「あのさ、テイル。炊飯器だけ買っても肝心の中身が……米がなきゃ意味無いだろ」

「お米なら炊飯器コーナーに一袋百円で陳列されてる」

えっ、まじで……?

俄かには信じられないが、規格外な値段でコタツとか掃除機が売りに出されていることを考えれば、米くらい百円で売っていても不思議ではないのかもしれない。

ーーこんな稀代な光景を見たことがあるだろうか。

刑務所の手狭な一室、昨日まで殺風景だったそこには、本日購入してきたコタツ、掃除機、扇風機、冷蔵庫、クーラー、そして炊飯器が各場所に設置されている。
なけなしの作業報奨金を取り崩してでも、買う価値はあったのだろうか。

「あったんじゃないかな。鉄格子の中でコタツに入れる何て夢にも思わなかったよ。それに、クーラーがあると夏は涼しくて良いよね」

クーラーは四人が満場一致で購入した。
夏に冷房器具が無い何て異常だし、最近の夏は暑過ぎるしで、今年は熱中症になるんじゃないかと冷や冷やさせられたもんだ。冷房の効いた部屋とサウナを彷彿とさせる部屋とでは、ほんと雲泥の差。
これで来年は快適に過ごせる筈だ。

「おーい、日影。まだできねーのかよ」

「もう暫し待て。つうか、お前も手伝ってくれても良いんだぞ?」

刑務所で支給された飯は今日も今日とて、相変わらず質素だった。
ここ数日、マシな食べ物を口にしていない気がする。

現在俺は板長よろしく百均で購入した『お刺身盛り合わせセット』なるものを駆使し、寿司を作っている只中で、傍らに寝そべっているツクネにまだかまだかと急かされていた。
そんなことは露知らず、テイルは茶碗の二刀流を併用し、上下にフリフリしたりシャカシャカしたり、何だかとても楽しそう。
今日日、子供でもやっていなそうな方法で、可愛らしいまん丸なおにぎりが次々と量産されていた。
ちなみに言うと、具は主にシャケフレークとシーチキンである。

四人揃って、コタツに入って暖を取る。
万が急須で紙パックのお茶とインスタント味噌汁にお湯を注ぎ、その音がまた何とも言えない彩りを加えて、この場の雰囲気を和ませていた。
獄中で、このようなパーティー紛いな行為を敢行しているのは俺達くらいなもんだろう。
見様見真似で作った握り寿司と軍艦巻きを、各々の皿に配分していく。
コタツでごろごろする碌でなしのツクネさんには、ワサビ増し増しのマグロを用意してやるつもりだ。

「日影ってお寿司作るの上手だね……何か、本物の職人さんみたい」

テイルが渾身のまぐろたたきを口にして瞠目。感嘆の声を漏らして、日影の力量を賛美した。

「寿司屋には以前、奉仕作業で行ったことがあるんだ。その時に享受したやり方を試してみた」

「……日影には不相応な技量だな。ありとあらゆる罵詈雑言を準備して待ち構えていたあたしでさえ、不覚にも唸っちまった」

「酢飯が程よい塩梅で柔らかい。それに喉越しも良いね。プロは言い過ぎにしても、それに近い腕前ではあるかな」

「プロと肩を並べるとかまだまだ烏滸がましいレベルだろ。だが、不味くはないな」

優雅にお茶を飲む万が『日影寿司』の率直な感想を述べる中、早くもツクネがおかわりを求めて皿を差し出す。
褒めてるんだか貶してるんだかわかったもんじゃない。
どうせ不味いだろうと軽視していた寿司が絶品だと理解した途端、手のひらを返して切望してきやがった。

「無理して食べなくてもいいんだぞ」

「ウニとイクラとアワビ。あと、大トロも良いな」

「そんな高級食材はねぇ」

可笑しな話だが、お高い電化製品が百円で買えるってのに、寿司ネタに使えるような高値の魚介はほぼほぼ売っていなかった。
以前、歌姉に一度だけ連れて行ってもらったことのある高級寿司店で味わった和牛や蟹やすじこの握り。
あれは本当に美味だった。百円寿司とは違って、一皿が甚だしく高額だったけど。

「じゃあ、何だったら出せるんだよ」

「ノルウェーサーモンとえんがわで握り。コーンとシーチキンで軍艦が作れそうだ」

「じゃあそれ。あるだけ全部握ってくれ」

「テイルもコーンの軍艦食べたい」

「日影ばかり働かせて申し訳ないけれど、僕はえんがわの握りをお願いしたいな」

ツクネの我儘に便乗し、二人からも追加の注文が舞い込んできた。
俺の身体は既に酷使され放題で、疲れという悲鳴を上げていたが、日持ちしない材料を余らせても勿体無いだけなのは、火を見るよりも明らかだ。

「……しゃあねぇなぁ」

落胆したのも束の間、気持ちを即座に切り替え機敏に体を躍動させる。
退屈する暇を与えず、それぞれの注文品を生成。
味はともかく、お客に寿司を提供するスピードなら、職人にも比肩するだろう。

(はあ…………疲れた…………)

寿司を思う存分堪能したテイルとツクネは横になり、暖かなコタツで静かに寝息を立てていた。
言うまでもないが、未だに起きているのは俺と万だけ。
なにやら万は『俺に』大事な話があるらしい。
テイルが山程作ったおにぎりを食している只中、一昨日の一齣が脳裏を過る。
その日は確か、万が刑務官に呼び出しを食らっていた日だ。
躊躇いを見せる様子から察するに、打ち明けにくい内容なのかもしれないが、まあ、焦る必要はない。
幸いにも就寝時間までにはまだ余裕がある。
倦まず弛まず、静かにその時を待とう。
朗報でも悲報でもどんと来いだ。

「日影……あのね……」

屈託なく伏臥するテイルの頭を優しく撫でていると、万が重たい口を開く。


「テイルのこと、君に任せても良いかな」

何処か寂しそうな、浮かない顔でそう呟いた。
























































































 


























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