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SAKAHAKU

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第八十四話(相見える化け物)

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ーー運動会開催を告げる爆音染みた騒音が、深夜の静寂の中に鳴り響いた。

蹌蹌踉踉とこちらへ前進する、老若男女が合併した奇想天外な集合体。
程好く鍛えられた青年と思しき胴体。ほっそりとした華奢な手足はうら若い女性のパーツのようにも捉えられる。胸板には左右に老人と赤子の顔が存在し、そういうデザインなのか、頭と首は何処にも見受けられない。

早い話が人間版のキマイラ。

そう比喩するなら聞こえはいいが、見た目が悪いにも程が有った。
声にならない慟哭は、心做か、救いを懇願しているようにも感じ取れる。

「きっとあいつが………………いや、絶対にあいつがやったんだっ…………!!」

こんな残虐非道な行為が出来るのはあの男だけだ。他にいて堪るか。

「……本当に反吐が出るな………開いた口が塞がらないよ…………」

恨みに思って生涯忘れられない相手。そいつの顔を脳裏に浮かべて拳を握り締める。 
出来ることなら助けてやりたい。その本心に変わりは無い。
一度切断されて、複数の人間と縫合された、継ぎ接ぎだらけの相手を救済する方法などあるのか?
人体実験の際に不要になった部位は、切り刻まれ疾うの昔に廃棄されているだろう。
少なくとも、二度と一人の人間として生活を送るのは不可能だ。

「ぎぎぎぎぎっ…………ぎぇえぇええええええええええええええええええええええっ!!」

藪から棒に奇声を発した化け物が、周りに立ち並ぶ邪魔な木々を異様に長い片腕で一掃し、牽制を始める。

殺意を持って放たれた掌底打ちが開戦の合図となった。

少女の身体擦れ擦れをだらんと蚯蚓のように伸びた足が通過し、後方に鎮座する大木を容赦なく薙ぎ倒す。

敵は辛くも一撃を外したようだが、いつまでも大人しく突っ立っていれば正しく格好の的。今度こそあの世行きは確定だ。得体の知れない化け物を目前に、むざむざと戦慄している余裕はない。
こんな所で死んだら、今までの苦労や憎しみが悉く烏有に帰す。

「ぎあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

尋常ではない赤ん坊と老人の悲鳴が一緒くたになって森林に木霊する度に、化け物の腕が伸縮し獲物を狙う。逃げ回る万の後ろを蛇のようにのたくり、執拗に追随する。
その一撃一撃を躱す毎に連鎖して死闘のフィールドが博大化していく。
凄まじい力に、無慈悲にも木々は次々と粉々に砕かれる。
悪辣な猛攻は留まる所を知らず、矢継ぎ早に繰り出され、回避するのが精一杯だ。

「ぎあ、ぎわっ……ぐきゃっ、ぐぎゃわわわっっ!!!」

長ったらしい両腕を互い違いに繰り出す乱撃はまるで機関銃を連想させる。
一度もろに喰らってしまえば、普通の人間なら即死する偉力があるのはほぼ間違いない。

「ぐぅっ……!」

避けるのが数秒遅れて、掠った右腕に些細な傷を負った。創傷から血が滲み柔肌を伝う。
痛みに気を取られた万の隙を突き、敵の両腕が間髪を容れずに差し迫る。

「あぐっ……!」

強烈な一撃を腹部に喰らって吹っ飛び、地面を激しく転がる。
痛みに顔を顰めながらも何とか立ち上がるが、捲し立てるように二撃目が続く。

「…………また、殺すしか…………ない、のかな…………」

まるで嬲り殺すかのような下劣な甚振りが暫く繰り返される。
どう動こうと、思考を読まれているのか、攻撃が必ずと断言できるくらいにはよく通った。
全身を隈無く殴打された体は痣だらけになり、見るからに痛々しい。鋭利な爪で引っ掻かれた裂傷が襤褸のあちこちから覗いている。
木々の隙間から垣間見える月明かりが、憔悴して仰臥する少女を細やかに照らしていた。
もう体を酷使する気力も体力も残っていない。

人間が人間の手によって姿を変えられた。
自らの私利私欲を満たす為、身勝手に。

……最早、彼等を救う手立ては無い。

あのレベルまで体を弄られたら手遅れだ。
自分はまだマシな方だったのだと、つくづく思い知らされた。

ごめん……非力で無能な僕には、土台無理な話だった。

万策が尽きた。

命を奪う以外に、助けてあげられる得策が思いつかない。

ーー決意を固め炯眼を露わにする万へ、さらなる猛撃が驀進する。

「『order』っ…………起動……!」

再三迷った末の判断だった。
その台詞を口にして速攻、万の体に乗り移ったorderが、敵の動きを怜悧に把握し俊敏に身を翻す。

『プロテクト』

感情の一切籠っていない声音が何事かを唱えると肉体が堅牢化。敵の攻撃は徹頭徹尾、何もかも寄せ付けない。
逃げ回る行為に嫌気が差したorderの独断だった。

『ポーズ』

畳み掛ける様に唱えられた言葉が相手の体に金縛りを掛け、性懲りも無く放たれた腕は中途まで伸びて停止し、行き場を失った。

そしてーー

『プロミネンス』

止めと言わんばかりに、万のオッドアイが瞬間的に発行。
主に害を為す小賢しい対象を射程に収めた。

「がっ、ぎゃっ……ぎゃぎゃ………ぐぎぎぎ………………ぎあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」

悲鳴とも取れる耳を劈くような咆哮が轟き、大地を揺るがす。
orderが迷いもなく爆砕した対象は、間近に迫っていた腕ではなく、胸板に埋め込まれた老人と赤子の顔面だった。中枢を破壊された化け物は呆気なく絶命。制御を失い、物の見事に地へ倒れ伏した。

「終わった、の……?」

体を貸してから僅か数分、戦闘が拍子抜けに終了するや否や、orderに支配されていた意識はいつの間にか万の所へ舞い戻って来ていた。
見る影もなく蹂躙された森には巨躯の化け物の死骸が転がっていた。
初めからorderに一任していれば、これ程の爪痕を残さずに済んだのかもしれない。
無謀にも自分の能力を過信して挑んだ結果がこれだ。
正当防衛とはいえ、またも人を殺めてしまった。後悔しても仕切れない。

「あ、れ…………うそ……でしょ…………?」

安堵してへたり込んだ体が思うように動いてくれない。何度か立ち上がろうと試みるも、一向に力が入る様子がない。
orderの卓越した能力が到頭、体に支障を来たしたか……、だとすれば笑い事ではなくなる。

唯一の利点さえ使い物にならなくなったら、最早この体は……僕は、動いて喋るだけのガラクタも同義じゃないか。

「とに……かく、ふたりの…………ところへ戻らない、と…………」

太陽が昇って、空が明るくなってきたら、キャンプ場を後にしようと約束をした。
いつまでもこんな所に居座っていては、ツクネとテイルを心配させてしまうかもしれない。

ーー今日こそは此処から離れるんだ。

自分達の弊害となる狼藉者達が万斛に来寇する異常な環境。
此処で生活を送っていては、命がいくつあっても足りない……それなのに、無情にも強烈な睡魔が、万の意識を遮断しようと迫り来る。

「ツク、ネ……テイル…………ごめん、なさい……………」

無意識に二人への詫び言を口にした。
横倒しになっている大木を背もたれにしながら、徐々に瞼が瞑目していく。

度重なる戦闘による疲れが、予期せぬところで仇になるとは夢にも思ってもいなかった。










































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