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SAKAHAKU

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第八十五話(仮釈放は突然に)

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群青色の空しき空をぼんやりと眺めながら、最寄りの駅を目指して歩を進める。
一時的とはいえ、檻の中の生活から解放された俺とテイルの手首には、あの物騒な片手錠は嵌められていない。
仮釈放。囚人にとって、この上なく心地の良い響きはない。

時刻は十時を回ったところだ。何ヶ月かぶりに帰宅する我が家には、電車からバスに乗り継いで向かおうと思っている。万とツクネがあるだけ持たせてくれた作業報奨金を有効活用するには丁度良い。

「日影のお家って、此処から遠いの?」

「そうだな……まあ、物の二時間くらいか?」

万との談合の結果、仮釈放の期間中限定となるが、テイルを木ノ下家で居候させる運びとなった。
やっとのことで娑婆の世界へ解放されても、行く当てが無いんじゃ目も当てられないからな。特に反対はしなかった。
駅に着いて時刻表を確認後、券売機で二人分の切符を購入する。

「あれ……テイル?」

切符を買い終えて後ろを振り向くと、テイルの姿が見当たらず、思わず周囲を見回した。

ーートイレでも行ったのか?

と思ったが、ヤツは駅内に併設してある売店の真ん前で、商品を物欲しそうに眺めていた。
じーっと、眼差しが駅弁に向けられている。
昼飯にするには、ちと早い気もするが……善く善く考えてみりゃ朝飯も食ってないんだから、腹が減っていても何等不思議じゃないんだよな。

ーー電車に揺られながら駅弁ってのも、中々悪くない。

余っ程腹を空かせていたのか、テイルは経った数分ほどで弁当を空にし、窓に手を付いて車窓から見える景色を堪能していた。驚いたことに、電車に乗るのは初めてらしい。

「日影、日影、見て見て」

片手錠から解放されてからと言うのも、テイルは喜色満面なご様子で、華奢な手首をしつこくひけらかしてくる。あの悍ましい凶器から解放されたのは俺も同じだ。あれがあるのと無いとじゃほんと大違いだ。

「このくだりってこれで四回目だよな……嬉しいのは激しく同意だけどさ」

我が家に気兼ねなく帰れるって思うと、やっぱ嬉しいもんだよな。あの日からこの日まで頑張ってきた甲斐がある。
二人を置いてくる形になってしまったのは、心苦しいの一言に限定される。全員で仮釈放されてりゃ大団円だった。
そうなったら、悩みなんか一つも残らず払拭されてすっきりしてた筈なのに。

「ツクネと万もあの場所から早く出られたら良いのに」

「一番罪の重いお前が、命辛々仮釈放まで漕ぎ着けたんだ。二人にも近いうちにチャンスが巡ってくるだろ」

仮釈放が許可されたんだ。テイルは死刑判決を見事に覆したのだろう。これまで賢明に奉仕作業に励んできた努力が功を奏したんだ。きっとそうに違いない。

「今更だけど……、日影のお家にテイルがお世話になってもへーき?」

「その辺は特に心配してない。うちには途方もなく金を稼ぐ素封家が居てな。生活には少しも困ってないんだ」

国民的アイドルである姉は、本業の他にも副業として様々な会社を立ち上げている。その数は優に3桁を超えていて、それはレストランに始まり、ネットカフェから温泉施設、ゲームセンターに映画館に便利屋、例を挙げたら切りが無いくらいに存在する。持て余している金を自由に使ってやりたい放題だ。

『あわよくば、学校も作ってみたいわね』

と、広大な野心まで語っていたっけ。
以前働く先に困っていた俺も、泣く泣く歌姉が経営する店の一箇所で働かせて貰った。面接とか顔パスで済んで楽だし、まあまあの給料も懐に入る。正に左団扇な生活だった。あまり姉に頼りっきりなのも良くないが、最終学歴が中卒の俺を雇ってくれる会社も中々見つからなかったからな。

「日影って、お金持ちの家庭で育ったの?」

「違うよ。姉がちょっとした有名人でTVとか出てるから、普通の人よりか金持ってるってだけ。電気代に水道代にガス代は纏めて払ってくれてるし、食費に関しては婆ちゃんに甘えさせて貰ってる。だから無一文(無職)でも物欲さえ我慢すりゃ、それ相応の暮らしが出来るってわけ」

歌姉は俺に小遣いとかくれないけど、可愛い妹には万単位の小遣いを躊躇なく贈呈するんだよ。
なので、恥ずかしながら兄より妹の方が貯金額が多いという情けない事実が浮き彫りになっている。
まあ、小学生にお小遣いあげるのは当たり前だもんな。いい大人と変わりない年齢のプー太郎にお小遣いあげて貢ぐのは可笑しいか。
働き口の斡旋とかしてくれているだけでも有難いんだから、文句を垂れ流すのは烏滸がましいってもんだ。

(さて……そろそろ降りる時間か……)

テイルとの他愛もない会話は良い暇つぶしになった。
一人で乗っていると長く感じる道程も、誰かと話していると短く感じるからすごい。
気付けば下車する駅までもう少しの地点にまでやってきていた。
此処までくれば、後はバスを使って七~八分も乗っていれば自宅に着く。

「日影。入らないの?」

「いやさ……何の知らせもなく帰ってきちまったから、ちょっとばかし抵抗があってな」

というか、入りたくても家の鍵を持ってないんじゃ話にならないよな……。
自宅前の往来で、あっちをうろうろこっちをうろうろ。
婆ちゃんの車が無いから、今日は仕事に行ったのか、それとも買い物にでも行ったのかな。慈愛ちゃんは学校だろうし、多忙の歌姉は十中八九仕事だ。

「すごい……お庭に自動販売機がいっぱい並んでる」

「それはうちの姉が趣味で買い揃えたんだ。いつでも好きなように使えるように。ちなみに値段はとてもリーズナブルで、飲み物だけじゃなくてハンバーガーやカレーが百円で買えるんだぞ」

自販機に百円を投入し、味見も兼ねて一品購入。
テイルへ出来立てホクホクの照り焼きバーガーを手渡した。
それを美味しそうに頬張るテイルを尻目に、久しぶりに拝見する自販機達を見回した。中には初めて御目に掛かる自販機まで鎮座していて、暫く見ない内にその数は更に増えていた。
自分の家の前を、何が悲しくてうろちょろせにゃならんのか。
することもなくて手持ち無沙汰だ。途方に暮れていた、まさにそんな時だった。

「…………お兄ちゃん?」

声の聞こえた方へ自ずと視線が行った。
馴染みのある声音に脳裏に深く刻み込まれている青いランドセル。銀髪の少女がきょとんとした顔で俺に視線を合わせていた。

ーー木ノ下慈愛。

溺愛する程に愛らしい妹と、何ヶ月かぶりの再会を果たした。


























 
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